夢に囚われた私と虚構の君

 朝、目覚めて、やることがある。


 それは、日記をつけることだ、しかも眠っている時に見ていた夢の出来事を記している。


 所謂夢日記というやつだ。


 ある事をきっかけに、以来ほぼ毎日これをつけている。


 昨日見た夢は、建物から建物へと、自力で飛び移る夢だった。


 ノートにその事を書きながら思う、夢って気づけよ自分……。


 普通こんな人並み外れた行動してたら、夢って思うだろ。


 あれこれ考えていると、バイトの時間が迫っていた。


 次、遅刻するとシャレになんないんだよな。


 素早く着替えて、玄関を出る。


 春だっていうのに肌寒い。


 もう一枚着ればよかったかな、そう思いつつバイト先のコンビニへと向かう。


   ◇


「おはようございます」


「あっ、おはよう、佐野さん今日は、間に合ったね」


「はい、迷惑はかけられませんから」


 といっても時間ギリギリ、このままだとまた遅れるかも。


「今日から、中華まんの値引きセールですから」


「あっ、はい、分かりました」


 自分は大学生の頃から、コンビニでバイトしている。


 就活に失敗してからは、フリーターとして今もここで働く。


 仕事始めにまず、中華まんの什器を確認する。


 とりあえず、肉まんとあんまんを取ってくるか。


 まったく、春なのに中華まんセールしてまで、売れるのかな。


 なんて考えながら、冷蔵庫に向かい、肉まんとあんまんを手にする。


 レジに戻ろうとした瞬間、めまいがして、身体がよろける。


 寝不足気味なせいか、最近フラフラしてしまう。


 あーあ、しっかりしないと周りに心配されるな。


 昼の忙しい時間が過ぎ、やっと休める。


「休憩入りまーす」


「ハーイ、どうぞ」


 休憩時間は、長くても四十五分は取れる。


 自分はそのまま、事務所の机に突っ伏して、眠りについた。


   ◇


 見渡せば、そこは灰色の世界が広がっていた。


(あれ、ここは)


 フラフラしながらこの灰色の世界を歩く。


(もしかして、夢?)


 にしても何もない


(夢の中だよね)


 自分は、頬をつねる。


 痛くない、むしろ感覚がなくて、驚く。


(まじかよ、こういうの明晰夢っていうんだろ)


 これって、夢の中で意識したまま、色々なことが出来るんだよな。


 だが、その時何もないにもかかわらず、コケた。


(あっ、ヤバ……)



 ハッと、気づけばそこは見慣れた光景があった。


 事務所のパソコンに表示されている時計はさっきから、四十五分ぐらい経っていた。


 ギリギリまで寝ていたのか、その割に寝た気がしない。


 さて、午後も頑張りますか。


   ◇


「お先、お疲れ様です」


「おつでーす」


 次の時間帯の人にバトンタッチをし、帰る身支度をする。


 今日はどっか寄り道しようと思ったけどいいや、まっすぐアパートに戻ろう。


 コンビニから歩いて直ぐなため、そんなに時間はかからない。


 アパートに着き、部屋に入る。


 自分は、早速ベッドに横になった。


 テレビか音楽でも流そうとしたけど、面倒なのでやめとく。


 それぐらい、身体的にも精神的にも疲れていた。



(あれ、ここは?)


 目に映るのは、色とりどりに光り、宙に浮く照明たち。


 それは幻想的で、ほの暗さを演出している。


(奇麗……)


 これも夢か、だったらあの子に会いたい。


 なんて思いつつ、しばらくこの空間を彷徨う。


 すると、遠くにソファーが見えた。


 近づいていく、誰かが座っている。あの子だ。


 もっと近づこうとして、走ろうとした時、足がもつれその場に倒れこんでしまった。


(うわあ)



「うわあ……、あ……」


 ここは自分の部屋か。


 全く、肝心なところで、ヘマすんなんて、ありえねー。


 そうだ、バイト!?


 慌てて時間を確認する。お昼を過ぎていた。


「嘘だろ」


 とにかく、まず連絡しよう、あれ?


