第3章 占い師
第1話 謁見を求めてきたという占い師は──猫のほうだった。
占い師が来たのは、キャッティーネに来て三日目の朝だった。
その朝、あたしとレモンは向かい合わせに座って食事をしていた。
向かい合わせ、とはいっても、レモンのほうは椅子に座らずにテーブルの上に乗っているわけだけど。椅子の高さだと顔がテーブルまで届かないからね。
で、ニシンにそっくりな魚をかじっていた。焼き魚の匂いがこっちまで漂ってくる。
むにゃむにゃと口を動かすレモンを見ながら、あたしは言う。
「思うにさー。この事件に必要なのはホームズだよね。コナン君でもいいけど。スーパーマンじゃなくて」
「わかってる」
応えるレモンの顔から不機嫌さが抜けていない。イライラしているのが見てとれた。
体育会系のあたしたちでは、呪いを解くどころか、幽霊と出会うことさえ容易ではないわけで、いつもお城が大騒ぎになってから対処している。
正直、煮詰まっているのだ。
「あたしたちって」
パンをスープに浸しながらあたしはつぶやく。
「繊細さ、とかに縁が遠いよね……意外と」
「さりげなく俺まで混ぜるな。てか、おまえは『意外と』じゃないだろ、ユズハ。見たまんまじゃねーか。このガサツ女め!」
「む。ひほい。どーひてそんふぁことふーふぁな」
「そうやって、パンを口に入れたまましゃべるところがだよ!」
むぐ。ごっくん。
「そうかしら」
「今さらおせえ! なんだその澄まし顔は。気持ちわりぃ」
「ひど!」
「そのふくれっ面はもっとひでぇぞ」
「むー。この顔は生まれつきですよーだ!」
などというなごやかな会話をしていたら、セバスティアンさんがやってきて、
「旦那様、拝謁を願い出ている者がおります」
キャイネ国では、願い出れば誰もが王に面会できるチャンスがあるらしい。
猫であろうと、人であろうと、問わずだ。
事前の審査を通り許可を得た者は『虹の間』という名の部屋に通される。
その部屋は二階ほどの高さまで吹き抜けになっていて、奥が階段上に高くなっていた。
一番奥に王の座る椅子──玉座があって、その背後にはきれいな花の模様を描いたステンドグラスがはめ込まれている。
日差しが色とりどりのガラスを通して部屋の中に多色の光を撒き散らしていた。きらきらとあたりが七色に輝いて見える。あ、だから『虹の間』か。
玉座の左右には丈の長い蝋燭立て。謁見の直前に猫の魔法使いが明かりを灯した。その魔法の明かりは熱を伴わなくて、風にも揺れない。ほんの一時間ほどしか持たないらしいけれど、そこまで謁見が長引くことはないのだろう。
「なんか……不思議な感じの光だね」
この部屋にはシャンデリアみたいなものはないから、ステンドグラスを通して入ってくる日差しだけでは薄暗い。明かりは必要なんだろう。けれども、蝋燭に火を点けたときと比べると、魔法の明かりというのはちょっと神秘的に感じる。
「俺は、こういうこけおどしは好かないんだがな」
レモンが不機嫌そうに言った。
「こけおど、し?」
「王様とか坊さんとかを偉く見せるための仕掛けだよ。見上げる位置に立たせ、背後に明かりを用意する。見えないところに楽器を用意して厳かな音楽を奏でたり、とかな。地球でも教会とか寺院とかは、そうなってるだろ? 日本でも、世界でも」
「へー。そうなんだ」
「……ま、ユズハには関係ないか。おまえ、やっぱり人間にしておくには惜しいな」
「そーかなー」
「その天然さは買える」
「む。もしかして、バカだとか言ってないかな?」
「そこに気づくくらいにはバカじゃないけどな」
ひどいや。
「あのステンドグラスも、最初は天使の絵が描いてあったんだ。さすがに親父が我慢できなくて換えた」
「天使? 猫の?」
「バカか、おまえは」
う、結局、言われた。そんなにお馬鹿なことを、あたし言いましたか?
「猫が宗教なんて持ってるわけねーだろ」
「あー。確かに、もってなさそう」
「信じるものは、己の爪と牙、そして授かった魔法の力のみ! それが猫の道ってもんだ」
「……猫だもんねぇ」
あたしはしみじみとレモンを見つめてしまった。十三歳で王に選ばれても怯まない男の子の顔がそこにはあった。
「与える印象の厳かさと相手の偉さは同一じゃない。偉そうに見えることと偉いことは違う。猫だったら、そんなものには引っかからないんだが──これも伝統ってヤツだな」
む、むつかしいことを言うなぁ。
でも、伝統……か。そうか。このお城は元々は猫のものじゃないんだっけ。あたしはずらりと並んでいた歴代王様の肖像画を思い出した。
ほんの三代前。レモンのお祖父さんの代から、この城は猫のものになったのだ。
そのあたり、まだまだわからないことが多い。謎がいっぱいありそう。
「あたし、ここに居ていいの?」
「使い魔が魔法使いの横に居なくてどうする」
そういうわけで、あたしは玉座に座るレモンの脇に立って待った。
あたしたちの背後には、左右に衛兵が立った。ふたりとも人間で、使い魔でもない。ふつうの兵士のようだ。護衛はそれだけのようだけれど、あたしが気づかないだけで、どこかで見張っている猫がいるのかもしれない。レモンの言っていたニャンジャとか。
ほどなくして、拝謁者が現れた。
衛兵が扉を開けると(城で扉を開けるのは人間の役目だ)、猫を抱いた少女がゆっくりとした足取りで部屋に入ってきた。
真っ白な服を着た女の子だった。フードのついたポンチョで、胸元に白い房飾りがついている。
無表情のまま彼女は玉座の前に敷かれた赤い絨毯を踏んでくる。五歩ほどの距離を残して止まった。
フードを後ろへとめくる。
髪が、服と同じように真っ白だった。
歳はあたしと同じくらい。顔立ちと肌の色からすると、日本人なんだけれど、真っ白な髪が国籍をわからなくしている。
白い髪から白いネコ耳が生えていた。ということは、この子もあたしと同じ使い魔っていうことだろうか?
きれいな女の子だなぁ……。
第一印象は平凡にもそんな言葉しか思い浮かばなかった。
拝謁を願って来たというわりには、彼女は周りの一切のことをどうでもよく思っているように見えた。視線をさ迷わせることも、レモンやあたしを見ることさえない。
段の上から見下ろしているのに、あたしは気おされてしまった。
レモンの言ったとおりだ。凝った仕掛けなんて使わなくても、そこにいるだけで相手に強い影響を及ぼす人というものはいるものだ。
「おまえが占い師か?」
レモンが椅子の上から声をかける。
「そうなりますね」
と、応えてきた相手に、あたしは驚いて、それから納得する。そりゃそうだ。当然だ。
応えたのは少女のほうじゃない。
白い髪の少女が抱えている、真っ白な毛並みのアビシニアンのほう。
謁見を求めてきたという占い師は──猫のほうだった。
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