第4話 異世界の市場って、どんなだろう?
寝て、起きても異世界のままだった。
「夢じゃなかったか……」
天井を見上げて、あたしは寝床の中で独りごちる。
ここは自分の部屋じゃない。寝入る前に目にしたとおりのキャッティーネの世界のキャイネ国のヨーロッパ風のお城の中。ふしぎなところ。ベッドの中から這い出そうとして、降ろした床の冷たさに慌てて脚を引っ込めた。
「ひぃいい。冷た!」
ふかふかの布団の中に逆戻り。魔法で床暖房とかできないのかな。客間ならせめて絨毯がほしかった。季節は春のようだけど、朝はまだ寒い。猫たちだって、こんなに寒くちゃ困るだろうに。
ノックの音。
「そろそろお食事のお時間ですよ。お起きになってくださいまし」
声とともに入ってきたのはネコ耳おばあちゃんメイドのハナコさんだ。
「あ、子猫」
ハナコさんの後ろから小さな猫が三匹入ってきた。
「ごはんー」
「ごはんー」
「んー」
「はいはい。もうちょっとお待ちください。ほら、ユズハ様にご挨拶をして」
三匹の子猫たちは、次々とあたしのベッドの上に飛び乗ってきた。遠慮はしない。
「ユズさーま、おはよー」
「おはよー」
「よー」
おおお! こ、これはまた間近で見るとかわいいいい。
「お、おはよう」
「この子たちは、城勤めの魔法使い様の子どもなんですよ」
お城で働いている魔法使い猫の子どもってことらしい。
か、かわいい。三匹とも日本猫だ。茶、白、三毛だった。まるで毛玉のようにもこもこしている。
「ユズハ様、子猫はお好きですか?」」
きらりん、とハナコさんの目が光った、気がした。コクコクと頷くと、ハナコさんはエプロンのポケットからブラシを取り出して「やりますか?」と微笑む。
「やる!」
あたしはハナコさんの目論見通り布団から這い出し──ええい、寒いなんて言ってられない──ハナコさんから譲り受けた猫用のブラシを構えた。
「ほらほら、おいで~」
三匹を順にブラッシング。子猫たちは目を閉じてあたしの手の中で丸まっていた。
くうううううう。か、かわいい!
その間、ハナコさんは暖炉に火を入れて部屋を温めてくれていた。どうやらハナコさんは、お城の中でのあたしの世話係らしい。ああ、暖かくなってきた。これでちゃんと起きられそう。
「お布団、ありがとうございます」
ハナコさんに向かって言った。
そもそも温かい布団で眠れたのも、ハナコさんのおかげなのだ。
昨夜のことを思い出すと、感謝してもしきれない。
あたしは自分とレモン以外の、猫と使い魔がいっしょに魔法を使うところを初めて見ることになった。
執事猫であるところのセバスティアンとハナコさんは魔法使いと使い魔だったわけ。お城のすべての吹っ飛んだ布団をかき集めた後、ふたりして湿った布団を一気にふかふかにしてみせた。おかげでぐっすり眠れたのだけど。
あたしの感謝の言葉にハナコさんは首を振る。
「シェヴァール様のお力ですよ」
と謙遜してみせる。謙虚だー。ちなみにシェヴァールってのは、執事猫のこと。セバスティアン・シェヴァールというらしい。なんと猫のくせに苗字まであるとは!
……レモンにもあるのかな?
「お食事の後で、若様がユズハさんを市に連れて行きたい、とのことです」
「いち?」
「ばざあ、と言うんですか? 若い人たちは」
いやそれは若さとは関係ない。
「
ハナコさんの言う『萌春祭』というのは、ようするに春のお祭りのことらしかった。
萌える、っていう言葉は、草木が芽ぐむ、という意味だから。冬が終わって、木々の緑が鮮やかになる季節のお祭り、あたりを指す言葉なんだろう。決して萌え萌えなコスプレをした人たちのお祭り、ってな意味ではない。それならきっと冬と夏だ。
ようするに「あたしを市場に連れて行きたい」ということだと理解した。買い物でもあるんだろうか?
それはともかく食事だった。異世界にいても腹は減る。
借りた夜服を脱いで着替える。こちらの世界の服も貸してくれると言ってくれたけれど、あたしはわざわざ学校指定の制服を着なおした。なんとなく、地球との繋がりが切れてしまうような気がして、キャッティーネの服を着るのは嫌だったのだ。
ハナコさんたちのように、ヨーロッパの昔風の衣服を身に付けてしまったら、そのままここから帰れなくなってしまうような気がして。
……ハナコさんはここでずっと暮らす気なんだろうか?
食事はパンとミルクと焼いた肉だった。
こんがり焼けた肉の匂いに刺激されて、お腹が盛大に鳴ってしまった。
ちょっと恥ずかしい。
肉は鶏肉みたいな味がしたけれど、怖かったので、何の動物かは聞いていない。それを言ったら、ミルクもそう。牛乳とは限らない。牛がいるかどうかもわからないし。
食事を終えると、レモンがやってきて、ふたりしてお供も連れずに城を出た。
ちょっとわくわくしていた。
異世界の市場って、どんなだろう?
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