届きますように。

Rain kulprd.

温かな想いを、あなたに。


バイト先で知り合った仲の良い後輩くんの留学の日が決まった。元々留学することは知っていたし、交通費を稼ぐために短期の契約でこのお店に来たことは知っていたけど、少しだけ寂しいと思った。私に初めて出来た後輩ということもあり、可愛がっていたというか、私が知っている事であれば何でも教えたいと思ったし、何でも聞いてほしいと思っていた。

私はまだこのお店で働き始めて一年しか経っていないけど、私よりも頼りになる先輩なんて沢山いるけど、上手い教え方すら出来ない私の話を一生懸命に聞いてくれる彼の優しさがすごく嬉しかった。そんな彼が留学する。それも後、一週間で。

「いやぁ、先輩に会えなくなるの寂しいなぁ。」

「…あ、ありがとう?」

人付き合いはあまり得意な方じゃないと思う。でも働く事は好きだし、このお店も、一緒に働いている人も好きだから、私はいつも笑顔になれた。でも素直な彼は真っ直ぐに言葉を紡いでくれるからか、彼の口から紡がれる言葉を聞くたび、胸がざわつくのを感じていた。

「後一週間ですけど、よろしくお願いしますね。先輩。」

再度言われた、''一週間''という言葉が、少しだけ、胸に刺さった気がしたけど、彼の言葉に頷き、私は微笑む。


寂しいなんて言葉は、口から出てくれなかった。







留学の日が決まった。大学の進学を機に留学をしようと思ったきっかけはただの好奇心からだったし、海外に行って自分の学びたい事を学べる事は嬉しかったし楽しみだったけど、働き始めてから、その楽しさに中に、何か、そう、寂しさみたいなものが生まれていた。

「先輩に会えなくなるの、寂しいなぁ。」紡いだ言葉は俺自身の素直な想いだったし、伝えたところで何かが変わるわけではないとわかっていたけど、

「あ、ありがとう…?」困ったような、それでいて照れくさそうな表情で彼女が言葉を紡いだから、寂しさとは別に嬉しい気持ちが胸に溢れて来てしまった。寂しいのに嬉しくて、その顔をもっと困らせたものにしてみたくて、

「後一週間、宜しくお願いしますね。先輩。」と期限を突きつけるように呟けば、先輩は笑った。微笑んだ。


寂しい、という言葉を欲していたことなんて、言えるわけもなかった。






後輩くんが留学するまで、後四日。私はフリーターという事もあり、毎日のようにバイトに入っているけど、彼は荷造りや課題があるという事で、三日ぶりに出勤していた。会うのは、あの日以来だ。…寂しいと言えなかった、あの日以来。

「おはようございます、先輩。」お店の扉を開け、彼が入って来た。私を見つけると笑みを浮かべ、挨拶をしてくれる。彼が向ける笑顔は向日葵のようで、きらきらと輝いていて、眩しくて、見ているだけで、その笑顔を向けられるだけで、心臓が、煩く鳴ってしまう。

「おはよう。久しぶりだね。」笑みを返しこちらも挨拶をするも、彼は不思議そうに首を傾げてしまった。その動作を見て、私も首を同じように傾げる。

「…先輩の中で三日は、久しぶりに入りますか?」言われて気付いた。最後に後輩くんと出勤が被ったのは三日前だ。世間一般ではきっと、三日はあまり久し振りと言わないだろう。…それに、久しぶりだと思ってしまうぐらい、彼に会えない三日間は私の中では長かったのだろうか。長いと感じてしまうほど、寂しかったのだろうか。彼を想ってしまっていたのだろうか。その事が恥ずかしくて、どんな反応を、言葉を返していいのか分からなくて小さく俯く。

「…えっと、その、三日は時間で表すと72時間だし、長いと言われれば長くて、久しぶりだと、思います。」

普段彼にはあまり使わない敬語が出てしまっただけでなく、おかしな事まで言ってしまい、更に恥ずかしさが増して、胸が苦しくなった。…どうしよう、心臓がすごく、煩い。

「ふふ。」

あぁ、ほら。笑われてる。恥ずかしさを誤魔化すのなら、もっとマシな事を言えばよかった。そう後悔したけど、後輩くんは私との距離をゆっくりと縮め、通り過ぎる間際に小さな声で、

