楽園逃亡

きせのん

第1話

神は天地を創造し、6日目に自分をかたどって土で人を造った。また、アダムの肋骨から女を造った。男の名はアダム、女の名はイヴ。ヘブライ語では土をアダマ、命をエバという。二人はエ デンの園で暮らしていた。神は「この園にある全ての樹の実を食べても良いが、善悪の知識の木の実だけは決して食べてはならない」と言った。

 ある日、エデンの園を歩いていたイヴは、蛇にそそのかされて禁断の木の実(善悪の知識の木の実)を食べてしまった。イヴはアダムにも食べさせた。すると、2人は自分たちが裸であることに気づき、恥ずかしさのあまり体をイチジクの葉で隠した。

 神は約束を守らなかった罪(原罪)により、二人を楽園から追放し(失楽園)、蛇を地を這う動物とした。女には産みの苦しみが与えられ、苦労して地を耕さなければ食料を得ることができなくなった。



「んー、わたしには難しくてわかんないや…」

「あはは、そうだね…僕にも難しすぎるかな。」

ここは図書館。僕は今サーバルちゃんと本を読んでいる。そして今読んでいた本は、サーバルちゃんが表紙を見て、りんごが美味しそうだからこれがいい!と持ってきたものなのだが、言葉が難しくて分かりそうもない。

「それはアダムとイブ、ですか。かばん。」

「あ、助手さん、博士さん。ご存知ですか?僕には難しくてサッパリで…」

「仕方ないですね。賢い我々が解説してやるのでよく聞くのです。」

そういうと博士さんと助手さんは器用に2人で交互に喋り始めた。


まずこの世界ができる前、神様と天使とかいうなんでもできる胡散臭いやつらがいたのです。ある日、神は新しく世界を創ろうと考えました。そして5日ほどかけてあれこれしたです。「あれこれってなにー?」…あれこれというのはー、大地を作ったり海を作ったりサバンナを作ったり、あとは我々とかお前とか、動物達を作ったりしたのです。その後6日目に自分の姿形に似せて人間を、ヒトを作ったのです。「えー!かばんちゃんは神さまとおんなじなの!?」うるさいのです。あとで説明してやるので静かにするです。そのヒトの名前はアダムといい、最初に生まれたヒトの雄なのです。その後、アダムが寂しがるので、神はアダムの肋骨を1本引っこ抜いて、それをちょいちょいしてイブというヒトの雌を作ってやったのです。「うう…肋骨が痛くなってきました…」そして次の日に神は休み、7日間で世界を創ったというわけなのです。それにしてもたった7日間で世界を創り終えてしまうなどもったいないのです。ええ、我々ならもう少し上手くやれるですよ。こほん、それはさておき。神は2人をとっても素晴らしい楽園、エデンの園というところに住まわせてやるのですが、1つ約束をするのです。あの木になっている木の実は絶対に食べてはいけない、と。ですがここは物語のお約束です。ヒトを神に背かせようと蛇が2人をそそのかして、アダムとイブは結局その木の実を食べてしまうのです。その木の実の名前は知恵の木の実というのですが、そうですね、ざっくり言うと、食べると善悪が分かるようになるのです。その代わりに、食べると死ぬのです。「え、えー!!死んじゃうの!?」すぐに死ぬ訳ではありませんよ。いつか必ず死ぬようになるのです。寿命、というやつですよ。そして知恵の実を食べたアダムとイブに異変が起きるのです。まず2人は自分達が裸でいることに気づくです。そしてそれを恥ずかしいと感じるようになるのです。「確かにかばんちゃんはふく?をあんまり脱ぎたがらないよね!!私は暑いとすぐ脱ぎたくなっちゃうけどなー」アダムとイブは近くにあったイチジクの葉を繋ぎ、それで体を隠します。ですが、それを見た神が知恵の木の実を食べたことに気づき、怒ってエデンの園から2人を追放するのです。


「ざっくりした説明はこんなものです。」

「お前達にはこれで十分なのです。」

「わざわざありがとうございました。」

「ねぇねぇ!かばんちゃんって神様なの??すっごーい!!」

「違うですよ、これはヒトが作った作り話なのです。」

「本当の話だとするヒトもいたそうですので実際のところは定かではありませんが…我々は作り話だと思うのです。」

「ヒトが作った話だから、神が自分に似せてヒトを作ったとするのですよ。」

「要は神が人間に似ているのです。」

「うーん、わかんないやー!」

「…はぁ、サーバルには付き合ってられないのです。」

「ちゃんと頭の中身は入っているのですか。」

「うみゃー!入ってるよ!!」

「それでは、我々はこれで失礼するです。」

「お前らと違って我々は忙しいので。」

「そろそろ出来ている頃合ですね、博士。」

「そうですね、助手。」


そう言って博士さんと助手さんは音もたてず飛び去ってしまった。恐らく、ヒグマさんの所に用事があるのだと思う。主にカレーのことで。


「それにしても酷いねー!神様って。」

「どうして?」

「だってちょっと木の実を食べちゃっただけで追い出しちゃうんだよ!私だったらきっとすぐに追い出されちゃうよー!!」

「あはは、サーバルちゃんなら食べちゃうかもね。」

「ちょっとは否定してよー!」


なんてサーバルちゃんと笑いあっていたんだけど、僕にはどうしても引っかかることがあった。博士さんの話の通りだと、ヒトは悪いことをして楽園から追放された。そして繁栄していったんだ。これが作り話だとして、どうしてヒトは自分達を悪くいうような物語を作ったんだろう。ヒトはもしかしたらいい動物じゃないのかもしれない…。自分達でも負い目を感じてしまうような、それでこんな話を作ってしまうような罪深い動物なのかもしれない。サーバルちゃんやフェネックさんやアライさんや…みんなと笑い合えるような存在ではないのかも…いや、でもまさか、そんなことは…ミライさんだってとってもいい人そうだったし…いやでも…もし……もしも…僕が悪い動物だっ「かばんちゃん!!」「うわっ!!」

