第5話 チリが古ぼけた本を撫でた。
「あたしの得意な魔法は『
ロシアンブルーの証しである大きな三角の耳をピンと立てて、少し胸を反らし加減にしてチリが言った。どうでもいいけど、なんであたしが出会うキャイネの猫ってみんなして偉そうなんだろか?
「リーディング?」
「本に書かれた内容を読まずに読み取るんだ」
レモンが解説してくれた。が、それだけでは何のことやら。
「チリの力はすごいですよぉ。しかも、彼女の『
「それは使い魔のあなたが魔法を強めてくれるからよ、ヤヨイ」
「ご謙遜~。へっへっへ。これがもうタダでいくらでも映画が見れるようなもんなんですってば! 例えば、これとか」
そう言いながらポケットから彼女が取り出したのは、えーと……装丁からすると、少女小説かな? もちろん地球のやつ。
「ほらほら、チリ」
「しょうがないわね」
テーブルの上に置いた本の表紙をチリが左前足で撫でる。ほー、この子、左利きか。
と──。目の前の風景に紗がかかったようになり、二重写しに別の風景が見えてきた。
地球の、放課後の教室、だろうか……。
夕日に染まった教室の中。
美少年が口説かれていた。
男に。
『先輩! ありがとうございます。でも、僕のせいであんな危険な目に──』
『俺はそこまでお人好しじゃないさ。報酬は頂くよ。わかっているだろう、秀介……』
『せ、先輩……あ……』
そこで風景がかき消すように消えた。
う、うわー!
「と、まあ、こんな感じね」
「はわ。伊集院様……ステキですー。うへへ。眼福ですよぉ。いやあ、チリってば、相変わらず素晴らしい魔法の力!」
「ふふ。どう、王の使い魔のあなた。おわかりいただけましたかしら?」
「理解はできたと思うぞ。おい、ユズハ」
レモンに声をかけられて、あたしはびくりと身をすくませた。
いやだって、ほら、やっぱ間近で見せられるとドキドキしちゃうじゃん? 美少年さまがあんなふうに美形の先輩に口説かれているところとか。あたしはかわいいものが好きだけど、別にそっちに興味がないわけじゃ……いやそーではなくて!
つ、つまりチリが使える魔法って、これはあれだ。
本を、
読まずに読み取るって、こーいうことか。
た、たしかにすごい力……かも。
「でも、リ、リアル過ぎない!?」
「目の保養になりますよねぇ。ふっふっふ」
「これを毎日……」
「そりゃもう、たっぷりしっかりねっとりと三百六十度回転させて見てますとも」
「ごくっ……」
思わず唾を呑んだら、レモンに前脚でぺしっと叩かれた。
「おいこら。しっかりしろっての! おまえのためにやったんだぞ!」
「へ?」
あたしの──ため?
「これから見るのは、かなり刺激が強いんだから、覚悟しとけってことだよ!」
「あ……」
あたしは一発で理解してしまった。
その場にいるみんながあたしを見ていた。
少女の出てこない少女小説を差し出してきたヤヨイも、いつのまにか心配そうな顔つきをしている。無表情のシィさえも瞳に陰を落としていた。
彼らにはわかっていたんだ。
あたしが、これから何を見ることになるのか。
チリが『
あたしは前とは異なる唾を呑む。ちょっと怖いかもだ。
でも──。
王宮のかわいい猫たちは呪いのせいで参っているのだ。彼らのやつれた顔を思い出す。そろそろ限界に近かった。もしこれが解決の糸口になるのなら……。
「大丈夫。いいよ」
「あなたたちの欲しい情報は、この本の最後のほうに書いてあるわ。これよ」
そう言いながら、
チリが古ぼけた本を撫でた。
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