第2話 ユウレイとか。マジデスカ。
蝋燭立てが壁にくっついていて、火が灯っている。
真っ暗だったらどうしようと思ったけれど、幸いなことに廊下には五歩おきくらいに明かりがあった。
毎晩、このすべてに明かりを点けて回るのだとしたら大変だろうな。
電気のない生活ってこういうものなんだなー。
部屋を出たあたしたちは廊下を進む。
肖像画の掛けられた廊下を歩き始めたところで前のほうからやってくる足音に気づいた。たったったっと小さな足音。猫に違いない。
「旦那様!」
あたしとレモンの三歩前くらいで急停止したのは銀色の毛並みのシャム猫だった。薄暗がりではっきりとはわからないけれど、顔の、それも鼻の下のところだけ黒毛のメッシュが入っていて、なんだかそれがヒゲに見える。もちろんほんとのヒゲも左右に伸びてるんだけど。これって、あー。
……執事?
「おまえか。セバスティアン」
うん、執事だ。たぶん。
「落ち着け。報告しろ」
「はっ」
「どこに出た?」
レモンが尋ねる。今も聞こえているこの少女の声のことだろう。お城の中から聞こえてくるのは間違いないけれど、あちこちで反響しててよくわからない。それにしても、『出た』って言い方をするってことは……。ちょっと怖くなってきたぞ。
「東の棟です。礼拝堂の、手前で──」
息を整えながら執事猫が言った。まだゼィゼィいってるってことは、よっぽど急いで走ってきたんだな。あるいは結構お年寄りなのか。
「わかった。行くぞ、ユズハ!」
「あ──うん」
あたしも行くのか。
「旦那様。わたくしめも!」
「おまえはいい。ハナコのところに戻ってろっ」
一瞬、悔しそうな顔になったセバスティアンだったけれど、しぶしぶ頷いた。
「あと、誰も東の棟に近づかせないように」
ちょっとうな垂れつつ、歩き去る。それを見送ってレモンは走り出した。
仕方なくあたしも走る。
走りながら、あたしは頭の中でお城の形を思い出していた。
このお城は、左右に翼のように張り出した部分をもってた。たぶん、左と右にくっついた別館のどちらかが『東の棟』なんだろう。北斗七星をもっとちゃんと見とくんだった。どっちが北かわかったのに。
レモンは肖像画の廊下を抜けて、中央の丸い広間らしきところで右に曲がった。
そこで駆け足から早足に戻った。音を立てたくないからに違いない。
「ね、ねぇ、レモン」
声を潜めてあたしは尋ねる。
なんだ? とばかりにレモンが顔をちらと上げてあたしを見た。
「あの猫さん、連れてこなくてよかったの?」
「セバスティアンのことか?」
「うん」
「役に立たないからな」
あっさりと言った。それだけで他に何も言おうとしないので、あたしは質問を加える。
「だって言ったじゃん。猫は魔法使いだから魔法を使えるって。あ、あたしを連れていくより、よっぽど役に立つと思うんだけど」
「向き不向きの問題なんだよ。魔法使いだからって全能じゃない。猫には猫ごとにたいてい、ひとつかふたつの得意な分野ってもんがあって、それ以外は使えてもしょぼい効果しか発揮しないんだ」
「しょぼい?」
「炎を生み出す魔法とか。どの猫でも使える」
「うん」
「ただし、できるのは、蝋燭に火を点けて明かりを灯す、までだな」
「それって割りと便利だと思うけど……」
「他にも、百円玉くらいなら宙に浮かせられるが、五百円玉だと、もうだめだ」
「しょぼ!」
ほらみろ、という目で見られたので、あたしは慌てて自分の口を手で押さえた。
「で、でも、得意な魔法もあるんでしょ? それなら──」
「セバスティアンの得意なのは、『布団を一瞬でふかふかにできる魔法』なんだ」
……はい?
「どんなに湿った布団だろうと、綿がろくに入ってなくてうすっぺらい布団だろうと、一瞬でお日様の匂いのするふかふか布団にしてみせるのさ」
「……」
「ハナコを触媒に使えば、セバスティアンの魔法は、一、二度唱えるだけでこの城のすべての布団をふかふかにできる。すごいだろ?」
「ソレハスゴイデスネ」
棒読みー。
「だが、幽霊相手には役に立たない」
「そうだね──えっ!」
ユウレイとか。マジデスカ。
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