第9話 猫も人も誰もいなくなるその前に。

 あたしの疑問に顔も上げずにレモンが応えてくる。


「その答えはわかってる。答えのきっかけを与えてくれたのはおまえだよ、ユズハ」


 へ?

 なんですと?

 はてなを顔に浮かべるあたしに、ブランシュが口を開いた。


「わたしが王に面会を申し出たときのことを覚えていますか? あのとき、呪いについての会話でわたしは言いました。この国は猫の国だから民と言えば猫のことだ、と」


 あー、覚えている。

 王国の民を滅ぼす呪いがかかっている、と言わずに、王国の猫を滅ぼす呪いが、とブランシュは言ってしまった。それは、彼が街で情報を集めたかぎりでも、呪いが猫たちに向けて掛けられているように見えたからだ。


「実のところ、ユズハど──ユズハの指摘は的を射てました。わたしはもう少し深く考えるべきだった。古い呪いであるならば、それはユグラリア時代のものであるはず」

「そうだな」

「我々猫たちがこの国にやってきてからまだ日は浅い」


 ブランシュの言葉に肖像画の猫の王は三代前だったことを思い出す。


「それ以前は一般常識としては人間の時代でした。ならば呪いを掛けたのが誰だったにせよ、人間に対してのものと推理するべきで、初めに王に告げたときも、民が滅びる、と述べておいたほうが余計な疑いをかけられなかった」


 実際にも、呪いをかけたのは猫のほうで、呪われたのは人間のほうだった。

 で、なんでその呪いが今や猫たちに降りかかってくるのかっていう……ああ、ようやっと話が戻ってきた。


「おそらく〈呪い〉も、わたしと同じことを思っているんでしょう」


 は?


「呪いは、おそらくは〈王国の民〉に向けて発動しているのです。現在では、王国の民といえば猫のこと。なので、呪いの矛先は猫に向かっている、というわけですよ」


 ブランシュは当然だろう、という口調で言うのだけど、それってヘンだ。


「まるで呪いに意思があるみたいだよ、それじゃ」


 あたしの問いかけにレモンが横から答えを返してくる。


「ちょっと違う。魔法は言葉によって向きを与えられるんだ。言っただろ、ここじゃ言葉が重要なんだって。発せられた言葉は取り消すことはできず訂正もできない」


 えーと……、それってつまり、放った言葉のとおりに魔法の効果は発揮されるってことか。


「つまり、猫たちが呪ったときに「王国の民に災いあれ」と言ったからってこと?」

「あたりだ」

「で、でもそれじゃ、本来はまるっきり猫たちには関係ないはずの呪いってこと?」

「そうだな。呪いの八つ当たりってところだな」


 り、理不尽だ。理不尽だよ、それ。


「世の中ってのはそんなもんだ。ひとを呪わば穴二つ、だな。猫がかけた呪いが猫に返ってきてる、ってことだ。因果応報だよ」


 なんてことだ。

 あたしは呆然としてしまう。悪いのはあの人間の王様だったのに。

 その間にも、レモンは図面を熱心に睨みつけていた。


「ちきしょう、わからねぇ。構造的には、この城にはおかしな隠し部屋なんてないぞ」


 顔をあげてレモンは息を吐いた。 

 あーあ、睨みつけすぎて目がしょぼしょぼしてるよ、レモンってば。


「もう少し、チリに協力してもらえなかったのかな。あのひとだったら、地下への入り口とか見当がついたんじゃ……」


 あたしの言葉にレモンはかぶりをふる。


「そうかもしれないが、約束だからな。仕方ない」

「それ、さっきも言ってたよね、約束って?」


 王様の命令よりも優先する約束って何だろう?

 レモンが珍しく躊躇した。何かを探すようにあたりを見回す。ため息をついてから「まあ、おまえならいいか」と言った。


「猫は魔法を使える。だが、猫だけではその力はたいしたことがない。言ったよな?」


 何度も聞いた言葉をレモンは繰り返した。


「チリが自分の力に気づいたのは、爪を立てていた雑誌の内容が頭の中に勝手に流れこんできた、ってことかららしい。でもそれだけだった。元々は自分ひとりが『読解』できるだけだったんだ」