 携帯を見ると、履歴がない、誰も電話してくれなかったのかな。


 自分はもしやと思って、スケジュール帳を開く。


「昨日は、火曜だから、今日水曜は……」


 空白になっていた。


 バイトだったら、バイトって記しているはず。


「何だ無いのか」


 焦って損した、でも一応確認のため電話したが、やはり今日は休みだった。


「はあ、どうしよ」


 とりあえず、日課の夢日記を書き留めながら考える。


 予定もないため、久しぶりに暇だ。


 外にでも出てみようか。


   ◇


 ため息を吐き、ボーっとする。


 外に出たものの、行くあてもなく、公園のベンチに座る。


 そしてかれこれ、十分経とうとしていた。


「はあ」


 またため息が出る。


 ふと、過去の思い出が頭によぎる。


 あれは、まだ自分が学生で、コンビニバイトに慣れてきた頃。


 新しく入ってきたあの子と出会った。


 初対面で意気投合して、バイト以外でも会うようになり、気づけば自分はあの子が好きになっていった。


 それは友達としてではなく……。


 思いを心の中に押し込んで、なるべく普通に友人として接するようにした。


 しかし好きという感情は溢れ止まらなくなる。


 自分は耐え切れなくなって、あの子に気持ちを伝えた。


「ごめん」


 だとさ、分かってた。


 けどすごく辛い。


 それからあの子は、コンビニのバイトをやめ、他のとこでバイトをしているらしい。


 思い出すだけで、心が苦しくなり、吐きそうになる。


 もう、行こう。


 後に公園のベンチに居座り、ため息ばかりつく不審人物が出没したので注意してくださいという、話が回ってきた。


 そんなに怪しかったか……、自分。


 次に駅近くの大型書店へ訪れた。


 ここは大きいだけあって、本が充実し、各種揃っている。


 中には、図書館にない本があったりもする。


 自分は、とりあえず店内を探索しながら、暇つぶしになりそうなものを探す。


 心理学のコーナーに入ると、夢に関する本が数冊見つけた。


 そのうちの一冊を手に取り、パラパラページをめくる。


 ここ最近、連続で明晰夢をだったからな、詳しいことが知りたい。


 一時間程時間が経って、自分の足に限界が来た。


 いくつかの本に目を通したけど、たいして詳しい情報があまりなかった。


 コレ以上、調べても意味がなさそうなので、今度はコミックコーナーに足を運ぶ。


「あっ」


 コミックコーナーの付近に着いた途端、見覚えのある姿につい本棚の端に隠れる。


 なんであの子がいるんだ……。


 エプロンに名札、この本屋でバイトしているのか?


 自分はあの子に気付かれないように、ひっそりとその場を去る。


 外に出ると、少し暗くなっていた。


「はあ」


 息を吐くと微かに白くなる。


 春先とはいえまだ寒いんだな。


 冷たい風を感じながら、家路を行く。


   ◇


(あれ……、また夢?)


 ぼやっとしながらも、周りを見渡す。


 白い空間にソファーがポツンと置いてある。


 またそこに一人あの子が座っていた。


(やあ、こんばんわ久しぶり)


 何も言わないあの子は、ちょっとだけ笑いかけてくれた。


 良かった……。


(今日は、びっくりしたよ、だって本屋さんで働いてるなんて、こっちは知らなかったからさ)


 こんな感じに、自分はあの子に話しかける。


 あの子は何もひとことも言わず、ただ相槌を打つだけだった。


 それでもいい、すごく楽しい。


 いつぶりだろうか、こんなに幸せだと感じたのは。


 夢から覚めたくなかった。


 もうずっとここにいたい。


   ◇


 あれから一週間、意識的に同じ夢を毎日見ている。


 おかしいのは自覚している。けどやめられない。


「佐野さん、最近楽しそうですね?」


「そうですか」


 そりゃあ、楽しい夢のひとときを楽しんでるからね。


「それから、痩せましたね」


「へっ?」


「というより、やつれてませんか? 佐野さん」


「何、言ってんですか」


「それに、目の下にクマできてますし、体調悪いなら、無理しないほうが……」


「大丈夫ですよ、全然」


 ホント何ってんだろこの人、自分には理解できなかった。


 まあ確かに、鏡で自分の顔を見ると、顔色悪く見える。


 だけど、自分自身今のところなんとも思っていない、むしろ調子がいいぐらいだ。


 夕方、バイトを終え、あの本屋へ向かった。


 欲しいマンガが今日発売だからと、あの子を一目見るために。


 新刊コーナーに目的のマンガを見つけ、手に取る。


 どうやら最後の一冊らしい、良かった。


 レジに向かう中、周りを見てもあの子が見当たない。


 今日はいないのか。


 残念と思いつつ俯きながら、レジの前に着くとあの子が目の前に現れた。


 何だレジにいたのか。


「お願いします」


「いらっしゃいませ、お預かりします」


 ん? なんか、おかしい。


「七百円になります」


「あっ、はい」


 自分は動揺しつつ、財布から小銭を取り出す。


「七百円、ちょうどお預かりします」


 レジスタの音だけが響く。


 無言でレシートと商品を受け取り、心に傷を負いながら去る。



   ◇


 手のひらを眺める。


 ああ、夢の中にいるんだな。


 隣には、相も変わらずあの子が座っている。


(ねえ、あれはひどいんじゃない、今日の、まるで赤の他人みたいじゃないか)


 あの子は何も答えない。


(ふつうさ、知っている人が来たら、「佐野さん、久しぶりです」みたいなこと言ってもいいんじゃん)


 あの子は何も答えない。


 だんだん苛立ちが湧いてくる。


(黙ってないで、なんか言えよ)


