第8話「そして、わたしはその呪いの在りかを突き止めることができる」

 月の光が窓の格子越しに降り注いでいる。

 ベッドの上にはシィが腰掛け、サイドの椅子の上にブランシュが座っていた。

 あたしとレモンはクッションをひとつずつ借りて床の上だ。毛足の長い絨毯のおかげでさほど寒くはない。暖炉に火も入っているし。最初にあたしが案内された部屋より豪華かもだ。むむ。


「おまえたちは、『呪いを解くための祈祷を始める』と言って、部屋に篭ったそうだな」


 と、レモンが切りだした。

 ブランシュにも、もちろん鏡に気をつけるように、との通達は送っていた。

 その知らせを聞くや、彼はシィとともに、先ほどの台詞を伝令に伝えて、部屋に入ってこないでくれと追い払ったらしい。そうレモンには報告されていたようだ。


「今さら、祈祷をしてました、なんて言わないよな?」 


 冷笑混じりのレモンの言葉に、ブランシュが口をへの字にした。すねた顔のアビシニアンなんて、抱きしめたいほどラブリーだけど、今は我慢だ。

 口を閉ざすブランシュに代わって、声を発したのは意外なことに無口なシィのほうだった。


「責めないでほしい」


 ぽつっと言って、また黙ってしまった。


「と、言われてもな」


 レモンが応じる。ごもっとも。部屋を見るかぎり、どこにも祈祷なんてしていた様子はないし、お祈りをしていた雰囲気もない。これではうっかり誰かが扉を開けたら、あっさりばれてしまったと思う。せめて鍵を閉めておけよ、と……。


「そろそろ後ろめたくなっていたんだろ?」


 と、レモン。

 あ。

 そういうことか。


「もしかして……ばれてもいいやって思ってたの? だから……鍵を閉めなかった」


 こくっと、小さくシィが頷いた。


「では、城にかかっている呪いを解く、ってのは嘘だって認めるんだな?」


 レモンの問いかけに、シィがふたたび頷く。


「そう」

「なぜ? 何が狙いでこんなことを?」

「あたしのため」


 と、ぽつりと言ってから、それではさすがに意味が通らないと思ったのか、シィは、


「だからブランシュを責めないで」


 と付け足した。

 いやいや。付け足しても、それじゃわかんないよ。


「俺だって無闇に責めたてたくはないんだがな」

「あたしには遠慮なく突っ込むけどね」

「それはユズハ、おまえがうっかりもので隙だらけだから。って、いちいち口を挟んでくるんじゃねーよ、話が進まねーだろ!」

「いやその、この重い雰囲気に耐えられなくて」


 空気が鉛に変わったかのように重いんだこれが。鉛なんて持ったことないけどさ。


「別に──」


 ブランシュがその日初めて声を出した。


「──すべてが嘘ってわけじゃない」


 椅子の上で姿勢を正した。ちらりとシィのほうを見てから、観念したかのように話し始める。


「わたしは旅の占い師だ。決まった家があるわけじゃなく、その日暮らしの身の上だ。ま、だからといって困りはしないのだけれどね」

「猫って家につくって言うけど」

「猫にだって、変わり者はいるってことだろ、ユズハ」


 レモンが言った。なるほど。


「わたしの性格のことはどうでもいいだろう? とにかく、わたしは軒下を宿にしても耐えられる身だ。慣れているし」

「ふん。だが、その女のほうは慣れてない、か?」


 相手の言葉を先回りしてレモンが言った。

 ……へ? どういうこと? 

 あたしの疑問はブランシュが解いてくれた。


「このあたりまで来たところで、シィは実のところわずかに熱を出していた」

「まさか……病気になったとか?」

「風邪をひいたんだ」


 ブランシュの言葉に、そう、とシィが頷く。


「ちょ、なんで言わないの」

「もうへいき」

「へいきじゃないでしょ! だめじゃない!」


 思わず声を大きくして言ったら、わずかに困った顔をした──ように見えた。いつもの無表情から、ほんの少しだけ表情を変えた、と思う。


「シィには、暖かくして眠れる場所が必要だった。もちろん充分な食事も。だが、先立つものがない。占い課業はさほど儲からなくてね」


 先立つもの……お金かぁ。そういえば猫はお金なんて持ち歩けないはず。使い魔の人間がいれば、その人に持たせればいいとして、いない猫はどうしているんだろう?


「この城だったら、旅人ふたりくらいは楽に養えるだろうと思ったのだ」


 ブランシュはそう言って首をすくめた。人間だったら肩をすくめているあたりだ。


「それで、呪いを解くと騙して城に居座ったわけだな」


 レモンがまとめた。

 そういうことか、とようやくあたしにもわかった。

 使い魔であるシィが風邪をひいた。旅の身で療養するには宿をとるしかない。でもお金がないから、ふつうの宿屋には泊まれない。どうにかして、屋根とベッドのあるところに居座ることはできないか、と考えて、お城にやってきたわけだ。

 城の呪いを解く、と騙しておけば、しばらくは居座れる。


「すべてが嘘というわけではない」


 ブランシュが心外だという顔で言った。具体的にどんな顔なのかというと、心もち顔をもちあげ、むりやり見下し目線をするという器用な表情だ。


「では、おまえの真実とはなんだ?」


 レモンが問いかけ、ブランシュが答える。


「この城は呪われている」

「そんなことは知っている」


 レモンのそっけない言葉にブランシュは動じずに言い放った。


「そして、わたしはその呪いの在りかを突き止めることができる」




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