第6話 酷い事態にならないとも限らない──って?
「じゃあ、いちばん魔力が小さいのって、どんなひとなの?」
ふと漏らした言葉に、レモンがにやりと笑みを浮かべる。どうでもいいけど、レモンってば悪役っぽい笑い方が似合うなぁ。王様のくせに。
「あれくらいの──」
と言いながら魔法瓶売りのおじさんを顎で示した。
「──年齢の男だな。いちばん弱いのは」
「おじさん……ってこと?」
「だから、言葉遊びが好きなのさ。世界に影響を与えないからな」
おじさんがオヤジギャグが好きな理由、発見!
「魔力が大きいヤツの言葉には力がある。うかつにその力を使えば世界が壊れる。だから、本能的に言葉遊びを嫌う。世界を壊さないように」
そして、女子中学生がオヤジギャグを嫌いな理由も明かされました!
「へーへーへー」
「……信じてねぇな?」
「あー、いや、昨日までだったら無条件で笑ったんだけどね」
今日はもうさすがに笑ってばかりじゃいられない。とはいえ、だ。駄洒落で世界が滅ぶ、とか真面目な顔して言われましても、すぐには実感なんてできませんってば。
歩いているうちに、市場の内側の円へと入り込み、あたしとレモンは噴水の前までやってきた。
レモンが休もう、と言ったので、あたしは噴水を囲む石の段に腰を落とす。途中で買ってもらっちゃった焼き菓子をスカートの上に広げたハンカチに乗せて、それを摘みながらレモンを見る。
あたしが座ると、大皿ガメに乗っているレモンとちょうど視線が合った。
「疲れたか?」
おや珍しい優しい言葉。
「やかましい! たまの気遣いくらい黙って受けやがれ!」
「大丈夫。よく眠れたし」
あたしはそこで口をつぐむ。なんとなくわかっていたのだ。市場に来たのは物見遊山のためじゃない。何かレモンがあたしに言いたいことがあるからだと。それもお城の中では言えないことだ。
「実はだな──」
じっとあたしを見つめて、少し身体を近づけてレモンが言った。
「あ、待った」
しゃべり出そうとしたレモンが寸止めくらって大皿ガメから転がり落ちた。
「ユズハーーーーー!」
「ご、ごめんごめん。でも、ほら、ちょっと気になったことが……」
「なんだよ」
ぶすっとした声。カメの上に乗りなおす。でも、気になるんだもん。
「一応、仮にも王様でしょ、レモン」
「『一応』と『仮にも』は余計だ」
「無防備にもほどがあるんじゃないの?」
護衛のひとりも連れずにこんな風に街中を歩いて大丈夫なんだろうか? そうあたしは思っていたのだ。
「心配すんな。ちゃんと護衛は連れてきている。ユズハが気づかないだけだ」
「ほぇ? ……あ、そーなんだ」
「実はだな。何を隠そう、忍者の魔法というのを使える魔法使い猫がいてだな──」
また眉に唾をつけたくなってきた。なんだそれは。
「そいつらは、ニャンジャ、と呼ばれていて」
「嘘だ。それは絶対嘘だ!」
「ま、嘘なんだけどな」
って、ホントに嘘かい!
でも護衛が付いてきているのはホント、とレモンが言った。とりあえずそれは信じてあげることにした。話が進まないし。よし、聞こうじゃないか。さあ来い。
レモンはこほん、とひとつ人間臭く咳払いなんてしてから話を始めた。
「……昨夜、見た幽霊だけどな」
「女の子の?」
あたしの問いにレモンが頷く。話を続けた。
「ひと月ほど前から出るんだ。同じ頃から、この国にさまざまな呪いが降りかかるようになった……城を中心にしてな」
「のろい……?」
「呪いだ。悪しき、魔法。真っ赤な雨が降ったり」
唾を呑んだ。それって、まさか。
「ケチャップだったんだが」
「おい」
「洗い流すまでが大変だった。数日経つと臭いもひどくなるばかりでさ」
「さいですか」
「城中の廊下が一夜にして俺たちが爪を立てられないほどツルツルになったこともあった。歩く猫が、みなすっ転ばされるほどの磨き具合だった。怖ろしいことに」
あたしの頭の中に、廊下で必死に爪を立てたあげくに、すべってコロコロ転がってゆく猫たちの姿が浮かんだ。
「ぷ。……くく。あはははは!」
か、かわいい! わかった! こ、これはつまり、ネコが寝転んだっていう駄洒落なんだ。なんて恐ろしい呪いなんだ!
「笑いごとじゃねーよ! 病気が蔓延したこともあるんだぞ!」
「はは……は? びょ、びょうき? ……まさかと思うけど。みんなネコんだ、とか言わないよね」
神妙な顔をして頷いたよ、この子!
「く、くくくくく。あはははは!」
「笑いごとじゃねー。いいか、ユズハ。確かにまだ冗談で済んじゃいる。だが、それは『まだ』ってだけだ」
あたしの腹筋が崩壊から立ち直った。
つまり──。
酷い事態にならないとも限らない──って?
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