第2話 呪いの対象が、猫なのは何故なのだろう?

 尖った大きな耳が特徴のアビシニアンだった。

 地球では古い古い血統だというアビシニアン種の顔は、あたしには貴族的な面立ちに見えてしまう。カッコイイってゆーか。大きなアーモンドに例えられる瞳は、左右で色の違う、いわゆるオッドアイだ。赤と、薄いピンクだから、差があまり目立たないけれど。声と言葉遣いを聞くかぎりは男のようだった。歳はたぶん若い。

 レモンのほうから話を切り出した。


「おまえたちが、〈占い師〉ブランシュと、その使い魔の〈白き衣〉のシィか?」

「はい」


 深々とブランシュが頭を垂れた。二つ名の通りに真っ白な服の少女のほうは、隣の猫にぺしっと腕を叩かれて、ようやくこくりとかすかに頭を下げる。


「では、会いに来た、その理由を聞こう」

「わたしは旅の占い師をしております、陛下」

「それは聞いている」


 応じるレモンがなかなか王様っぽい。キャッティーネ年齢十三歳だというのに、声も落ち着いているし、なにより偉そうだ。偉そうなのは、元々か。


「わたしが王国に立ち寄ったのは二週間ほど前になりますが……それ以来、ひとつの噂を聞いております」

「どんな噂かな?」

「この王国が……呪われていると。それは、ひと月ほど前からで、今に至るも解決していない」

「なるほど。街でどのような会話が交わされているかわかるな。ありがたい」


 ……なんか……すごい。すごい大人っぽい会話だ。

 どう見ても、そのアビシニアンな占い師猫ブランシュはあやしげなやつだった。だからだろう。レモンは自分からは余計な情報を与えないように言葉に気を使っている。それどころか、相手のわずかな言葉から「むしろおまえのおかげで新たな情報を得たぞ」とはったりを掛けているわけだ。

 そこまではなんとなく察せられた。腹の探りあいってやつ? 


「この呪い。放っておけば、王国に災いをもたらすでしょう」

「災い……だと?」


 レモンの声が少し低くなった。


「はい。災いです」

「……それが、おまえの占いか? どのような災いがくると?」


 レモンの問いかけに答えるブランシュの声は、レモンとは反対に、やや高くなった。


「大いなる災いです! このままでは、この国は闇に包まれるでしょう。大地は割れ、天は落ち、炎が野火のように王国に広がり……猫は滅びます」

「あ、『猫は』なんだ?」


 思わずそう口に出してしまって、あたしは慌てて口をふさいだ。

 いけない、いけない。失敗だ。あたしは単なる使い魔で付き添いなのに。

 じろっとブランシュがあたしを見つめてきていた。ナンダコイツ、そんな目つき。半目になった猫なんて初めて見たけど、怖いよーなかわいいような。


「ち、違うよ! 滅びるのが猫だけならいいや、とか、そういう意味じゃないってば! ほらあの、その、えっと──」

「落ち着けよ、ユズハ」


 呆れ顔になったレモンだけど、なんだかニヤニヤしながらこっちを見てくる。


「レ、レモン……」

「おまえ、今、意表を突いたらしいぞ」


 へ? なんですと? 見ると、ブランシュが不機嫌きわまりないって顔になってる。

 あやや。なんだその表情は。

 反対に、レモンは笑みを浮かべながら、あたしに話の続きを促してくる。


「いいから、思いついたことを言ってみろ。俺も聞きたいからな」


 レモンに促されて、あたしは慌てて自分の思考の辿った道を思い返す。


「ええと……。そういう予言ってさ。その。ふつう、『生き物はみな滅びる』とか、『民は滅びる』とか、そんなニュアンスにならない?」

「この国は猫の国だろう? 民と言えば猫のこと。わたしの予言は別におかしくはない!」


 ブランシュが不機嫌そうに言った。

 王の使い魔に対して無礼な、とか、よそ者め、とか、後ろの衛兵がこそっとつぶやいたけど、あたしもレモンもそこに対しては何も言わなかった。まあ、あたしは別に偉いわけじゃないし。


「うん。まあ。そうなんだけど」


 街の人と猫がとても仲良しだった光景を見ているあたしには、ちょっと納得できない主張だけれど、それは認めてもいい。

 そう、ブランシュの言い訳はおかしくないのかもしれない。人間が占ったら、『人はみな』って言い回しになるんだろうし。

 だけど──。


「言ってみろよ、ユズハ」

「こ、この呪いって、やっぱり、猫向けなのかなって、ちょっと……思った」

「猫向けだぁ?」


 レモンまでが意表を突かれた顔になった。


「呪いの対象が猫限定に見えるってこと。だって今までにあたしが見た事件って」


 あたしは自分が来てから起こった呪いの数々を思い返してみた。


「そりゃ……廊下がつるつるになったら人間だって困るけど、猫たちのほうがもっと困ってたでしょ? マタタビで酔っ払うのは猫だけだし。毛糸玉の事件だって……。そう、あたし、そこが気になってたんだ」