「…72時間先輩に会えなくて、俺も寂しかったです。」と囁いた。

そんな台詞ずるいと、囁くように言うなんて意地悪だと言いたかった。その私のものとは違い厚くて硬い胸元軽く叩いてしまいたかったけど、あまりの恥ずかしさに私は何も出来ず、小さく蹲ってしまった。







留学するまで後四日。後四日で先輩に会えなくなる。そのことが素直に寂しかった。…このお店を辞めることよりも、寂しかった。

「おはようございます、先輩。」お店の扉を開けると直ぐに先輩の姿が目に飛び込む。従業員は沢山いたけど、先輩は、先輩だけは、俺の目に輝いて見えていた。その為例え探さなくても、先輩の姿はいつも容易に見つけられる。

「おはよう。久しぶりだね。」向けられた笑顔は優しく咲く花のようで朝からすごく癒されてしまったけど、ふと疑問が生まれ、首を傾げる。

「…先輩の中で三日は、久しぶりに入りますか?」俺は生まれた疑問を解消する為に聞いただけだったけど、聞かれた先輩の方は違うらしい。何かに気付いたようにハッとしたかと思えば、次の瞬間には頬が淡い朱に染まっていた。そして最終的には俯いてしまう。そのころころと変わる表情が可愛かったけど、

「…えっと、その、三日は時間で表すと72時間だし、長いと言われれば長くて、久しぶりだと思います。」

次いで紡がれた言葉があまりにも分かり易い''誤魔化し''だと気付き、

「ふふ。」

と自然と笑みが零れた。そして先輩との距離をゆっくりと縮める。本当は抱きしめてしまいたかった。抱きしめて頭を撫でて、いっぱいぎゅうとしたかったけど、それを我慢するように

「…72時間先輩に会えなくて、俺も寂しかったです。」とだけ、囁く。なるべく、甘い、甘い声で。








あの、思い出すだけでも恥ずかしい日から三日が経った。長い連勤を避ける為に休みを一日挟んだけど、他の二日は変わらずにバイトをしていた。それは勿論後輩くんもだった。でも忙しい事もあって私達は以前のように多くの言葉を交わせなくなっていた。だけどそんな中でも目が合えば彼はあの向日葵のような笑顔を見せてくれたし、声掛けも頻繁にしてくれた。わからない事は私に聞きに来てくれて、私の拙い説明を、優しく微笑みながら聞いてくれる。二日間はすごく忙しかったけど、後輩くんと働けることが、全てが、嬉しいと感じていた。


でもそんな日々も明日で終わり。彼は三年間海外に留学してしまう。彼の最後の出勤となる明日は私もバイトが入っており出勤する事になっているけど、明日が過ぎてしまったら、当分、会えなくなるんだ。

「…寂しいな。」

自然と出た言葉に一番驚いたのは自分だった。心の中で寂しい気持ちが生まれる事はあったけど、こうして口を吐いて出てしまったのは初めてで、自分の気持ちを知ってしまったような気がする。



寂しいと、彼に会えなくなる事が寂しいと、素直に、自然に零れてしまうぐらい、私は彼が好きという、気持ちを。私は、知ってしまった。








「短い時間だったけど、お世話になりました!」最後の勤務を終え、帰る支度を終えた俺は集まってくれたみんなに挨拶をした。短い期間だったけど、ここで働けたことはきっと、俺の自信になったと思う。一人一人と挨拶を交わし、最後は先輩に、とその姿を探すも何故か見当たらない。その事を不思議に思い首を傾げれば従業員である一人の主婦さんが、

「彼女も上がりだから一緒に帰ったら?」と更衣室に続く扉を指した。そこから出て来たのは探していた先輩の姿で、可愛らしい私服姿に思わず見惚れてしまった。思えば先輩はいつも俺より先に出勤していたし、帰りも俺より後だったから私服姿を見る機会はなかった。今日で最後だけど、最後だからこそ、嬉しかった。

