最後の手段
一方、シスはケルベロスに乗ってサモンたちに攻撃を仕掛けていた。アシュが創り出したこの魔獣は獰猛な性格、鋼鉄のような巨体もさることながら、火炎、氷塵、雷塊を一度に吐き出すという超有能な遠隔攻撃を持つ。
シスは自分が苦手なので、可能な限り遠隔攻撃をケルベロスに指示した。もちろん、魔法使いばかりなのだから近距離で戦えば一撃で数人の魔法使いが狩れるだろう。しかし、シスはそれをやらない。彼女曰く、
だって、怖いんだもん。
「くっそ! 調子に乗るなよ!」
そう叫んでアリスト教徒の1人が魔法を唱える。
<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー
「ケルちゃん! お願い」
「ウオオオオオオオオオッ!」
一蹴。彼の放った魔法は一瞬にして魔獣にかき消された。
「いい子いい子……」
「クゥーン」
3体の頭が一斉にシスにじゃれる。もはや、完全に飼いならされた犬である。
その光景をみて、サモンは焦りを隠しきれない。先ほどロイドが気絶させられたのを横目で見ていた。奴がミラに敗北し、戦局は大きくアシュ側に傾いていた。ケルベロスにも歯が立たないとなると、もはや打つ手は限られてくる。
「もう……やめませんか!?」
その時、シスが大声で叫んだ。
「……」
どうやら、ケルベロスにも攻撃を中止させる命令を出したようだ。サモンは、静かにアリスト教徒たちに指示する……いや、この負けられない戦いにおいて、そのために彼らを生かしておいたと言っても過言ではない。
収束魔法。アリスト教徒に伝わる最大にして最高の秘魔法である。サモンがアリスト教徒の魔法を一気に浴び、その魔法力を相乗して放つ。
「もう勝敗は決しました。私は、もうあなたたちを傷つけたくないんです。私、精一杯探します。魔法使いじゃなくても、幸せになれる方法を。だから……」
「……少し考えさせてくれ」
サモンはそう言いながら視線をゆっくり動かし戦局を確認する。アシュとミラ。少し離れて、シス、ケルベロス、そして……動けぬリリーか。アシュとミラさえ消せば、あとは相手は魔獣一匹。
「お願いです。これ以上の戦いは無意味です」
「……どうだ?」
サモンはシスたちに聞こえぬようにアリスト教徒たちに確認する。シスの提案に悩むフリをしながら、心の中でそれを一蹴する。
無意味なものか。ここで生き残って、なにが残ると言うのだ。ケリー=ラークは? ジュリア=シンドルは? 志半ばに倒れた他の大勢のアリスト教徒たちに対してなんと言えばいいのか。
「サモン大司教……1つ忠告しておこう。やめておいた方がいい」
声のした方に視線を移すと、アシュが大きく目を見開いていた。全てを見通したかのような漆黒の瞳に全身からこみ上げる悪寒を必死に抑えるサモン。
「……なにがだい?」
「今、君たちがやろうとしていることさ」
アシュの言葉に、サモンの背中から噴き出す冷汗……いや、この闇魔法使いにバレているはずがない。アリスト教徒門外不出の秘技だ。ハッタリだ。うっすらとは気づいていても収束魔法であることは読めるはずがない。何度も自分に言い聞かせる。
しかし、想いとは裏腹に、あの闇魔法使いの歪んだ表情はひどく禍々しく、どこまでも不吉だった。
「なんのことだ?」
極力平静を装い聞き返すと同時に、アリスト教徒たちの準備状況を確認すると、全てそれは完了していた。あとは、放つだけ……だが。
「シスの平和的な提案に乗った方がいいという意味だよ。君はハッタリだと思っているかもしれないが、君は大きなことを見落としているよ」
……裏切り者? いや、あり得ない。少なくとも収束魔法が使える者に限って、彼に裏切るのはあり得ない。やはり、ハッタリだ。
もはや、選択肢は1つしかない。
「……ならば、正解かどうか確かめてみるんだな!」
サモンがそう叫ぶと、一斉にアリスト教徒たちが彼めがけて、魔法をうつ。
<<神の光よ 使徒の想いを集め 悪しき者を 裁かん>>ーー
アリスト教徒12人の魔法力全てを集めたその収束魔法はミラとアシュめがけて放たれた。その光はどこまでも巨大で神々しいものだった。
ーー勝った、サモンは確信した。
ミラが仮に避けようとしても、この魔法は狙った者に追尾する。アシュが仮に不死だったとしても、この魔法を食らえばすぐには再生できない。
しかしーー
「……愚かな。ミラ」
「はいっ」
<<聖鏡よ 愚者へ 過ちの洗礼を 示せ>>ーー
ミラが放ったのは、反射魔法。それは、いとも簡単に反射しサモンたちの元へ返された。
ーーバカな! バカな! バカな! バカな!
サモンは魔法で結界を張りながらも、何度もそう心の中で連呼した。通常、反射魔法は波長が合わなければ跳ね返すことができない諸刃の剣である。教科書で乗るような有名な魔法ならともかく、初見で跳ね返すことができる代物ではない。あのヘーゼン=ハイムだって、そんな芸当はできない。
「ぐぐぐぐぐっ………」
しかし、考える間もなく無情にも収束魔法はサモンとアリスト教徒たちに襲う。サモンの結界がみるみるうちに、壊れていく……もって、あと数秒。
「みん……な。逃げーー」
そうサモンが言いかけた時、11人のアリスト教徒たちがサモンの一歩前に出た。
「ばっ……お前たち……なにを!?」
「御武運を」
「や……やめろーーーーーーーーーーーー!」
サモンの声を振り切り、アリスト教徒たちはサモンに笑いかけて次々と収束魔法めがけて突っ込む。己を引き換えに。命を魔法力に変えた自爆魔法を燃やす。
まばゆい光が弾け、収束魔法は相殺された。
その場に、残っていたのはサモン。そして、その場で立ち竦んで震えているアリスト教徒1人だけだった。
「シルス……クノイ……サヌビ……イソク……バナー……デウィン……シャスパー……ガナ……レングス……サルリュ……ウィアトン……」
サモンは呆然とした表情で殉じたアリスト教徒たちの名前をつぶやく。
「……哀しい光だったね。さて、答え合わせをしようか?」
「……」
アシュの低い声はサモンの心には入ってこない。しかし、次々と巻き起こる疑問だけが、彼に耳を傾けさせていた。なぜ、収束魔法がはね返せた……なぜ……
「僕は多彩でね。基本的にはなんでもできるが、特に得意なことが3つ。悪魔召喚、解剖、そして……」
「……
「正解だ……僕に死体を与えてはいけないよ。秘密を全て暴いてしまうからね」
「……」
なぜか、サモンにはアシュに憎しみがわかなかった。ただ……己の選択の失敗を……ただ……
「……残念だよ。こんなことになって。さあ、チェックメイトと行こうか」
アシュは淡々とそう答えた。
「……セナ」
サモンは静かに、生き残ったアリスト教徒の1人の名を呼ぶ。
「ひっ……ごめんなさい! ごめんなさい!」
セナと呼ばれたアリスト教徒は震えながら叫ぶ。
「……なにを謝る? 1つ……1つだけお願いがあるんだ。聖櫃を……この場所へ」
サモンは彼に駆け寄って、紙を渡す。
「これ……は」
「……頼んだよ。ここには、君以外、全て死ぬはずだからね」
サモンはそう言って哀しそうに笑った。
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