堕者
アシュは、勝利を確信していた。すでに、残っているのはサモンとアリスト教徒一人のみであり、サモンの魔法力は先ほどの収束魔法で使い果たしている。もはや、負ける要素など見当たらない。
「さあ、もうないのかね? 僕を驚かせてくれる仕掛けは」
そう大手を広げて、サモンに問いかける。実は、魔力もろくに回復しておらず手足も疲労でガクガクなアシュである。しかし、残りの力を振り絞って強がる。
「……」
サモンはなにも言わない。静かに瞳を閉じている。
「……なんだ。もう、為す術なしか。つまらないな」
そう軽口を叩きながらもアシュが若干不審に思う。先ほど同胞を失った聖者は絶望に暮れるでもなく、怒り狂うでもなく、ただ静かに冥想している……嫌な予感がした。
「アシュ様、どうされますか?」
「……大司教を捕らえなさい」
ミラに指示をするアシュ。普段なら、相手をいたぶって、いたぶって、いたぶりつくす彼であるが、なぜかそんな気になれなかった。
<<光よ 愚者を 緊縛せよ>>ーー
ミラが放った光の縄は、確実にサモンを捕らえた。抗うでもなく、瞳をただ閉じたままその場に立ち尽くすのみ。
その姿に、アシュは気づく。
「ミラ! すぐに大司教を殺せ!」
大声で叫んだ。シスやリリーの前で、言葉をオブラートに包むこともせず反射的に叫んだ。ただ一つだけ……アシュは自らの見落としに気づく。すぐに、後追いで魔法を唱え始める。しかし……想定通りだとするならば……
<<冥府の業火よ 聖者を焼き尽くす 煉獄となれ>>ーー
ミラはすぐさま指示通り極大魔法をサモンに向かって放った。巨大な黒の炎がたちまち周辺を呑み込み敵を包む。それは、確実にミラの放てる最高の魔法だった。
通常なら、影しか残らぬその炎を眺めながら、それでもアシュは詠唱をやめることはなかった。予感めいた不吉さが闇魔法使いの中で徐々に確信に変わっていく。それは、魔法使いの力量ではなく代償によって左右される魔法。
その時、一瞬にして黒い炎が弾け飛びサモンの姿が現れた。その黒々とした皮膚。すべてを射抜くような鋭い瞳。
「アシュ……ダール……」
もはや、声すら変わっていた。
「ふふ……契約魔法か……思い切ったね」
そう軽口を叩きながら、アシュから一筋の汗が流れる。彼の想定していなかった契約魔法。それにもまして、もう一つ予想の外にあった姿に聖者は変貌を遂げていた。その姿にアシュは見覚えがあった。かつて、彼が天使を悪魔に堕落させたときに生まれる禍々しい姿。
「ミラ! シスを連れて逃げ――」
――速いっ!
サモンは、一瞬にしてアシュまでの距離を移動しその拳でアシュを何度も何度も殴る。
「グアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
野獣のような咆哮をあげ、マウントを取ってアシュを殴り続けるサモン。もはや、聖者の面影はなく、圧倒的な殺意を持って闇魔法使いを亡き者にせんとする。
ミラはアシュを助けずに、すぐさまシスとリリーの方に向かう。彼女の判断としてはとにかく時間を稼ぐこと。サモンの変貌した姿を見て長くはもたないと感じ、その時まで逃げ回ることを選択する。
やがて、サモンは立ち上がって視線をシスに向ける。
「ま……待て。もう……少し……遊んで……」
なんとか意識を向けさせようとするアシュを無視して、サモンは物凄いスピードでシスの方に突進した。その前にケルベロスが立ちはだかり、各々の頭で火炎、氷塵、雷塊を吐いて応戦するがそれ自体を喰らいながらも敵は止まらずケルベロスを壮絶な蹴りで吹き飛ばす。
「ケルちゃん!」
シスが叫ぶが、魔獣はそのままサモンの連続攻撃を喰らい続け為す術もない。その力は圧倒的だった。
「シス様……リリー様を連れて逃げてください」
ミラはサモンの前に立ち、戦闘の構えを見せる。
「でもミラさんは……」
「あなたたちが死んでは、アシュ様が悲しまれます。私は人形ですから問題ありません」
「でも……」
「シス様。あなたがおぶっている方は誰ですか? 今、守らねばならないのは誰ですか?」
ミラの問いかけに、シスは背中のリリーを見る。考える間もなく、彼女はミラに一礼し全力で走る。
やがて、ケルベロスの意識を失わせたと見るやサモンがゆっくりミラの方に視線を送った。
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