第3話 こう見えても優しいヤツなんだって。
あたしとレモンはふたりきりでお城の屋根の上にいた。
ブランシュとシィがやってきて三日後の昼。
「うわぁ……。気持ちいい!」
あたしは青空に向かって両手を伸ばした。
「ホントにユズハは変わってる。ふつうはもっと怖がらないか?」
城の中央から突き出ている細い塔を昇ると、一番上は、屋根があるだけの吹きさらしの物見台になっていた。
その物見台には囲いのようなものはなくて、立っている場所も縦横で二メートルもない。東屋みたいな感じ。うっかり体勢を崩したら、屋根の上を転がり落ちてしまいそう。確かに怖いところなんだろうけど。
「高いところは怖いけど好きなんだ。あ、山が見えるね」
南に山が連なっているのが見えた。春だというのに、山の頂きは白い雪を被っている。よほど高いのだろう。
「
「へえ」
「まあ、南だけじゃないんだけどな」
そう言いながら、レモンは反対側に身体を向ける。つまり北に。あたしも習って北を見た。
海が見えた。
キャイネ国は南と北を山と海に挟まれているわけだ。
で、東西はどうなっているのかというと、森になっているわけ。川が一本、お城の東の壁に沿うようにして流れていた。このお城や城下の町で使う水はあの川から引き込んでいるのだという。もちろんお堀の水もだ。
「ここから見えているところ全部がキャイネ国なの?」
「まさか」
色々と聞いてみると、どうやら城下の周りに張り巡らされた石壁から、徒歩で三日ほどまでが領地と呼べる範囲らしい。ちょうど、おまえの住んでいる県くらいだと言われたけれど、日本の県ひとつ程度ってこと。だとすると思っていたより狭いのかも。
「いい、風景だねー」
「そうか」
「うん。緑はきれいだし。空気も美味しいし!」
あたしの言葉に、レモンは心なしか嬉しそうな顔になる。
「キャッティーネって平行世界の地球なんでしょ? ここってどこかの大陸の中なの? それとも島?」
「どうかな。端まで歩いたことねーし」
「……猫だもんね」
「ユズハの住んでいる町から猫の道を通ってくると、毎回、この城のあたりに出る。使い魔を探していたときは、あの町を離れてかなり遠くまで足を伸ばしたんだが……。そこからだと、ぜんぜん知らない場所に出たな。一面砂漠っていう。仕方ねーから、元の街まで戻ってから、キャイネに帰ってきた」
「知らない場所って、どこ?」
「知らねー。だから、『知らない場所』なんだろ。キャッティーネのどこかなのは間違いないと思うが。わかれよ、頭悪いな」
「そんなんでわかるか! ……じゃあ、地球でさ、かなり遠くまでって、どこまで足を伸ばしたわけ?」
「京都だ」
「ちょ! ど、どーやって京都まで!」
あたしが住んでいるのは東京の北側にある県だよ?
「長距離を走るトラックに相乗りさせてもらった」
「タダ乗りしたのか」
「無許可で相乗りしただけだ」
それをタダ乗りってゆーのでは?
「……ま、いいけど」
猫だし。
「そういうわけで、あの占い師が、キャイネの外から来たのだとして、かつ日本語を話しても、おかしくはない」
いきなり話題が変わったように思えて驚いた。戸惑いつつ訊ねてみる。
「えっと……どういうこと?」
「前に言っただろ。このあたりの猫はみんな日本語を話すってさ」
「ああ」
「でも、あの占い師は国の外から来たって言っていた」
「ああ!」
そういえばそうだよ。このあたりじゃないじゃん。なんで日本語を話せるんだろう。
「俺の言い方が悪かったよな。キャイネ国ってのはたぶんユズハが最初に思ったよりも小さいんだ。このあたりってのは、キャイネを含むいくつかの国ってことだな」
「日本のほうが、キャイネ国よりも大きいってことだね」
「そういうことだ。キャッティーネ全体だと、もっと広い。けれど、同じ場所から猫の道を通れば、たいてい同じ場所に戻る。だから、あの猫の連れている使い魔が日本人だというユズハの推測も間違っていないだろう。ただ……髪の色だけは謎だけどな」
使い魔の頭に生えるネコ耳は、魔法使い猫とそっくりになる。だけど、髪の色は元のままのはず、らしい。あの、シィって娘には何か謎があるぞとレモンは言う。
「ま、その謎は今はどうでもいいんだけどな。今はそれより……」
「呪いだよね」
いまだに『呪いを解く方法』は見つかっていなかった。
