聖杯


 ホグナー魔法学校西館の最奥、特別クラスの教室。正面には大きなホワイトボードと教壇。木製の長机の前で座っている生徒たちは一同、今か今かと授業を待ち望んでいた。


「それにしても遅いわね、あの最低教師は」


 いつも通り時間に超厳しいリリーがイライラしながら時計を眺める。


「でも、先生の授業って楽しいよね」


 隣の席にいるシスがニコニコしながら笑いかける。


「ばっ……そっ……ぐぐぐっ」


 全力で否定したいが、否定できずに全力で歯ぎしりする優等生美少女。


 生徒たちにとって、アシュの授業は刺激的の一言だった。新鮮さ、奥深さ、ユニークさ、どれをとっても最高峰であることは疑いなく、それは『アシュ大嫌い会』会長であるリリーも認めざるを得ない事実である。


 そんな中、扉が開きナルシスト魔法使いが入ってきた。彼はいつも通り紳士的なお辞儀をして教鞭を持つ。


「さて、諸君。これから行うのは悪魔召喚だ。これは、非常に便利かつ効果があり――」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさ――――――――――い!」


 最前列に座っていたリリーが長机に身を乗り出してツッコむ。


「……なんだね?  教師の言葉を遮るとは、マイナス5点」


「ぐっ……でも! いきなり悪魔召喚て何事ですか! そんな闇の魔法……邪道です」


「魔法に貴賎はない。更にマイナス5点」


「なんでよ! あんたちょっと――」


 もはや足を長机の上に置いて殴りかかるような体勢のリリーに、横のシスが慌てて制止する。


「リリー、まずは先生の話を聞こ。反論があったら後ですればいいじゃない」


 アシュは柔らかい笑顔でシスの頭を撫でた。


「いい子だ。君は思慮深く賢いな、


「ぐぐぐぐっ……」


 頭をなでられ嬉しそうなシスを見て、なんか面白くない、リリーであった。


「さて。君たちの中には、思慮が深くない、そして賢くないがゆえに悪魔召喚を邪道だと斬り捨てるお馬鹿な生徒もいるかもしれない。しかし、まず君たちに聞きたい。君たちは将来、国を担う存在を目指すのではなかったかな?」


 その問いに、生徒のほとんどが頷いた(リリーは腹が立ってソッポをむいていた)。ここにいる多くが貴族出身である。特別クラスに在籍する目的の多くが、宮仕えの時の経歴作りだと言うのは否定しえぬ事実であろう。


「ならば。君たちは、多くの魔法使いを管理、統治する立場に置かれるわけだ。そんな時に、闇の魔法使いが現れて君たちに攻撃を仕掛けたら? 君たちは『邪道だからやめなさい』とでも説得する気かな?」


 勝ち誇ったようにアシュはリリーを眺めた。


「君に聞いているのだよリリー=シュバルツ君」


 もうすでに、反論する気勢を削がれている彼女にあえてもう1度尋ねる。逃がさない。もっともっと困った悔しそうな表情が見たい性悪魔法使いである。


「それは……」


「そもそも、君たちは闇の魔法使いに対してどれだけの知識があるのかな? その特性すらロクに知らず邪道と斬り捨てる傲慢さ。その見識の狭さに辟易してしまうとは思わないかね、どうかな、リリー=シュバルツ君?」