「び、びっくりしたよ…どうしたのサーバルちゃん。」

「かばんちゃん、なんだか暗い顔してたよ?だいじょーぶ??」

僕が黙り込んでいたから、サーバルちゃんに心配をかけちゃったみたいだ。

「ああ、ごめんねサーバルちゃん、大丈夫だからしん「ごめんね、は言わなくてもいいんだよ。かばんちゃんはなんにも悪いことしてないもん!」

「かばんちゃん今すっごく悩んでたんだよね。私、頭あんまり良くないけど分かるよ。ずっとかばんちゃんと一緒にいたから。」

「困ってること、私にそうだんしてくれたら嬉しいな。」


僕がぐずぐず悩んでたことはサーバルちゃんにはすっかりお見通しのようだった。サーバルちゃんには敵わない。やっぱりすごいなぁ、サーバルちゃんは。

「ありがとう、サーバルちゃん。でも、大丈夫だよ。」

「そっか…やっぱり今の私じゃダメかなぁ。」

「…え?」

最近サーバルちゃんは様子がおかしいときがある、ような気がする。妙に頼られたがるような、なんでだろう…。

「もう少し頭が良くないとダメなのかも…」

「そ、そんなことないよサーバルちゃん!!サーバルちゃんはそのままで十分素敵だよ!!」

「そうかな…えへへ…」

頬を赤らめて照れているサーバルちゃんを見てると1つ、いいことを思いついた。

「サーバルちゃん、やっぱりちょっと相談してもいいかな。」

「!!もちろんだよ!!まかせて!」

任せて!なんて張り切るところが、少しラッキーさんに似てるかも。ふふ、可愛い。



「サーバルちゃん、もしだよ?もしもね、」

サーバルちゃんは嬉しそうにうんうんなんて頷いている。

「僕が悪いことをして、アダムとイブみたいにこのパークを追い出されちゃったら、サーバルちゃんはどうする?」

「ええっ!」


サーバルちゃん、一生懸命考えてるなぁ。実はこの質問、あまり意味はない。頑張って考えてるときのサーバルちゃんは凄く可愛くて癒されるから、意地悪してしまった。これは僕が悪いので、早く謝らないといけない。でもサーバルちゃんのおかげで悩み事はすっかりふきとんでいた。やっぱりサーバルちゃんは凄いなぁ。


「あはは、ごめんねサーバルちゃん、今のは冗だ「よし!!」

「えっ?」

「私は、私はかばんちゃんに付いてパークを出ていくよ!!」

「…ええっ!!?なんでぇ!?」


てっきり答えが出たとしても、サーバルちゃんはパークに残る、と言うと思っていた。やっぱり悪いことはしてはいけないから、と。そして優しいサーバルちゃんは僕が帰ってこれるようにみんなを説得してあげる、とか言ってくれるかもなぁ、それくらいに考えていた。だから、まさかそんなことを言われるなんて、思いもしなかった。


「だってね…だって、アダムとイブは2人で追い出されちゃったけど、かばんちゃんは一人ぼっちで追い出されちゃうんだよ…?」

「かばんちゃんはこれからパークを出ていくけど、それはかばんちゃんが行きたいから行くの。いつでも帰ってこれるし、みんなもパークで待ってるよ。」

「でも、でも追い出されちゃったら、ひとりで追い出されちゃったら…きっとすっごーーく悲しくて寂しいよ…。」

「でも…サーバルちゃん、それじゃあ、サーバルちゃんはなんにも悪いことしてないのに…」

「私はへーき!それに、2人なら、パークを追い出されてもきっとやっていけるよ!」



「だけどね、どうしても寂しくなっちゃったときは、」

サーバルちゃんが急に僕の手をぎゅっと握る。

「!!」

「こうやって手を握れば、寂しいのも悲しいのも、2人で半分こ!できるよ!」



サーバルちゃんはいつも元気に走り回ってるけど、たまに静かで優しい顔をする。今も穏やかな表情で、ゆっくりと僕に語りかける。

「だからね、もしかばんちゃんが悪いことをして、パークを追い出されちゃったら、私はかばんちゃんに付いてくの。」

「そしてね、2人でパークの外のフレンズ達をたっくさん助けてね、たっくさん良いことをして、またパークに戻ってみんなに謝りに行くの。」

「ね!そしたら、もしかしたら、みんな許してくれるかもしれないよ!」

「サーバルちゃん…」



サーバルちゃんは、すごいや。君は僕なんかよりよっぽどすっごーい、ことを思いつく。


「それでも、みんなが許してくれなかったら、」


「そのときは2人で、知らないところに逃げちゃおっか。」

サーバルちゃんはそう言うと、ちょっと悲しそうにいたずらっぽく笑って手を強く握った。

もうすっかり傾いてオレンジ色になった陽が図書館の窓から差していた。陽に照らされた彼女は言葉で言い表せない、表したくないほど綺麗で、どこか儚くて、胸の奥がぎゅうっと痛んだ。最近よく痛くなるのだけど、もしかして病気だったりするんだろうか。






アダムとイブはどうなったんだろう。僕はその後の話を知らない。

でももし、僕がアダムで君がイブなら、神様は僕ら2人を一緒に追放したことを後悔するだろう。きっとどんな場所でも条件でも、罰になんてならないだろうから。

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楽園逃亡 きせのん @yotasun

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