もちろん連日のように、成果はないかと占い師猫に尋ねてはいる。そのたびに、今日は日が悪いだの、魔法の調子が出ないだの、のらりくらりとかわされていた。
あやしかった。けれども、レモンは追い出したりはしないで、城にふたり──というか、少女と猫のひとりと一匹を住まわせている。
「ほんとは、呪いを解くなんて、できないんじゃないの?」
「かもな」
あっさりとレモン。
「じゃあなんで……」
追い出さないの、と言いかけて口ごもる。
このお城には、あたしと同じ年頃の子なんて全然いないんだもの。年取った大臣猫たちはなんだかあたしに対しておっかないし。あー、三日会ってないだけで、友人たちが懐かしい。どうしてるかな、ヒナちゃん、ナルミちゃん。そして我が最愛の妹ユカリよ! 話し相手がほしー。
だから歳の近そうなあの白髪の少女と、仲良くとまではいかなくても、話をするくらいはできないだろうか、そう思ってた。
「役に立つかもしれないからだ」
レモンが言った。あたしの問いへの答えだろう。
「役に?」
「言ったろ。猫には魔法の力がある。そして、あいつは占い師として通っている」
「そこは正しいんだ?」
「調べたからな。占い師ブランシュがこの国に入ってからの行動は調査した。それによれば、あいつはちゃんと占いのようなことをしていたそうだ」
へえ。いつのまに、とあたしは感心してしまう。
「失せ物を探し出したり、とかな。たぶん、それがあいつの魔法の力なんだろう」
レモンがひょいと屋根のほうに飛び移る。あ、あぶないっての。
「心配するな。俺の魔法があれば、このていどの屋根から落ちたって死なない」
「だ、誰が心配なんか! ……でも、じゃあ、なんで占ってくれないの?」
「占いの『ような』って言ったぞ」
「おなじじゃん」
「全然違う。占いってのは未来を知ることだろ」
「うん」
「でも、未来なんて知らなくても失せ物は探せる。例えば、相手の過去を見る、なんて魔法が使えればいいわけだ。実際には異なる魔法の力を応用しているだけ──と俺は見たね」
レモンが毛づくろいを始めた。そうしていると、王様というよりも、ほんとにただの猫に見える。服を着ているわけでもないし。長靴を履いているわけでもないし。ま、毛の色がレモンイエローなだけでも、充分ただの猫じゃないんだけどさ。
「実際には占えないんじゃ、役に立たないんじゃない?」
「そうでもない。占い師の『ような』力なら、少なくとも俺たち体力バカの魔法よりも役に立つ可能性はある」
体力バカって……。レモンってば、あたしの言葉をさりげなく根にもってないか?
でもわかった。
あの占い師にホームズを期待しているわけか。
毛並みのお手入れを済ませたレモンがふたたび物見台のほうへと飛び移ってくる。
風が出てきた。髪が風にさらわれて頬に張りつく。春の風は、まだ冷たく、あたしのむき出しの腕に鳥肌を立てた。そろそろ城の中に戻ったほうがよさそうだ。
「今日は服を変えたんだな」
「だ、だって……」
まさかこんな長い滞在になるとは思わなくて。さすがに、同じセーラー服を着続けるには限度が。洗濯中です。まあ、その前から肌着は借りてたんだけど。下に付けるものを替えないわけにはいかないでしょう。十四の女の子として! キャッティーネが、猫たちと使い魔の人たちのおかげで、ほどほど現代化されていて助かったとゆー。
そういうわけで、今日のあたしはキャイネ国風のワンピースなのだった。半袖の。細い紐で腰を縛っていて、赤い飾り玉が留め金のところについている。この服、なかなかかわいいと思って……。
「似合ってるぞ」
え?
「さて、メシにするか」
「ちょ、ちょっと待ってよ、レモン!」
あんた、猫のくせに、かわいいとかわかるのかい! ツッコミかけてやめておいた。
さっさと階段を下りてゆくレモンを慌てて追いかける。
後を追いながら、レモンが、ブランシュとシィを追い出さなかった理由を考えてみる。
役に立ちそうだから、というのがひとつ。でも──。
あたしが追い出して欲しくなかったから、ってのも、もしかしてあるのかも。
もちろん、勘違いかもしれないのだけれど、なんとなくあたしはそんなことを想像してしまったのだった。
だってほら、レモンってば、
こう見えても優しいヤツなんだって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます