第6話 本音は必ずしも真実じゃない。

「素晴らしい仲裁でした。さすがですなぁ」


 と、一転してあたしに対する態度を変えて褒め称えたのは執事猫のセバスティアンさんだ。城の中を引き続き見回りしつつだった。誉めてくれるのは嬉しいけれど、なんだかヘンな気分。


「にしても、よく親方猫の気持ちがわかったな、ユズハ」

「あー。……この前見たアニメにおんなじ展開があったの」


 レモンが苦笑いを浮かべた。


「そんな落ちか」

「い、いいでしょ、別に。なんとかなったんだし。こーいうのはね、本音を言いあえば、すぐに収まるものなんだよ」

「そうでもないぞ」


 レモンが言った。


「……へ?」

「本音がわかれば解決するってもんじゃない。むしろ、今起きているのは逆だ」


 そのときはレモンの言うことがわからなかった。

 でも、すぐにあたしは思い知ったんだ。

 城の一階をひととおり見て回って、中庭をとりまく回廊に出たときだ。

 吹き抜けになっている中庭は、中央に泉があって、周りに花壇が配置されている。地球のタンポポに似た花が、綿毛を増やしつつもまだ咲いていた。

 その泉の縁のあたりから、言い争う声が聞こえた。

 人影はない。けど、人より小さな影がふたつあった。猫たちだ。

 青い猫と赤い猫。月明かりの中、辛うじて毛並みだけはわかる。異世界らしく相変わらずカラフルだ。くんずほぐれつの大喧嘩をしていた。声をかけるのがためらわれるほど。


「あれは……タクヤとマユミでは?」


 あまりの大喧嘩にセバスティアンさんもややビビリながらの声だった。

 タクヤとマユミ? えらくまた現代風な名前だなぁ。って、あれってば、男の子猫と女の子猫ぉ?


「セバスティアン、ハナコを呼んでこい」

「は、はい」

「俺たちはあれを止めるぞ、ユズハ!」

「ええ!? う、うん!」


 けれど、互いに爪を立てての激しいキャットファイトは、あたしたちにはとてもじゃないけど、止められるもんじゃなくて。


「痛い痛い痛い。引っ掻いている引っ掻いている」

「おまえら、こら、やめろって」


 王様に怒られてもやめないなんて。


「まあまあまあ。あなたたちってば」


 そう言いながら現れたのはハナコさんだった。

 セバスティアンさんがハナコさんを連れて戻ってきたのだ。

 間に入ったハナコさんは、あっという間に二匹を引き剥がした。

 あたしとレモンは彼らの爪のために傷だらけになったのにハナコさんは無傷。すごい。


「いったい。どんな理由だ?」


 ぎろり、とふたりを交互に睨みながら不機嫌きわまる声でレモンが言った。王様らしく威厳を見せつつだ。子猫だけど。

 ぽつりぽつりと、赤い、女の子猫マユミのほうが話し始める。

 待ち合わせ場所に遅れてきた青い男の子猫タクヤが、恋人のマユミに嘘の言い訳をしたのがばれた。そういうことらしい。


「なんで遅れてきたのよ」

「身だしなみに時間がかかってね」


 そう答えたとき、ちょうど隠れていた月が雲から出て、月光に照らされた彼の姿が噴水の鏡のような泉に映った。


『ちょっとツキナちゃんにデートを申し込んでたからさ』


 水面のタクヤはそう言った。


「タクヤ……」

『あたしを、騙していたのね!』


 そして、喧嘩が始まった。

 あたしは──それで理解した。確かに本音が暴露されて、真の想いが伝わってしまうからこそ起こる諍いもあるのだ、と。


「でも、女の子を騙すなんて、サイテー」


 うな垂れるタクヤに、あたしは言った。


「確かに、不実なのも困りますけどね……」


 ハナコさんが、青い猫のほうをちらりと見てから視線を外す。それから、深いため息まじりにマユミのほうに言った。


「でも、相手の不実を見抜けないふりをするのも罪深いことですよ」


 その言葉に、瞬間、赤い猫が絶句する。そして、青い猫よりもさらに深くうな垂れてしまった。

 ええと……。待って。どういうこと? 

 あたしは思い返して考えてみた。ハナコさんの言葉を解釈すると、マユミのほうは彼がふたまたをかけていることに気づいてたっていうことになる。でも、彼女は彼を疑っていないふりをした。というか、そう自分でも信じ込んでいたわけだ。

 だって、さっきの話を思い出してみて!


『あたしを、騙していたのね!』


 水面に映ったマユミはそう言っていた。ということは、本音を映すはずの鏡さえ騙せるほどに自分を偽っていたってことになるわけで……。


「女って怖えな」


 レモンがあたしにしか聞こえないような小さい声で言った。

 あたしは──よくわからない。本音にさえ塗り替えられるほどの嘘。っていうか、それって嘘なんだろうか。

 ここは任せてくださいと言うので、あたしとレモンは、二匹の猫を、セバスティアンさんとハナコさんに任せて中庭から城へと戻った。


「ねぇ、この現象って、お城の中だけかな?」


 いつかのマタタビ飴のように街なかの猫にも振り掛かっていたら、と思ったのだ。


「わからん。城の中だけであってくれと願うしかない。いつもと同じなら半日も続かないはずだしな。無用な混乱が起きないのを願うしかない」

「混乱……」

「昼の光の中では色褪せてしまう言葉も、夜の暗闇の中ではいかにも真実に見えたりする。それは本来は夜行性の俺たち猫にとっても例外じゃない。そして、本音は必ずしも真実じゃない」


 レモンの言葉が低く小さく城の廊下にこだまして消えた。


 本音は必ずしも真実じゃない。

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