悪魔
アリスト教徒の歴史は深い。アシュがいかに天才で不死であっても、まだ生まれて200年ほど。彼らアリスト教徒は約1000年。凡人が積み重ね継承してきた1000年分の知識が、アシュさえも知り得ぬ知識に到達していた。
それは、禁忌とされた手段。収束魔法が光の最終手段とするなら、この方法は闇の最終手段。契約魔法を駆使し、自らの光を闇へと変えて爆発的な力を得る。アシュは100年を費やして天使を悪魔に堕落させる手段を構築したが、アリスト教はそれを人間に応用する手段を考案していた。
背信主義者のアシュはもちろん、聖闇の両属性を巧みに操る最強魔法使いヘーゼンですら真似できない方法で、サモンは一時的に彼らを超える力を得た。
「……どけ」
サモンの人格が時々顔を出す。それは、酷く辛そうで哀しそうな表情に見えた。身も心も闇へと変え、己の姿も……人格すら変わってしまった彼に残る唯一の心。いや、残ってしまった心だからこそ、それは一層悲痛に見えた。
<<聖者の加護よ 我が身を包み 神速を纏わん>>ーー
ミラは静かにそう攻撃補助魔法を唱えてサモンに向かって走る。手段は1択。彼ほどのスピードの者に遠距離戦は臨めない。超接近戦にこそ、勝機はある。そう、判断した。
応ずるサモンはミラの目にも留まらぬ連続攻撃をいとも容易く躱す。魔法で増加させた彼女の素早さは
「人形め」
そう言い捨てて、ミラの手刀を止めて力任せに腕を捻じ切る。
「……」
瞬時に、数歩退いて後撃を絶ったミラだったが、同時に両者の実力の差を痛感して戦略を立て直す。防御に意識を集中させれば、もう数十秒時間を稼ぐことができる。
明らかに自らの不利を悟ったミラに対し、サモンは容赦なく攻め立てる。
一方、アシュ。意識を朦朧とさせながら、魔法の詠唱を続けていた。ヘーゼンとの戦いから数時間。残る力全てを費やさねば為さない魔法。あの怪物を倒すほどの力を我が身に宿す必要のある魔法。それは、アシュにとって1つしかなかった。
<<闇よ闇よ闇よ 冥府から 出でし 死神を 誘わん>>
地面から黒い魔法陣が現れ、悪魔ディアブロが再び出現した。
「この短期間に2度か。中々、悪魔使いが荒いな」
ディアブロが会話した瞬間、アシュは心の中で歓喜した。先ほど犠牲にした左腕の効果が消えてはいない。一縷の光明がアシュに差し込む。
「そう言うな。僕の貴重な肉体をくれてやるんだ……頼むぞ」
アシュがサモンの契約魔法に気づいた理由は2つ。1つは、アシュにそれを使って殺そうとしたジュリアが敬虔なアリスト教徒であったこと。そして……もう1つは、契約魔法が悪魔召喚と性質が似ていることだった。
ディアブロはニイと満面の笑みを浮かべ、アシュの心臓にその牙を突き立て、喰らう。その壮絶な痛みに耐えながら、アシュはその悪魔の頭を抱きしめる。
<<悪魔をその身に宿し 神すら喰らう 凶魔を我が手に>>ーー
瞬間、ディアブロとアシュの間に闇が包んだ。やがて、悪魔の姿はなく、アシュ1人がその場に立っていた。それは、サモンの姿と明らかに酷似していた。
「貴様……その姿……」
その皮膚もまた黒く変色し、圧倒的な殺意とともにサモンを睨みつける。
「驚いていただけたようで」
アシュはそう低く笑った。接近戦用の秘術、悪魔融合。その身に悪魔を宿すことによって、悪魔の超力を限界ギリギリまで引き出すアシュの
「貴様……正気か?」
「それは……お互い様でしょう。あなたこそ、聖者でありながら全てを闇に変換するとは。美しいです。美しいほど狂っている」
アシュは歪んだ表情で微笑む。
「……」
「おっと……時間はあまり残されていないようですね。さあ、僕とやりましょう。そんな人形とじゃあつまらないでしょう」
サモンの右手には、力尽きたミラがぶら下がっている。
「……そうだな」
スパッ
ミラの首を一瞬にしてサモンの手刀が切断する。彼女の赤い疑似体液が霧散し、彼の白の法衣を真っ赤に染め上げる。首は草むらまで飛び、胴体はそのまま池に落ちる。
瞬間、アシュの表情がぐにゃりと歪む。
「……おめでとう。君も立派な快楽殺人者だな」
「気に障ったのか? 人形だろう?」
「……さあ、始めようか。最終決戦を」
アシュは目にも留まらぬ速さでサモンに迫った。
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