第6話 新しくやってきた猫と人が新しい国を造った。
百年と少し前──。
ユグラリアの王と王妃は仲むつまじく王宮で暮らしていた。
国は豊かで争いごともなく平和だった。
ただひとつ、世継ぎに恵まれなかったことを除けば、王国には何も問題がなく……。
そんなある日のことだ。
王宮に一匹の黒猫が迷いこむ。
「まあ……なんて、かわいい生き物でしょう」
この国には猫がいなかった。平行世界を渡って日本の猫たちがやってくるまでは。
それまでに猫を見たことがなかった王妃は、たちまちその愛らしい獣に夢中になる。
子どもがいなかったこともあり、王妃は自分の子どものように黒猫をかわいがった。
そうして悲劇は始まったのだ。
あまりの溺愛ぶりに、王は次第に猫への嫉妬を募らせていった。
「おまえは妻の元にいてはならぬ」
王妃に知られぬようにこっそりと猫を捕まえた王は短剣で猫を刺してしまう。
心臓を貫かれた黒猫は、死の直前に言い残した。
「王妃が産む子どもは猫しか好きにならないだろう。人の子と結ばれることはないだろう」
黒猫は死に、その身体は川に放り込まれた。
猫の姿が消えて王妃は悲しんだが、入れ替わるように子を授かる。
ようやく王妃の顔に笑顔が戻った。
十月十日後に生まれたのは女の子。
みなが望んだ世継ぎではなかったけれど、王も王妃も喜び、生まれた子をかわいがった。
ところが──。
「お父様。ほら見て、この子たち。お庭で見つけたの。お友達になったのよ」
王女の抱える生き物を見て王の背がぞくりと冷え肌が粟立つ。
どこから迷いこんだのか、いつの間にか王宮には九匹もの黒猫が居ついていて、王女のお気に入りになっていた。
すくすくと育つ王女がかわいがるのは足下に群がる九匹の黒猫たちばかり。人の子とは遊ぼうともしない。
時は流れて、王女は十四になった。
長く平和だったユグラリアにも不穏な空気が漂っていた。周辺の国との関係が微妙なものとなり、王国はいつ攻められてもおかしくない危うい状態になっていたのだ。
仕方なく王は王女を隣りの大国に嫁がせることに決める。
「わたしは嫌です」
そう言って嘆く王女を九匹の黒猫がかばうように立ちふさがった。
「わたしの全てはこの子たちのもの」
猫たちに守られながら王女が言った。
そうして……。王女の言葉を裏付けるかのように、黒猫の足あとが、王女の首筋にくっきりと浮かびあがる。王は息を呑んだ。
その日を境に猫たちの呪いが城を覆った。
得体の知れない病が流行り、不快な音が昼夜を問わずに鳴り響き、城のあちこちで物が動きまわって、闇の中からは怪物の唸り声が聞こえてきた。
怒りに駆られた王は猫たち全てを捕まえて、王宮の地下牢へと閉じ込めた。
そして──。
一日に一匹ずつ、殺していった。
一匹目は枯れ井戸に落として殺した。
猫が死ぬと王女の首筋の足あとは消えたが、王女は倒れて意識を失った。
二匹目は飢えた魔狼と共に牢の中に閉じ込めて餌とした。
三匹目は水をいっぱいに張った樽に放り込み、蓋をして溺れさせた。
倒れた王女の服を着替えさせた侍女がようやくそれに気づいて悲鳴があがった。王女の身体には、猫の足あとの刻印が六つ。生き残った猫の数だけあった。
四匹目は出口のない迷路に閉じ込め迷い死にさせた。
五匹目は牢の壁の中に塗り込めた。
六匹目は火をつけた暖炉に投げ入れて焼いた。
七匹目は毒を与えた。目覚めることなく死んでいった。
一匹死ぬごとに、王女の身体に猫が刻んだ刻印は消えていったが、王女はますます衰弱していった。意識も戻らず、日々やせてゆく。呪いも止まらなかった。
捕らえた猫たちは物を食べなくなった。まるで自らの死を覚悟したかのように。
八匹目がやせ細って死んで、ようやく王は悟った。
このまま九匹目が死ねば王女も助からない。
地下の牢へと降りて黒猫を探した。王女を死なせるわけにはいかないと。
だが──。
薄暗い牢の中、最後の黒猫はすでに命の炎が燃え尽きようとしていた。
「王よ。王よ。われらが望みが届かなかったか」
かすれた声で黒猫が最後の言の葉を紡ぐ。
「われらはただ彼女の元にいたかっただけだというのに……」
目がゆっくりと閉じてゆき、首がかくりと落ちて動かなくなった。
最後の猫の刻印が消えると同時に王女の命の火も消えた。
半狂乱になった王妃に問い詰められ、王は全てを告白した。最初の黒猫を殺したことから全てを。
真相を知った王妃は、城で一番高い物見台から身を投げた。
こうして王だけが残った。
だが、呪いは止まることなく城内から城下へと広がっていった。人々は次々と倒れてゆき、だが、救いを求める民に、王は何もせず、できず。
そしてある日。隣国の軍隊が攻めてきたのだ。その頃には、ユグラリアには対抗するだけの兵士の数は既になく……。
ついに王も死んでしまい、ほどなくして王国も滅びた。
古い人も猫も誰もいなくなり、
新しくやってきた猫と人が新しい国を造った。
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