第2話
自分から誘っておいて勝手な言い分を心にしまいつつ、私はお二人の席にコーヒーとカフェラテをお持ちしました。
「最初は、好きだからって思ってた。次は、急に現れたゆるふわキラキラ女子に負けたくないって気持ちになっていった気がする。あなたは正々堂々、戦ったのにね」
「正々堂々……」
「ねぇマスター」
カップを置いて去ろうとする私の黒いエプロン(白い糸の刺繍でアリスが描かれたもの。手作りです)を遥菜さんが引っ張る。
「なんでございましょう」
「マスターなんでしょ、私を過去に戻したのは」
「えっ?」
莉帆さんの驚きの声と同時に、私は頷いた。
「ええ、そうです」
遥菜さんは少しためらってから、莉帆さんに向かって言葉を紡ぐ。
「言ってもわからないかもしれないけど、私はあなたに勝つ為に過去に戻って……」
「待ってください、竹内さんも?」
莉帆さんは、立ち上がらんばかりの勢いで返答した。
二人の間にあるコーヒーからたつ湯気がほのかに視認できる。もう初夏のような気候だから、アイスを注文するお客様も増えたなぁ、と私はぼんやり思った。なるほど、これが現実逃避。それは秘密だって約束……は、してないか。そうでした。
「も? って。朝霞さんも?」
こくり、と頷く莉帆さん。
そろり、と二人同時に私を見つめる。
「どうして、私だと?」
強がって言ってみるが、二人は当然のような顔をしている。
「どうして、って。時が戻った時、わたしはアリスダイナーで目が覚めました。なるほど、ってすぐわかりましたよ」
「それに、あの猫の声とマスターの声、一緒だし」
「言われてみればそうですね」
声! そこから! 言葉遣いを変えたのに!
何という事だ。私は頭を抱えたくなった。不手際の多い事多い事。
「恋愛相談していたのは、マスターと猫だけ。私が過去に戻りたいって言ったのもここだけで、その帰り道に都合よく現れて。え、バレてないとでも?」
「はい……」
キツイ口調は変わらない。遥菜さんの言葉に私はただ委縮した。
言葉がキツイ人というのは、どうしてこうも言葉尻に悪意がこもっているんだろうか。大人になって怒られるって……年下の女の子から怒られるって結構辛い。
「竹内さんは、自分がズルをしたと思っていらしたんですね」
怒る遥菜さんと、慌てる私を他所に、下を向いて莉帆さんが呟いた。彼女の前に置かれたカフェラテは、ミルクから出た小さな気泡がなくなりつつあった。
「わたしも、過去に戻りました。失敗しましたけれど」
その告白に、遥菜さんは目を丸くする。そして、すぐに私を見た。睨み付けた。
「マスターはどっちの味方なの!」
白いワイシャツの胸ぐらを掴まれる。背は私の方が高いのに、なんだか恐ろしくて言葉が出ない!
「ど、どっちというか」
「竹内さん落ち着いて!」
莉帆さんが私と遥菜さんの間に入ってくれて、生きながらえた。おお、怖い怖い。
「朝霞莉帆! あんたよく落ち着いているね! この人が面白がって私達の時間をいじくったのよ! 一体どういう事!」
「説明しますから、落ち着いてください」
幸い、夜になっても客は来ない。いいのか悪いのか、営業面ではよろしくない。面白がった天罰なのだと諦め、私は遥菜さん、莉帆さんの間に座った。
自分の能力のこと、二人の会話から、お互いが同じ人に恋している事。やり直しをしたら、選ばれる人は変わるのか見てみたかった、と包み隠さずに。
面白がっていた事に関して遥菜さんは怒り狂う寸前だったけれど、莉帆さんがなだめていた。
なんだかんだ、この二人いいコンビだな、と思いつつ。
「コーヒー飲み終わってしまいましたね。おかわりはサービスしますよ」
立ち上がると、遥菜さんから「はぁ? おかわりだけサービスで済むと思ってんの」と厳しい言葉を浴びせられたので、今日は全額サービスとなりそうです。
今月は売上厳しいんだけど、天罰だ、やっぱり。ルイス・キャロル様の怒りに触れてしまったんだと自ら罪を受け入れることにした。
「柄じゃないかっこうまでして、梶くんの気持ちを手に入れようなんて浅はかだった。莉帆ちゃんの真似事をして、バカみたい」
いつの間にか、下の名前で読んでいる。私に騙された被害者同盟でも組み始めたのでしょうか……。
「真似事?」
「そう、服装とかね」
驚いた顔ののち、ああ、と莉帆さんは納得したように頷いた。思い当たる節があるらしい。
「私ね、今まで恋人っていたことないからどうやったら振り向いてもらえるかわからないの」
「あ、遥菜さん、恋人いなかったんですか」
驚いたような莉帆さんの声に、遥菜さんが目くじらを立てます。この方は文字通り、目じりがぎゅっとあがるから怖い。
「莉帆ちゃんは、恋人がいたっていうの。高校時代から梶くんに恋していたって言うくせに」
