金貨


 可愛らしい使い魔ベルセリウスを召喚した事で、若干巻き起こる不信感。こいつ、もしかして、大した闇魔法使いじゃないんじゃないのか。生徒たちが下した所感である。


 そこで、まっすぐに手を挙げたのがリリー。隙あらばアシュに恥をかかせてやろうと思っている負けん気MAX美少女である。


「アシュ先生! その使い魔、ベルセリウスには何ができるんですか?」


「……いろいろだ」


「いろいろってなんですか!?」


「……ベルセリウス、君はどうやら侮られているようだぞ。君の力を見せてくれたまえ」


 アシュの要望に、使い魔ベルセリウスは面倒臭そうに頷いて腕を掲げる。


「しょうがないなぁ……じゃあ、行くよー」


<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム


 ポッ


「……はぁ、はぁ。ど、どうだぁ」


 一瞬……ほんの一瞬ではあるが炎らしきものが見えた。ベルセリウスが「どうだ」と言っているのはこれだろうか。


「アシュ先生……こんな使い魔召喚して意味あるんですか?」


 リリーが勝ち誇ったような表情をする。彼女の気持ちを翻訳すると。あんた、こんな役立たずしか召喚できないの、だ。


「……ねえ、そんなこと言わないであげてよ。アシュ先生、私にも召喚できますか?」


 1人だけ、唯一この中でシスだけがやる気になっている。しかし、すでに使い魔を可愛い弟的な扱い。隙あらばギュッとしてナデナデしたいシスである。


「もちろん。印さえ描ければ容易だ」


 アシュは笑顔で答える。


 その時、


「魔力がなくても?」


 どこからかそんな声が聞こえる。それは、誰の声かは特定できなかったが、確かに教室内に響き渡り、生徒たちの数人は冷淡な笑みを浮かべる。そして、その声を背中で聞いた不能美少女は沈んだ表情をして席に座る。


「ちょっと! 今、言ったの誰よ!」


 明らかにシスに向かって投げかけられたその皮肉に思わずリリーが噛みつくが誰も答えない。


「静かにしなさい、リリー君」


 アシュが真顔で嗜める。


「だって……」


「君は自分しか質問ができないとでも思っているのかい? 彼らにも質問をする権利があるんだ。先ほどの質問を投げかけた生徒は誰かな?」


「……」


 誰も答えない。


「ふむ……おかしいな。あのうるさいリリー君にも聞こえたのだ。僕の空耳ということはないだろう」


「……」


 やはり、アシュの問いかけには誰も答えず。


「……まあ、ちょうどいい。使い魔ベルセリウスの能力をもう1つお見せしようか」


 アシュの投げかけに、またしてもベルセリウスは面倒臭そうに歩き出す。その長机を行ったり来たり。生徒たちの前をただ歩く。やがて、1人の生徒の前で止まった。


「この子。さっき質問したのはこの子だよ」


「なっ……」


 生徒の1人、ジスパ=ジャールが慄いた。成績上位のクラスメートで、生徒や教師陣かの評判もいい。典型的な優等生である。


「……ジスパ君か。なぜ、君は質問をしなかったフリを?」


「な、なに、言ってるんですか? 私は別に……」


『決まってる、シス=クローゼが憎い。魔力がない癖に、コネで特別クラスに入っているあの子が憎い。だから、言ったのよ。魔力がないのにこの特別クラスになんでいるのって。アシュの言うことが本当なら、あの子はクローゼ家の子じゃないってことでしょ』


 使い魔ベルセリウスがジスパの声を遮って話始める。それは、腹話術のように彼女の声質となった教室中に響く。


「なっ……」


『私は頑張ってきた。精一杯。下級貴族の両親の元に生まれても、私はめげなかった。いつか、あんな両親とは違って上級貴族になるんだ。あんな両親みたいにはなりたくない。私はずっと勉強してきた。だから、この特別クラスにも入れた。一番頑張っているのは私。いつか、みんな私の前にひざまずかせる。この特別クラスで誰よりも頑張って、誰よりも偉くなる』


「や、やめなさい! 違う! 違うのみんな!」


『シスが憎い。身分だけでこの特別クラスに入れている彼女が。あいつは平民の血筋の癖に貴族のフリをしている偽者だ。だから、私は彼女をいじめてもいい。私はこんなに努力してるんだから。それぐらいは許されるはず。私はこんなに優等生なんだから。教師の印象をよくするために、進んで汚れ仕事も引き受けてきた。掃除も雑用も。バカで偉そうな上位貴族の媚も売ってきた。ノートだって渡してきたし、宿題だって代行してきた。だから、不能者の上位貴族なんていじめて当然。それぐらいのことは許されて当然。私はこんなに頑張ってる。私はこんなに優等生なんだから。私はこんなに――』


「いやあああああああああ! もーやめて―――――――――――――――!」


 ジスパは耳を塞いで、狂ったように泣き叫ぶ。


「もう、いい。ベルセリウス。ご苦労だった。さて、諸君。彼の能力がわかっただろうか?」


 誰も答えない。みんな青ざめた表情をして沈黙している。ただ、聞こえるのはベスパのすすり泣く声だけ。


「……沈黙は回答と受け取ろう。そう彼は人の心を読む。『糾弾ブレイム』。僕は彼の能力をそう呼んでいる。本当にこの能力は重宝しているよ。さて、ジスパ」


「ひっ……」


 ジスパは怯えていた。一瞬の内に心の内を暴かれたこの魔法使いに対して。


「君はいい質問をした。『魔力がなくても悪魔召喚は行えるか?』。答えは『NO』だ。魔力がなければ召喚は行えない。しかし、シスに限っては召喚することができるのだよ」


 闇魔法使いの言葉に生徒中の視線が集まる。


「ただし、代償がいるがね。シス、ベルセリウスの前に立てるかい?」


「……はい」


 シスは席を立って歩き出し、ベルセリウスに対峙した。


『ジスパ=ジャールが……彼女が私を憎い? 私だって憎い。私の方が憎い。毎日毎日、私をいじめた。私はあなたになにかした? あなたは自分以外はなにも努力していないとでも? 私は必死に努力した。不能者だって……笑われてるのも知っていた。両親が……本当は血が繋がってないんじゃないかってずっと思ってた。でも、それでも魔法が使えるように。ねえ、知ってる? 私は、筆記の成績はあなたよりいいんだよ? あなたより私は必死に努力してきたんだよ?』