「……」


 泣きそう。すでに目に涙をいっぱい溜めて泣きそうなリリー。嬉しそう。彼女の泣きそうな顔を眺めて非常に嬉しそうなアシュである。


 そんな時、シスがおずおずと手を挙げた。


「せ、先生。そろそろ授業を始めて頂ければと思うのですが」


「おお、そうか。すまない、つい。さて、今回は僕が悪魔召喚を行うが、その前に少し予備知識を。まあ、君たちは知っているかもしれないが、それならば寝ててくれてもいい」


              *


 召喚魔法。


 天使・悪魔・精霊との間に主従契約を結ぶことによって、異界より召喚する魔法。契約は各々の位階によって異なるが上位になるほどに契約内容の難度は上がる。


 以下が現在確認されている天使・悪魔・精霊の位階である ※

 ※ 悪魔には階級が存在しないため、確認できた悪魔の名を天使の位階に当てはめて記す


【天使】

 上位 熾天使  智天使  座天使

 中位 主天使  力天使  能天使

 下位 権天使  大天使  天使


【悪魔】

 上位 ルシファー ベルゼブブ リヴィアタン アスモデウス バルベリス  

   アスタロス ヴェリーヌ グレシル ソンネイロン

 中位 カールー カリヴィアン ディアブロ オエイレット ロキエル

 下位 ウェリエル ベリアス オリヴィエ ルバート ベルセリウス


【精霊】

 火 上位 フェニックス

   中位 イフリート

   下位 サラマンダー


 土 上位 グノーム

   中位 ピクミー

   下位 ニス


 水 上位 ウンディーネ

   中位 フラウ

   上位 クラーケン


 木 上位 シルフ

   中位 スプライト

   下位 ドリアード


 金 上位 ノッカー

   中位 ギャラリー

   下位 コボルト


 史上、召喚したことのある最上位の天使は主天使(別名戦天使)リアリュリブラン、悪魔はロキエル、精霊は中位すべてをヘーゼン=ハイムが成功させている。


 注)召喚魔法を一種の『契約魔法』と捉える説がある。対象が異界の者か、人間かの相違かだけで、実質的にはほとんど変わりがない。


 契約魔法


 契約者に代償を課すことによって、さまざまな効果を発揮する魔法。効果は代償の重さと比例するが、個人差、課した代償の基準は完全に明確になっていない。ある実験例として、以下に記す。


 A 性別 男 年齢 27歳 

 B 性別 女 年齢 18歳


 対象人数 500人 


 Aが6日間の絶食をして、Bが4日間絶食をした。同じ契約魔法を唱えた場合、代償効果はどちらが向上するか。


 結果 A 216人 B 84人 がAとBの平均値を上回った


 上記のことからわかるのは明らかにAの絶食期間が長いのにも関わらず、Bが平均値より向上した場合も発生したということ。これは、代償が定量でなく不定量となっているからで、時期、負担度、魔力、人格、忍耐など様々な莫大な要素を総括的に判断されていると考えられている。


 そのためアリスト教徒の間では、別名『神との契り』と神格化されている。


               * 


「さて、そろそろやろうか。君たちでもできる程度の使い魔だ。名をベルセリウスと言う」


 そう言いながら、教鞭を地面に向けて巧みに動かし印を描く。すると、教鞭に黒々とした光が宿り、地面にはその黒光で描かれた魔法陣が精製される。


「凄い……」


 そう呟いたのはリリー。その迷いなく描きあげられる魔法陣には一片の躊躇いもない。五芒星を基調に、無駄なく洗練された象徴シンボルが練り上げられる。すでに、身体に染み付いているほど無駄のないその指先に老練な高位魔法使いの熟練を感じ取る。


「君たちは、僕かミラかライオールがいるところで修練すればいい。使い魔と言えど、魔方陣の精製に失敗すれば腕の1本は覚悟しなければいけないからね。まあ、強制はしないが」


 闇魔法使いの手が止まり、黒い稲妻の塊が魔法陣に駆け巡る。


<<その闇とともに 悪魔ベルセリウスを 召せ>>


 ポン


「シンフォちゃん……俺、俺、君のことが……アレ……」


 5歳ほどの小柄な体格。黒く小さな翼が背中にちんまり。申し訳程度の牙がチラリ。そんな可愛らしい少年が出てきた。手には、黒い薔薇が一輪。


「ご機嫌はどうかね? ベルセリウス」


                 ・・・


 ええええええええっ!


 生徒の心の驚嘆が教室全体に木霊する。


「こ、こ、この子がベルセリウスですか!?」


 リリーが、その可愛らしい少年を見ながら尋ねる。アシュは満足そうに頷くが、生徒は全員思っていた。


 可愛い、と。


「おい、アシュ……」


 そんな悪魔ベルセリウスは身体をプルプル震わせながら、アシュを睨む。


「ふむ……何かあったのかね?」


「馬鹿――――! アホ――――――――――! 折角、シンフォちゃんをデートに誘って……あと一歩で告白だったのに……全部台無しじゃないかよ。彼女誘うのに30年掛かったんだぞ」


「そ、それはすまないことをした」


「なんで事前に予定確認できないのかなあんたは!? 僕だって暇じゃないんだよ。よりによって今日……今日この日この瞬間で。神がかり的なタイミングだよ神がかり的な」


 悪魔なのに、『神がかり的な』を連発するベルセリウス。


「ほ、本当に申し訳ない。次からは気をつける」


 厳密に言えば、召喚以外に悪魔との連絡手段はないので事前に予定の確認などできない。しかし、ヒステリックになっている子どもは適当にあしらうに限る。


「ふんっ……それで? 今日は?」


「……えっ」


「用事! なんか、用事あったから呼んだんだろう?」


                  ・・・


 教室中を沈黙が支配した。


「まあ……特に用事はなかった」


 アシュが苦々しげにつぶやく。


「……えっ……おまっ……本当に」


「……すまない」


「も―――――、なんなんだよ―――――。呼ぶなよ、用事ないんだったら。よーぶーなよ」


「ま、まあ紹介をさせてくれ。僕の生徒たちに……君たち、こんな感じで悪魔召喚は行う」


 なんか、微妙な感じになった。


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