「それはまぁ……再会出来るかどうかわかりませんし」
裏切者、と叫びそうな形相で口を開き、一旦コーヒーを口につけようとするが、すでに空だった。
「マスター、おかわり!」
「はいはい、只今」
気分は落ち着かない様子で、どんどんと机を叩きだした。私はおかわりのドリンクを作る為に、カウンター内で滑稽なやり取りを見つめる。
「なんかムカついてきた! 何それ! 一途な子だと思って梶くんを譲ったのに」
「譲ったも何も、和航さんはわたしを選んだんですよ? 何度やり直しても」
不敵な笑みを浮かべる莉帆さん。ああ、これはもう、遥菜さんをイジって遊んでる状態ですねこれは。
「マスター! 私、もう一回やり直したい!」
私に対して挙手をする遥菜さんを、冷ややかな目で莉帆さんは見つめている。
「やり直さなかったわたしのやり方が正しかったんだから、悪あがきはやめましょうよ。人生にやり直しなんてないんですって。ね、マスター」
おかわりに置いたアイスのカフェラテのストローに口をつける莉帆さんは、余裕しゃくしゃくという感じで。いやぁ、選ばれた、愛される女性というのは凄いですね。
「それは私にはなんとも」
「じゃあ、梶くんここに呼ぶ! 今日は遅番の日だからまだ会社にいるはず。苦情の電話入れてやる。女の趣味が悪いぞって」
「自分の会社に入れるクレームの電話、しかも内容がくだらなすぎると思うのですが」
「冗談に決まってるでしょ!」
ぎゃいぎゃい騒いでいると、お店の扉が開いた。昔ながらのカランコロンとドアベルが鳴る。
お客様だ、これで少しは静かになってくれるだろう、と上げる。でも当の梶和航さんだったら余計騒ぎになるか。
「ようこそ……あ」
扉の向こうから現れたのは、控えめに手を振る女性と、その腕に引かれた幼児。天使のように可愛い、黒髪がツヤツヤの女の子。私の気持ちが異常に高揚します。うほっ。
「アリスぅ~!」
しまった、仕事中なのにおかしな声を出してしまいましたよ。あんまりに可愛いものだから。
「アリス?」
アリスにかけよる私の背後で、いがみ合っていた二人の女性が声をあげる。アリスを待ちあげ、抱いて振り返る。
「二歳になる娘です、私の。妻のまなたん……じゃなくて、
ぺこり、と頭を下げるまなたんと、愛嬌よく手を振る我が娘。
それにつられ、二人も頭を下げた。
「いいの、お客様に紹介されるなんて」
まなたんの声に、私は首を振る。
「お客じゃないです、今日はタダ飯だから」
誰のせいだ、と睨み付けられましたが。実際そうじゃないか!
「近くに来たから寄っただけで……すぐに帰ります」
結婚してたの? そんな風に見えないとコソコソ話す二人に、私は近寄る。
「どうです、うちの妻、美人でしょ。娘も、可愛い」
「モデルさんか何か、ですか。本当に美人」
その驚くリアクションが見たかったんですよ! はっはっは!
アリスを床に立たせ、ママの所に行きなさい、というと、おぼつかない足取りでまなたんの元へ戻っていった。その隙に、私は二人にだけ聞こえるように耳打ちする。
「五十三回やり直して、結婚まで至りましたよ」
驚いて声も出ない二人。それだけやって、ようやくここまでたどり着いたのですよ。
こういう話をしたのは初めてです。自分の時間を戻す事に飽きたし、アリスの為にも自分の時間を戻すのはやめていた。でも使ってみたい。
その被害者となった二人には、本当の事を言ってもいいかと。
「やり直してうまくいくこともたくさんあります。人生はトライ&エラーの繰り返しですから。時間を戻しても戻さなくても、お二人は出来る事をやったのだから胸を張っていいと思いますよ」
成功例は私、と目線をまなたんとアリスに向ける。まなたんは、もちろんそうやって結婚にこぎつけたことを知らない。
世の中、小さな縁の積み重ねで先は変わっていくもの。時を戻すことができないのなら、今選んだ選択や、今ある縁を大事にして欲しいとオジサンからはアドバイスしたいのであります。
「はぁ。参考にします……。五十三回はちょっと行き過ぎな気もしますけど。てかちょっとキモいっていうか……」
「じゃあ、次に何かやり直したくなったら相談しますね! 私もトライ&エラーします! 人生に無駄な事なんてないんだ!」
あっけにとられて力なく言う莉帆さん。対して、目をギラギラにしている遥菜さん。
そうそう、若者たちよ、その意気ですよ。
好き嫌いがあって、好きなものに一直線になれる。もう私はその時代に帰るつもりはありませんが、お二人はまだその時代のまん真ん中にいられる事、幸せに思って欲しいものです。
了
アリスダイナーの恋愛旅行 花梨 @karin913
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