「……」


 シスは静かに目を瞑りながら沈黙を貫く。


『みんなだってそう。私は寂しかった。誰も助けてくれなかった。誰も話しかけてくれなかった。寂しかったよ。ずっと一人で寂しかった。だから、私はいつも泣いていた。私はこんな自分が嫌い。大嫌い。泣いたままなにも言えない自分が嫌い。いじめられたまま逆らえずにいる自分が嫌い。こんなにみんなが大嫌いなのに……それでも寂しいって思ってしまう自分が嫌い』


「……」



 やがて、瞳を開いてシスは微笑んだ。


「アシュ先生、これが……私の心の闇なんですね」


「……正解だ。ベルセリウスの額に触れてみなさい」


 シスはアシュの指示通り、優しくベルセリウスの額に指をつけた。


 途端に黒い光が彼女の胸に入った。


「これ……は」


「君は、ベルセリウスに心の闇を差し出した。偽らざる心の闇を。ベルセリウスを召喚すれば、君の力になってくれるだろう」


「えっ……じゃあ、ベルちゃん召喚できるようになったんですか?」


「ああ。恐らくだが、君は詠唱チャントまではかなり高位のレベルで行うことができる。魔力野ゲートは存在するが、体質的に外に放出するのを阻害されている。それさえ、克服できればという条件付きだがね。したがって、彼女がクローゼ家の血筋の者でないとも、言えなくなったわけだ」


 アシュがジスパのほうを向くが、依然として彼女は震えて下を向いている。


「えっ……それって、私が魔法を使えるようになるということですか?」


 シスが震える声で尋ねる。


「ああ、その方法は未だ見つかっていないが、僕の闇魔法使いとしての誇りプライドに賭けて、解明して見せるよ」


「……やったぁー、ベルちゃん」


 シスは嬉しそうにベルセリウスを力一杯抱擁した。ギュッとしてナデナデして更にギュ――っとした。


「べ、ベルちゃん……こら、小娘。俺は何を隠そうあの大悪魔……」


「こ、こらっ。小娘。苦しい……」


 チュッ


「ん――――――」


 シスが額に唇を押しつけた。


「……」


 ポンッ


「あれ……ベルちゃん……ベルちゃーん! ベルちゃーん!」


 闇魔法使いが愉快そうにシスに近づく。


「照れて逃げたなアレは。シス、君はベルセリウスの契約に成功した。さて、ジスパ君」


「は、はい……」


 肩を震わせながらジスパは頷く。彼女は己の処分に対して恐れていた。


 通常、下級貴族が上級貴族に表立って反抗することは許されていない。教師にその事実が知られれば、上下関係に厳しい者であれば退学処分も珍しくはない。それでもシスがいじめられていたのは、生徒間での暗黙の了解。教師の中で不能者の迫害への黙認があったからだ。白日の下にさらされれば、教師と言う立場では動かざるを得ない。


 しかし、アシュはそれを責めるでもなく彼女の頭を優しく撫でる。


「君はもう少し、心を開きたまえ。この中で、己の心を曝け出せるの強さを持っているのは今の所、シスと……」


「……なんですか?」


 闇魔法使いの視線にリリーが噛みつく。


「……いや。いつまでメソメソ泣いているのかと思ってね」


「ぐっ……」


 シスの不能を治せると聞いて、本人以上に嬉しがっている、泣き虫美少女である。


「とにかく、ベルセリウスのような悪魔に出会った時、君たちは自らの闇が曝されることを覚悟しなければいけない。でないと、闇は簡単に君たちを喰い殺すだろう。まさか、餌にはなりたくないだろう?」


「……」


「沈黙は回答と受け取ろう。では、今日の授業はこれまでと――」


「あ、あの先生」


 ジスパがおずおずと手を挙げる。


「ん? 質問かね」


「私と……シスは……どうしたら」


「知らないな。当人同士の問題に教師が口を挟むべきではあるまい。それだけだったら、もう終わろう」


 そう言い捨てて扉に向かって歩き出す。


「おっと……そうだ。あくまで、一般論ではあるが。互いの気持ちを伝えあった者たちは、わだかまりが消えて距離が近くなると聞くが。あくまで、一般論の話だがね」


 そう言い残して、アシュは教室を出て扉を閉めた。


「ジスパ……」


 シスが彼女に近づいて話しかける。


「……シス、あの……あたし……」


                  ・・・


 彼女たちの声を扉の前で聞きながら、愉快そうに廊下を歩き始めるアシュ。


 外にはミラが待っていた。


「どうだったかな? 僕の華麗なる授業は」


「己の心を曝け出せるの強さ……ですか。ベルセリウスの契約をした時のアシュ様は、いくつの時でした?」


「確か彼女たちと同じくらいだったかな。もう、180年以上も昔のことだがね」


「今でも、あなたは自分の心を曝け出せますか?」


「……心配しなくとも、僕は悪魔にすら隠してみせるさ」


 アシュはニヤリと笑った。


 

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