第4章 語り部

第1話「呪いの在りか」を突き止めてみせたのだ。

「呪いの在りか、だと?」


 レモンが疑わしそうな声を出した。クッションの上からゆらりと立ち上がり、尻尾を揺らしつつ、あたしの膝の上に乗ってきた──なぜ、膝!

 彼の行動にとまどいつつも、あたしはその言葉には同意だった。だって、呪いを解くことはできないけど、呪いの在りかはわかる……って、どういうこと? その違いがあたしにはわからない。


「わたしは占い師だ。それゆえに、他の者が知らないことにも少々通じている」

「それは初耳だな」


 まるっきり信じていないって口調をされて、ブランシュが白っちゃけた顔つきになる。


「例えば……この王国の歴史、とか」

「王宮に歴史家がいないとでも? 旅の占い師からわざわざ教えてもらわなくちゃいけない価値のある情報ねぇ。あるといいな、そんなものが」


 二匹の視線がぶつかって火花が散る。ほんと、ばちばちって確かに空中に何かが散ったのが見えた気がした。


「別にわたしには教える義理はないのだけどね」

「俺も聞かずに済ませても惜しくはないけどな」

「ほんとうですか?」

「もちろん」


 猫って意地っ張りだ。これじゃ話が進まないよ。よし、ここはひとつあたしが──。


「レモ──」

「ブランシュ」


 あたしが言葉を発し終わる前にシィがブランシュに声を掛けていた。ベッドに腰掛けたまま、シィは静かに首を横に振る。とたんにブランシュの眉間に寄っていた皺が解けた。


「とにかくわたしの話を聞いてからにして欲しいな」


 小さく肩を落とし。仕方ねえな、みたいな口調になった。

 あたしもレモンに声をかける。


「レモン」

「わかったよ」


 と小さく膝を叩いて答えを返してきた。なるほど、こういうボディランゲージのために膝の上に乗ってきた、のかも。


「で? 王国の歴史ってやつがどうしたって?」

「わたしは思い出したんだよ。その伝説は、この国の外まで広がっていたからね。この王国はかつてヒトの王国だった」


 ブランシュが語り始めた。


「百年前、そのヒトの王国は滅びた。王国の名前はユグラリア、だったと思う」


 あたしの脳裏に代々の人間の王の肖像画が蘇る。あのひとたちの時代か。

 いつの間に調べたんだろう。

 この猫は城に来たときには、そこまでキャイネには詳しくなかったはずだ。

 もしかして、これが占いの力──ということだろうか。


「猫がいなかった時代だな。それくらいは常識だな」

「では、その王国が、という話は聞いているかな?」


 ブランシュが言って、あたしとレモンは同時に息を呑んだ。


 王国は呪いによって滅びた。


 待って。

 あたしの頭の中に今まで聞いた話がいっぺんに蘇ってくる。

 城の中をさ迷っているあの幽霊の少女のこと。とても古い幽霊だという話。古いっていうことは、まさか百年くらい前ってことだろうか? そして、呪い。古い幽霊と関係あるならば、古い呪いだっていうことになって。

 で、百年前の王国、つまり古い王国も呪いで滅びたっていうことは──。


「その……今、起きている呪いは、百年前と同じだっていうこと?」

「可能性はある」

「じゃ、じゃあ」

「予言しよう。もし、呪いが同じものならば、この新しい王国もまた、呪いによって滅びるだろう、と」


 痛っ! 脚に痛みが走った。あたしは声をあげそうになって慌てて喉の奥に言葉を押し込む。ちらりと見下ろした。レモンが爪を立てたのだとわかっていた。痛みは一瞬で、自分が爪を立ててしまったことに気づいたレモンは前足を引く。驚いた顔をしてた。肉球ですまないとばかりに撫でてくる。

 まあ、仕方ないよね。あたしだってびっくりしたし。ぽんと、レモンの頭に手を置いて、気にしてないことを伝える。


「わたしは占い師にすぎないからね。呪いを解くような真似はできない。だが、わたしの魔法の力を使えば、呪いの在りかを突き止めることはできると思う」

「……どうやってだ? おまえの得意な魔法はなんだ?」


 レモンが声を低くして問うた。


「わたしの一番得意な魔法は感覚の強化だよ。見せてあげよう」


 そう言って、椅子の上で立ち上がる。右の前足だけをすっと宙にもち上げて、後ろ足と左前足だけで身体を支えた。

 そうして、右の前足で空中をくるくると引っ掻き回し始めた。

 招き猫みたい、と思ってしまったのはナイショだ。


「このようにして五感、いや、第六感まで含めるあらゆる感覚を強化できるんだ。そして、周囲の状況を、ヒゲを通して知ることができる──見たまえ! わたしのヒゲの震えを!」


 あたしとレモンはごくっと息を呑んで──吐いた。


「見えないんだけど」

「見えねえよ」


 ブランシュのヒゲは震えているらしい。だけど、それは本人、というか、本猫だからたぶんわかるのであって、あたしにもレモンにもさっぱりわからないのだ。ヒゲの震えが細かすぎるんだろう。


「ちっ! なんという節穴の目!」

「節穴ちがう! あたしたちは悪くない!」

「仕方ない。おまえたちの目にも見えるようにしてやろう。元々、そのつもりだったしな。ゆくぞ、シィ」


 こくり、とシィの首が縦に小さく動いた。

 ふたたびブランシュが右前足で宙を描く。あたしとレモンは今度はシィのほうを見ていた。使い魔は触媒で、魔法使いの魔法を強化できる、わけだ。となると──。

 見ていたあたしは思わず、あ、と声をあげてしまう。

 ヒゲが。

 シィの氷のように動かない表情──その白いほっぺたに、右に三本、左に三本、長い長いヒゲがひょろんと生えたのだ。猫のヒゲを生やした氷の美少女だ。……こ、このギャップってば、かわいすぎる! やばいって!

 とうのシィはといえば、自分の顔に生えたヒゲにも動じない。ふだんどおりの無表情を貫いているわけで。その顔がまた……。ぷ。く、くくく。


「なるほど……震えているな」


 そう冷静に言ったのはレモンだった。


「くくくっ──ほへ? ……あ、ほんとだ」


 シィのヒゲは確かにぷるぷると振動していた。でっかいヒゲだけにさすがにわかる。

 と、シィが突然に右腕をまっすぐ上にあげた。指先が天井を指している。それから、すっとあげた腕を下ろしてきて、斜め下方向の壁のある面を指差した。


「こっち」


 ──へ?


「何かいる」

「なにかって、なに?」

「人間じゃないモノ」


 正直、あたしは何を言っているのかわからず、けれど、レモンのほうは一瞬で理解したようだった。


「幽霊か!」


 宣言したとおりブランシュは。

「呪いの在りか」を突き止めてみせたのだ。

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