第2話「あの歌が呪いの手がかりか!」

 いつかの幽霊少女が歩いている。

 真夜中の、城の東の棟一階の、薄暗い廊下をゆっくりと。

 壁に張りつくようにして、幽霊の少女を覗き見ているのは、あたしたち四人──あたしとレモンとブランシュとシィだ。

 レモンはあたしの足下で、ブランシュはシィに抱かれている。魔法使いと使い魔は身体をくっつけていたほうが魔法の力が強まるから、らしい。

 そういえば、とあたしは思い出す。キャッティーネに来た日。城まで走ってきたときのことだ。あたしの脚の力を魔法で強化したとき、レモンはあたしの肩の上に跳び乗ってきたっけ。あれもひょっとして同じ理由だったんだろうか。

 幽霊は今夜は歌っていない。ただ、静かに歩いているだけだ。


「ねえ。あたしが最初に幽霊を見た日だけどさ」


 ふと思い出し、やや中腰になって、ささやくようにレモンに声をかけた。


「なんだ?」

「あのときレモンも幽霊の気配って感じてたよね?」

「猫ってのはそういう感覚が鋭いんだ」

「でもじゃあ、なんで今まで幽霊を見つけられなかったの?」


 レモンもだけど、お城にはいっぱい猫たちがいるのに。見つかるのはたいてい偶然だ。


「そこまで鋭いわけじゃねえよ。あと、あの日はあいつも景気良く歌ってたじゃねえか」


 あ、そういえばそうだった。歌声のほうを聞き取ったからか。


「あの日は、おまえは一階にいたしな」

「あたし、こっちに来た日、お客さまとしては扱われてなかったんだよね」


 大臣猫たちにお披露目されたのは、あの市場に行った日のあとだ。

 だから、客間のある二階じゃなくて、使用人たちと同じ一階の部屋にいたわけで。

 とすると、二階の客間から東の棟一階の廊下を歩く幽霊を感知できるって、ブランシュの感覚の強化ってすごい力なんだ。


「これで夜に現れたときの幽霊の位置だけは掴める、な」


 そのレモンの言葉に、ブランシュが少し皮肉混じりな口調でつっこむ。


「おやおや。では、あの幽霊が毎日のように出現していたことに気づいてなかったわけですか」


 くく、と喉の奥で笑ってシィの腕の中からレモンを見下した。

 レモンがぎろりと睨み上げる。

 ぺし。

 シィが軽くブランシュの頭を叩いた。


「ふぎゅ!」

「だめ」

「こ、こら、シィ! あなた、わたしのほうが主人だってことを最近──」


 ふるふるとシィが首を振った。


「わかりましたよ。まったく……」

「けっ。使い魔に尻に敷かれてやがる」


 よせばいいのに、レモンはブランシュをからかった。それをやるから、喧嘩みたいになるんだと思うんだけど。


「レモン? あのさ。もうちょっと穏やかに行こうよ。あたしは、王たるものは、もっと威厳をもつべきだって思うんだ。ほら、応用っていうの」

「それを言うなら、鷹揚だろ」


 漢字でしゃべってないのに通じるからスゴイ。これが、魔法使いと使い魔の信頼関係ってやつかしらん。


「おまえがアホの子なのを知っているからだ」


 ひどい! ひどいよ、レモン! ま、でも、そう言いつつも、おとなしくレモンは口を閉じてくれた。


「では、話を戻してもよいですかね?」


 ブランシュが言った。

 あたしとレモンは頷く。


「あなたは、『夜に現れる』と言いましたが」

「言ったが何か?」

「あの幽霊、昼間も出てきてますよ」


 えっ、とあたしは息を呑み。レモンのほうは、しまった、という顔になる。


「俺としたことが! ユズハじゃあるまいし、アホの子になってた!」


 なんだと? いや怒るのはあとだ。


「どういうこと?」

「考えてみろ!」

「よし、考えた」

「考えてねぇ!」


 ちっ。ばれたか。


「じゃ、考えるから、ヒントをちょうだい」

「呪いは夜だけだったか?」

「あ!」


 そうか、そうだよ! あのマタタビの飴の雨! あれは昼間だったじゃないか!

 呪いと幽霊が関係あるとするならば、呪いのあるときには常に幽霊が絡んでいても良さそうなもの。ところが、夜歩く幽霊と襲いかかる呪いとの間に、あたしたちはまだ確実な関係をつかめていなかった。ぼんやりと何かありそうって思ってただけで。

 でも、幽霊が昼間も出歩いているのだとすれば……。


「てめぇ、そこまで気づいてて黙ってたのかよ!」

「切り札は最後までとっておく主義ですからね」


 ぺし。


「ふぎゅ! おい、シィ!」

「うそはだめ」

「……気づいたのは昨日です」


 なーんだ。


「うた」


 シィがぽつりと言って、あたしたちは幽霊に注意を戻した。

 少女が歌い始めていた。いつかの数え歌だ。今度は最初からぜんぶ聞くことができた。


  一人めは、覗き込んだ井戸に落ちた。井戸の底で、頭を打って死んだ。

  二人めは、昼なお暗き森へと入った。狼に追われて、喰われて死んだ。

  三人めは、波しぶき立つ海で泳いだ。高波にさらわれ、水底に沈んだ。

  四人めは、冥宮の中。さ迷うばかり。出口を見つけられずに迷ってる。

  五人めは、壁の中に塗り込められた。息もできずに、そのまま死んだ。

  六人めは、大鳥のように羽ばたいた。太陽に焼かれ、真っ黒に焦げた。

  七人めは、怠け者。毎日寝てばかり。眠ったまんま、くらあい墓の中。

  八人めは、怖がり者で泣いてばかり。体が干からびるまで泣いていた。

  九人めは、牢の中に閉じ込められた。ひとり孤独に自らの死を看取る。

  十で、とうとう誰もいない。

  お城は空っぽ消えちゃった。


 歌い終えると、またゆっくりと歩き始める。


「怖い数え歌だよね……」


 あたしのぽつりと言った言葉に反応したのはブランシュだった。


「数え歌、ですって?」

「違うの?」

「……王よ」

「なんだ、占い師ブランシュ」


 と、レモンってば、威厳のありそうな声を頑張って出しちゃうところがかわいいったら。


「うるせえよ、ユズハ」


 あ、声に出てたか。


「王よ、王宮にも歴史家がいると言いましたね?」

「ああ」

「では、調べてみるといい。あれは単なる数え歌ではない。わたしは、あの歌に描かれた出来事に聞き覚えがある」

「なんだと! まさかあの歌が!」


 レモンが短く叫び、目を光らせる。

 あたしとレモンは悟った。


「あの歌が呪いの手がかりか!」

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