第5話 お城のなかの探索を続けた。

「城の鏡という鏡に呪いが掛かったみたいだな」


 レモンが言った。

 お城の衛兵が呼びにきて、あたしとセバスティアンさんはレモンと合流した。

 そうして、わかったことは──。

 いつものように呪いが降りかかり、鏡に映った猫たちが、彼らの本音を暴露し始めたらしい、ということだった。

 今、お城の中のあちこちで、それが原因の喧嘩が起きている。ギニャーだの、フギャーだの、猫たちの怒った声がひっきりなしに聞こえてくる。

 レモンは呪いを把握すると、即座に猫たちに鏡に映ることを避けるように命じた。

 そして、あたしとレモンとセバスティアンさんは、城の中を見回りながら、猫たちの混乱を収めようと奮闘しているってわけ。


「ばっかやろーーーーー!」


 っと、ほら、またどこからか聞こえてきた。

 どこからだ?


「厨房だ!」


 あたしたちが駆け込んだとき、厨房では、猫のシェフ同士が睨み合っていた。料理師猫だとわかるのは、縦長な白い帽子を頭に乗せているから。片方の帽子がやたらと大きい、と思ったら、そっちのほうがどうやら親方猫らしかった。


「どーすんだよ、明日の朝の煮干が足りねえだろ! 仕込みはさっさと済ませておけって言っただろうがよ!」

「お、おれじゃねえっすよ」


 言い訳する弟子猫。

 だが、親方猫は怒りに燃える目で磨き上げた鍋の底を右前足で叩いた。

 厨房に干してある鍋だ。光る鍋に映りこんだ弟子猫が本音を言う。


『ったく、毎日毎日、魔法で魚を干からびさせるだけの簡単な仕事なんて料理じゃねーよ。やってられっか! もっと、あばんぎゃるどな料理を作らせろってーの!』

「言うじゃねーか、グランド」

「い、いや、俺はその……」


 親方猫の剣幕に、人間の料理人たちがおろおろしている。


「この、ばかやろう! おまえの魔法料理の腕前なんざ、まだまだ、そんな大層なもんを作れるほどの──」

「はい! そこまで!」


 だめ、ぜったい!


「そんなかわいいコックさん猫はケンカなんかしちゃだめ。もったいないでしょ!」

「なんだ、てめぇは?」


 ぎろりと、親方猫が睨んできたけれど、あたしはひるまなかった。セバスティアンさんを追い詰めたときの勢いが自分の中にまだ残っている。


「王の使い魔だろうと、ココじゃおれが主だ。引っ込んでいてもらおうか。人間のお嬢ちゃん」


 そういう親方猫の言葉には応じずに、あたしは腕を組む。止めた手前、ここはあたしが納めないといけないだろう。


「ええと……あなた。グランド、さん?」


 弟子猫の名前を思い出しながらあたしは声をかけた。グランドは黙ったままだったけれど、あたしはピカピカの鍋の底の角度を調整して彼を映しだしてみる。


『なんだよ! うっるせぇな。本音を言ってわりぃかよ! 人間のメスが!』


 むか。せっかく仲裁に入ったってのに、何よ、その言い草。それならこうだ。

 あたしは鍋の底に爪を立てて、思い切り引っかいた。

 キィィィィィィィィッ!

 ~~~~っ。自分でも背筋がざわざわする! 気持ちわるいったら!

 でも、あたし以上に弟子猫にはダメージがあったようだ。


『やめろぉぉぉぉぉっ!』

「ぎにゃにゃああああ!」


 弟子猫が耳をぺったりと伏せて転がった。やっぱりこのコも苦手か。前に呪いでガラスを引っかいた音が響いたとき、城の猫たちが軒並み嫌がっていたのを覚えてたんだ。


「ふっ。ふふふふふ。も、もっと、この音を聞きたい? ねぇ聞きたい?」


 鍋の底に爪を当てて今にも引っかくぞという格好で言ってみた。

 弟子猫がものすごい勢いで首を横に振った。目尻に涙が浮かんでいる。

 ふっ、勝った。


「ユズハぁ。その音はカンベンしてくれって……」


 レモンの声にはっとなった。

 見ると、厨房にいた料理師猫たちが一匹残らずのたうっていた。あやや、しまった。


「と、とにかく。話を聞いて」


 わざとらしく咳払いなんてしてから続ける。


「あなたは親方の命令をさぼっていた。問い詰められて言い訳したけれど、鏡に本音をばらされてしまって、なお怒られていた」


 そうだ、と答えたのは親方猫のほうだった。弟子猫グランドのほうは何も答えない。


「今さら何を言ってるんだ、ユズハ。そんなの、見りゃわかるだろ」


 レモンが言った。


「でも! 問題はそこじゃない」

「……と、いうと? いったい何が問題なのです、ユズハ様」

「親方が怒っている原因が弟子がサボっているためだけじゃないから。確かに仕事をサボっていたことは悪いよ。でも、親方さん」

「……何だ」

「正直に答えて。このグランドさんの、ええと、魔法料理? の腕前って、そんなにダメなの?」

「へっ。まだ、ミルク呑みの赤ん坊ていどだな。恥ずかしくて食えたもんじゃねぇ」


 言い捨てた。弟子猫のほうが火を噴くような目で睨んでる。

 あたしは黙ってぴかぴかの鍋の底を親方のほうへと向けた。


『見込みがある。俺の、ミルクをチーズにする魔法より上かもしれねぇ。だがよ、魔法も料理も、基本ってぇのが大事なんだ。そいつを嫌がってどうする。情けねぇ』


 鍋底に映った親方猫さんが、やや照れたような口調でそう言った。


「お、親方……? 見込みがあるって……そんなこと今まで……ひとことだって」

「ちが! お、おれはそんなこと!」

「わかった? 親方さんは怒ってただけじゃない。悲しかったんだよ」


 親方猫さんは怒っていた。

 でも、それ以上に悲しかったんだ。

 怒鳴っていただけじゃ、たぶん親方猫さんの気持ちは伝わらなかったと思うけどね。


「そういうことだったか」

「そういうことだったんだよ」


 親方! グランドぉ! ひしと抱き合う猫たちを後にして、あたしたちは厨房を出る。レモンがやるじゃねえかという目であたしを見ていた。ちょっと気持ちいい。

 お城のなかの探索を続けた。

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