「今日、あまり込まなかったから早上がりにさせてもらえたの。…一緒に帰っても、いい?」

可愛らしいその誘いを断る理由なんてなにもなくて、俺はただ笑顔で頷いた。









夕方にバイトを終え帰るのは久しぶりだった。久しく見ていなかった帰り道を淡く照らす夕日を見つめる。先に口を開いたのは後輩くんの方だった。

「こうやって先輩と帰るのは初めてですね。ふふ、嬉しいな。」夕日に照らされた彼の笑顔は優しく咲き輝く向日葵のように見えて、私もつられて笑みが零れる。

「そうだね。私も、嬉しい。」彼が好きだと気付いてからなのか、恥ずかしさはもちろんあったけど、私は後輩くんに素直に言葉が紡げるようになっていた。

でも、今日が最後。

最後という言葉が心に針のように刺さって、抜けない。肩を並べて歩けることが嬉しいのに、歩を進める度に''最後''が近づいていることが、すごく、寂しい。


彼ともっと話したい。彼をもっと知りたい。


気付けばそんな我儘な気持ちが、胸の中に生まれていた。









先輩が紡いだ「嬉しい。」の言葉が嬉しくて、幸せで何度も心の中で、頭の中で反芻したけど、俺達の時間はここで最後のようだ。二本の分かれ道を前にそんな事を思う。

「先輩、右側でしょう?…俺は左だからここでお別れ、ですね」

「うん。」

自分で呟いた''お別れ''の言葉が妙に胸に刺さって痛かった。頷いてくれた先輩の表情は俺には見えないけど、同じ痛みを感じてくれていたらいいと、そんな事まで思ってしまう。


もっとこの人と話したい。この人の事を知りたい。


気付けば''先輩''なんてフィルターを外して、俺は、目の前にいる''彼女''を、我儘な想いを胸に抱きながら見つめていた。








…お別れなんて、寂しい。そう素直に言いたかった。でも、自分の学びたい事を学ぶために単身で海外に留学する事を決めた彼の姿をかっこいいと思うと同時にずっと前から尊敬していたから私の我儘な想いを伝えて困らせたくなかった。でも、尊敬しているからこそ、伝えられる想いがある。だから私は笑顔を見せて、

「ばいばい。…それから、気を付けて行ってらっしゃい。」それだけ、呟いた。








めいいっぱいの笑顔を見せているつもりかもしれないけど、寂しさが微かに漂う彼女の笑みが愛おしくて、愛おしくて、俺は迷わず彼女の手を取り、引き寄せた。

「…ねぇ、先輩。三年経ったら帰って来るから、先輩が惚れちゃうぐらい、好きで好きで困るぐらいかっこよくなって帰って来るからさ、俺の事、待っててくれる…?」

温もりをわけるように彼女を抱き締め、微かに甘い香りのする柔らかな髪に頬を寄せながら問いかける。きっと俺が留学している間にも、彼女に好意を向ける人はいるだろう。そして、彼女も誰かに好意を向けるかもしれない。…でも、許されるなら、少しでも俺の存在を貴女の心に刻ませてもらえるなら、俺の事を待っていてほしい。そう思った。

告げた言葉に反応するように抱き締めていた彼女の身体が小さく跳ねたかと思えば、吐息を零す音が耳を掠める。開かれたであろう唇から紡がれる言葉を早く聞きたいような、聞いてしまうのが怖いような、そんな気がしていた。それなのに、

「……海外の人の方が、可愛い子も、美人な子もきっと多いよ。」

可愛らしい声で紡がれた言葉はあまり答えにはならないもので、言葉の意味を理解するのに少し時間を要してしまった。そして思わず吹き出していた。

「なぁに、そんな事心配してるの?…大丈夫だよ。俺の事を嬉しい気持ちにさせてくれるのも、俺が感じる幸せな気持ちをわけてあげたいって思うのも貴女だけだから。だから、安心していて。」

"俺の目に映っているのはあなただけだよ。"なんて大人な台詞は俺の口から出てくれなかったけど、俺の言葉で少しでも彼女が安心してくれたら、その心を温かく出来たらいいと思い優しい声で言葉を紡いだ。貴方の感じた不安をどうか温かな気持ちが包んでくれますように、と願いを込めて。

「……ふふ、ありがとう。」

その願いは届き、彼女は笑った。きっと、温かな気持ちになれたのは俺の方だったと思う。







会えない時間が続く事に寂しさを感じる事はあると思う。でも彼が紡いでくれた言葉が今も、そしてきっとこれからも心を包んでくれているような気がするからだろうか。私の心は安心感で包まれていたし、彼を笑顔で送り出そうと決めていた。笑顔も、言葉に込めた"背中を押したい"という気持ちも届くように。







「いってらっしゃい。……待ってるよ…!」






今度は心からの笑顔で、その言葉を贈った。




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