 言いながらあたしはようやく周りの視線に気づいた。

 あたしに注目していたのは、レモンやブランシュだけではなかった。左右の衛兵たち。扉を開けてくれた猫と人間のペアの兵士。そしてあれほど周囲に無関心に見えた白髪の少女までが何故かじっと見つめてきている。

 な、なんで? 心の中で汗がダラダラ流れてしまう。やばい。心臓がばくばくしてきた。

 深呼吸しよう。深呼吸。すーはー。もっと落ち着かないと。


「はあん。なるほど。確かにそうだな」


 レモンが言われて今気づいたって顔になる。それも演技なのかもしれないけど。


「ブ、ブランシュ──さんが、『猫は』って言っちゃったのは、もちろん民といえば猫のことっていう気持ちもあったんだろうけど……。二週間前にこの国に来たばかりだから、あたしと同じように感じたんじゃないかなって。呪いが猫だけにかかっているように見えたんじゃないかなっ、て思った」

「それで、『猫は』と言ったということか。なるほどな」 


 レモンが言った。


「それがどうした。同じことだ。この国は猫の治める国なのだろう?」


 ブランシュは不機嫌そうにそう返した。


「うーん。まあ……」


 この国を訪れて二週間しか経っていないブランシュにとっては何も不思議なことはない。言っていることは正しい。そうなるだろう。

 けど、あたしはブランシュよりも、もうすこしこの国について詳しい。レモンが教えてくれたからね。

 だからあたしの推理には、もうひとつ、漏れなくおまけが付いてくるのだ。

 呪いに関係しているらしきあの子の歌っていた歌。あの童歌をあたしは思い出していた。

 そして、にあたしは気づいてしまって、思わず声をあげてしまったわけ。

 レモンが気づいたかどうかはわからなかったけれど、ごにょごにょと口ごもるあたしを少し下がらせてから、やや強引に切り出した。


「《占い師》ブランシュとその使い白き衣のシィ。おまえたちの予言──聞き流して良いものとは思えない。そこで、だ」


 レモンが一度言葉を切った。椅子の上で座りなおし──肘掛けにかけていた前足を降ろしたってことだけど──ブランシュとシィを見つめ下ろす。

 ブランシュが少女の腕の中でかすかに身じろいだのがわかった。


「その呪いを解く方法を突き止めてくれないか?」

「は──?」

「わからないかな? この城で呪いを解く方法を見つけてくれって言ってるんだ。占い師なんだし。できるだろ?」

「あ。は、は……い。いえ、はい。もちろん」


 困り顔のアビシニアンってなんかかわいい。ちょっといじめたくなるかわいさだ。


「それは助かる。では、衛兵!」


 レモンが部屋を用意させるよう命じた。衛兵が、ブランシュと白髪の少女を促して部屋を出てゆく。

 少女のほうは、結局、最初から最後までひとこともしゃべらなかった。


 部屋に残ったのは、レモンとあたし。ふたりきりになったところでレモンが口を開く。


「なるほど。おかしいな」


 レモンはやっぱり「おまけ」に気づいてたんだ。

 そう、占い師猫のブランシュが知らなくて、あたしやレモンは知っていること。

 あの数え歌を歌っていた幽霊の少女のこと。

 呪いと関係あるんじゃないかっていうあの女の子だ。彼女の歌っていた歌を、『童歌だな。かなり……古いやつだ』とレモンは言った。

 古い、古い歌だと。

 だから、あたしはネコ耳で聞くまでは歌が理解できなかったわけで。

 そうなのだ。現代では、この国の猫たちも人も日本語を話している。王国の外から来たっていうあのブランシュでさえ。

 でも、あの数え歌はあたしにはわからなかった。

 たぶん──この世界に元から住んでいた人間たちのもの。つまり、猫の治める国じゃなかった時代の人間の言葉なんだ。

 三代前からキャイネ国は異世界を行き来できるという猫の魔法使いが治めている。

 地球の、日本で生まれた猫が。

 この世界に日本語が持ち込まれたのも、おそらくは同じ頃。

 ということは、だ。

 古い言葉で歌う古い幽霊が呪いに関係あるのだとして、でも幽霊の生きていた時代はまだ猫たちの治める国ではなかったはずで……。


 では──、

 呪いの対象が、猫なのは何故なのだろう?

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