「へぇ……」


 それはそれでスゴイと思うけど。というか、ぜひあたしにもその能力が欲しい。教科書を撫でるだけで頭に入ってきたら、勉強ラクショーだよ。


「チリがヤヨイに出会ったのは偶然で、そしてヤヨイはチリの使い魔として極めて優秀だった」

「あー、確かに。ほんとに、眼の前で繰り広げられているみたいだったもん!」


 映像も音もリアルそのもの。匂いまで感じられそうだった。それだけに拷問の場面はあまりにもきつかったわけだけど。

 ところがあたしの言葉に、レモンは首を横に振った。


「あんなもんじゃねえよ。あれは力を最小限に抑えているんだ。言っただろ、『ユズハくらいの年齢の人間の女がいちばん魔力がでかい』って」

「うん」

「チリとヤヨイが本気になれば、国中の──キャイネ国のってことだが──全員に『読解リーディング』して見せつけられるだろうよ」


 国中!?

 キャイネって、たぶん埼玉県くらいあるぞ!?


「だが、それはできない」

「なんで!?」

「あの娘……身体のどこかに異常を抱えていますね」


 ブランシュが言った。あの子って……ヤヨイのこと?

 驚いたのは、そのブランシュの指摘にレモンが頷いたことだ。ええ!? だって、あんなに元気いっぱいだったのに。


「ヤヨイは心臓に病を抱えている。その病はすぐに彼女を死に至らせるようなものではないが、手術をしなければ治らない。そして若い彼女にはまだ手術に耐えるだけの体力がない。異世界の往復は身体に負担をかけるし、それは大きな魔法を使うことも同様だ。チリとヤヨイの魔法は、現時点では千分の一ほどの力しかないが、それが限界なんだ」


 レモンの口調はいつもと違って、まるで大人がしゃべっているよう。


「あんなに……明るいのに」

「ヤヨイの魔法の力の黄金期ゴールデンエイジは、今なんだ。数年後ではハナコのように城レベルになっちまうかもしれない。だが、キャッティーネに来ているときに発作が起こったら助からない。だから、ひと月に一度、二時間だけ、その力を借りている。そういう約束だ。それ以上はチリが許さない」


 それは……仕方ない。


「わかった。あたしたちでなんとかするしかない、ね」


 納得すると同時に、あたしは自分が勘違いしていたことを悟った。ハナコさんのお布団ふかふか魔法……あれでも、めちゃめちゃ威力は弱かったんだ。


「なんとか、と言っても……どうするつもりなんです?」

「方法が問題」


 ブランシュとシィが言った。


「任せろ」


 にやり、と口の端をもちあげるレモン。

 おお!?


「なんか、思いついたの?」

「まあな。話していて思いついた。ひとつ、手がある。ここにいる全員が力を合わせれば、できる。おまえも協力してもらうぞ、占い師」

「……まあ、予想はしていました。共犯者にされるだろうことはね」

「犯罪なの!?」

「違う! 猫聞きの悪いことを言うなっての!」

「いやそこは、素直に『人聞きの悪い』って言ってくれないとわかんないよ」


 あたしの素直なツッコミはまたも華麗にスルーされた。


「多少荒っぽい手段なだけだ!」

「おそらくは相当に荒っぽいのでしょうね。ふう。まあ、仕方ないですけど」


 ブランシュがわざらしくため息をつく。

 やめてよー。不安になっちゃうじゃないか。


「いいから聞けっての!」


 尻尾でテーブルを叩き、耳を逆立てたまま、レモンが自分の思いついた方法とやらを語る。

 テーブルの上を行ったり来たりしながら話しているうちに、レモンも落ち着いてきたようで、話し方も穏やかになった。

 聞き終わったとき、あたしは口をぽかんと開けていた。


「そんなこと……できるの?」


 あたしの問いに、レモンは不敵な笑みを浮かべたのだ。


「できるさ。魔法使いには俺が、使い魔にはおまえがいるんだ、ユズハ」


 どきり、とそのレモンの笑みに心臓が跳ねた。

 俺とおまえなら……。

 殺し文句だぁ。さすがは王様。


「わかった! やる!」

「いい答えだ、ユズハ」

「やれやれ。仕方ないですかね、シィ」

「呪いなんて、……よくないことだから」

「決まったな。よし、明日にはこの呪いをどうにかして止めるぞ!」


 レモンが宣言した。

 決行は明日。

 この城を覆う呪いの連鎖をどうにかして止める!


 百年前のように、

 猫も人も誰もいなくなるその前に。

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