第8話 猫たちが恨んでいたのは人間の王様なのに。
チリとヤヨイは地球へと帰った。
ヤヨイは消える直前に応援してくれた。「地球で会おうねー」とも。
楽しい人だった。また、会いたい。アドレス交換する暇がなかったのが、とっても残念だったよ。そんな時間も余裕もなかったけどさ。
彼らが地球に戻ってしまい、宝物庫には再び鍵が掛かってしまったので、あたしたちは場所を変えるしかなく──。
「で、なんで、あたしの部屋に集まってるの!?」
あたしの部屋に、レモンもブランシュもシィもいるのだ。
「ここが城のちょうど真ん中だからだ」
レモンが言った。
「へ?」
「この城の形を覚えているか、ユズハ。東と西に張り出した両翼をもつ城で、上には四階まで存在する。そのさらに上にあるのは物見台だけだな」
物見台っていうのはいつかレモンと登った尖塔のてっぺんのこと。
レモンが、テーブルの上に城の見取り図を広げた。丸まりそうな羊皮紙を前足で押さえて口で咥えた文鎮を端に乗せる。
「この図のとおり、上から見ると、中央の本棟は吹き抜けの中庭を持つ四角形で、三階の回廊の終わりにこの部屋は存在する」
「回り廊下の、一番奥にある部屋ってことだよね」
お城の中央部分は、ちょうど漢字の『回』みたいな構造になっている。さらに言えば下の階ほど面積が大きくて、上の階に行くほど部屋数は少なく、大きさも小さくなってゆく。あたしの部屋は三階で、城は四階建てなので、この上の階には王族の方々の部屋しかなかった。
「ユズハの部屋は全体から見れば城の中央だ。探索の拠点とするのには丁度いい」
な、なるほど。そういう理由か。
「というのは建前で、おまえの部屋なら好き勝手できるからだ」
「そのひとことで、色々と台無しだよ、レモン!」
「では、今までにわかったことを、ここでちょっと整理してみようか」
あたしのツッコミなんて知らないふりで、レモンが言った。
「うー。ま、まあ、いいけど。ええと……。わかったこと、わかったことね……」
「あの幽霊が百年前の滅びた王国の王女だったこと、ですね」
ブランシュがシィの膝の上から言った。シィはあたしの隣で椅子に腰掛けているのだ。
あたしはベッドに座っていて、レモンはテーブルの上だったりする。
ブランシュとシィはいつの間にかあたしたちに付き合わされてしまっていた。文句を言わないところをみると、どうやら観念したらしい。あるいは案外と良い人、じゃなくて猫、なのかも。
「ええと、で、王様の嫉妬で九匹の黒猫たちはお城の地下に閉じ込められて、殺されてしまったんだよね」
自分で言って、ずきりと胸が痛くなる。
猫たちが死んでゆく光景を思い出してしまい、唇を噛んでこらえた。あれは──あっていいことじゃない。だからといって、猫たちの呪いの結果も我慢できるわけじゃない。猫たちに害をなしたのは王であって、城下の人たちは関係ないはずなのだ。
どこかで誰かが止めるべきだったんだ。
「王女の身体には、猫の足あとのような刻印が印されていた。状況から考えて、これはおそらく使い魔の契約の証だろう」
と、レモン。あたしのほっぺたにも押されている肉球スタンプのことだ。たぶん、シィやそれからヤヨイの身体のどこかにもあるはず。それはつまり黒猫たちもやっぱり魔法使い猫だったっていうことでもある。さもなければ呪いなんてかけられないだろう。
……ん?
「使い魔って複数契約できるの? あの記録の通りだとすると、王女さまって九匹の猫ぜんぶの使い魔になってたってことでしょ?」
「可能ですよ。普通はしませんけれどね」
ブランシュが言った。
「できるんだ」
「ユズハ殿はご存知かどうか知りませんが──」
「あ、呼び捨てでいいよ。あたしもそうするから、ブランシュ」
「…………わかりました、以後はそのように」
「シィもだよ」
こくり、とシィが頷く。
「話の続きですが……。魔法使いと使い魔は命を共有することになります。使い魔が体力や気力を消耗すれば魔法使いも同じように消耗します」
ブランシュの言葉にあたしは頷いた。それは最初の頃にレモンからも聞いた。
「おおむね、猫のほうが体力も気力も小さいので、実は人と契約することは、わたしたち猫にとっては極めて危険なことなのです」
「そっか。あたしたちには小さな怪我でも、猫たちには重傷になるからだね」
ブランシュが頷く。ここまではあたしの理解は追いついているらしい。
「これを避けるために、複数の猫がひとりの人間を使い魔にすることがあるのです。そうすることによって、使い魔の人間が受けた損傷を分散することができるのです」
あー、なるほど。
人間が十点ダメージを受けても、十匹の魔法使い猫で分散すれば各々一点ずつになるって、例えて言えばそういうことか。
「十代の人間の少女の魔力は無尽蔵ですからね。九匹の猫が同時に魔法を使っても尽きることはないでしょう。魔法使いの猫には美味しい話です」
「じゃあ、なんでみんなそうしないの?」
「相性ってもんがあるんだよ」
城の絵図面とにらめっこしていたレモンがあたしのほうを向いた──相性?
「自分の魔法を強力にしてくれる触媒──使い魔は誰でもいいってわけじゃない。むしろ、出会えることのほうがまれなんだ」
レモンの言葉を聞いて思い出したのは、あたしと出会う前のレモンが使い魔を探すためにわざわざ関西まで出向いていたっていうこと。なるほど。
「あたしとレモンとは運命の出会いだったっていうことだね!」
「偶然って怖いよな」
「ロマンチックじゃないっ、ロマンチックじゃないよ、レモン!」
「けっ。ロマンで飯が食えるか」
はなはだ即物的なことを言ってから、レモンが話を戻した。
「とにかく、その九匹の猫と王女とはよほど魔法の相性がよかったってことだ。百年越しに呪いをかけられるくらいだからなっ」
「百年越しの呪いかぁ……あれ? あれれ? ねぇ、レモン」
「なんだよ」
図面に向き直って穴のあくほど見つめているレモンはあたしの声にも顔を上げない。
「なんで、猫たちのかけた呪いが、猫たちにかかってるの?」
おかしくない?
猫たちが恨んでいたのは人間の王様なのに。
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