 自分は、声を荒げ、物にあたった。


 けど、あの子は反応も何もなかった。


(おい、無視かよ、こっちが話しかけてんのにさ、黙ってばっかいないで、何か喋れよ)


 反応なし。


 怒りは頂点に達した自分は、怒りに任せ、あの子の首に手をかける。


(ふざけんなよ、相手にしてくれないなら、いる意味なんてないだろ、だから殺してやるよ)


 どうせ夢の中、何をどうしようと、誰にも責められない。


 自分は思い切り手に力を入れ、あの子の首を締める。


 苦しむあの子の表情で、より力が入る。


(そうだ、もっと苦しめ、私は今の君よりももっと苦しかった、辛かった、だから君も味わうがいいさ、この苦しみを)


(うぅ、――んね)


 へっ? 今なんて言った。


 やがて、あの子はもう動かくなった。


   ◇


 勢いでベッドから起き上がる。


 尋常じゃない汗のせいで身体中が気持ち悪い。


 フラフラしながら、風呂場に向かう。


 シャワーを浴びながら、昨夜の夢がフラッシュバックする。


 夢の中とはいえ、自分は取り返しの付かないことをしてしまった。


 自分は馬鹿だ。


 でもまだそれぐらい、あの子のことが好きだってことなんだよな。


 シャワーを済ませ、タオルで体を拭く。


 そういえば、前よりも、体が軽くなったような気がする。


 試しに体重計に乗ってみる。数値は四十前半を示していた。


 最近、食べてないからかもしれない。


 まあ、そもそもお腹減らないし。


 とりあえず、バイト行こう。


 着替えを済ませ、外へ出る。


 ほんの少しだけ、暖かく感じる。


 そういえばあの子、夢の中で「ごめんね」って言ってたな。


 どうして? むしろこっちの方が謝るべきなのに。


 自分はただ、あの子と楽しく話がしたかった、笑い合いたかった、二人だけの時間を過ごしたかった、ただそれだけで良かった。


 つまり、未だに好きで、未練があって、けど現実では叶わないから、せめて夢の中で……。


 でも、それは、所詮夢、現実じゃない。


 ようは、現実から逃げていた。


 今思うと、虚しいな。


「はあ」


 今日はやる気でない。


 バイト先に休みの連絡を入れ、アパートに戻った。


 そして、そのままベッドに倒れる。


   ◇


(あっ)


 ここは夢……。


 目の前にはあの子がただ立ち尽くしていた。


 あの子は何事もなかったかのようにこちらを見つめている。


(大丈夫? あの時君は私に「ごめんね」って言っていたけど、こっちが謝るべきだ、ごめんなさい)


 首を横に振り、笑いかけるあの子。


(私気づいたんだ、現実で君と離れ離れになってから、心に穴ができた。そのせいで、寂しくて、辛くて、苦しかった)


 胸が苦しくなる。


(だから、せめて夢の中で君会いたかった、でも君は私が作り出した存在、つまり)


 全ては虚構だった。


(それでさ、もうこんなことやめようと思う、こんなことやっても無意味なだけだ、むしろ自分をダメにしてしまう、そんな気がするんだ)


 自分はあの子を真っ直ぐに見る。


(あの……、今までありがとう)


 最後に抱きしめる。


 とても、あたたかい。


 やがて感覚がなくなっていく。


 あの子は砂のように、キラキラ輝いて消えていった。


   ◇


 目をカッと開けて、ベッドから起き上がる。


 窓の向こうは、夜に包まれていた。


 窓に反射して映る自分の顔には、涙の跡が残っている。


 自分は夢日記を取り出し、容赦なくビリビリ破いて捨てた。


 そもそもなんでこんなんつけてたんだっけ、ああそうだ、思い出した。


 あの子がたまたま夢にでて、それでだ。


 ほんと何やってんだろ自分。


 夢日記を捨て終え、今度はお腹が空いてきた。


 久しぶりだな、この感じ、早速スーパーに出向き、お惣菜を購入する。


 その際、求人のフリー冊子を数冊持って帰った。


 いつまでもフリーターってわけにもいかないしな、明日からはハロワにも行こう。


 それから、いくつか時が経って、半年後ぐらい。


 自分はコンビニのバイトをやめ、一般の会社に就職した。


 契約社員だが、働きによって正社員になれるらしい。


 あの時の名残で、目の下に残るクマは病院にかからない限り無理そうなので、なんとか化粧でごまかしている。


 そのせいか、化粧に詳しくなり、前よりもマシな顔つきになった。


 あと、あの子が働いてる本屋に、たまにだけど、行ったりしている。


 相変わらず、客としてしか見てないらしい。


 でもこれでいいと思う。


 あの子はあの子、自分は自分。


 正直言えば、今でも自分はあの子のことが好きだ、けどそれは未練とかではなく。


 一人の良き友人として

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編集その2 有刺鉄線 @kwtbna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