第05話:僕とキミの15センチ

「私にできること……ですか?」


 千智の言葉が堪えたのか、真利が不安そうな顔をする。


「うん。そう言ってる」

「什悟よ。お主、何を考えておる……?」


 僕は千智に笑って答えると、テーブルにあった呼び出しボタンを押した。菜々美が不機嫌な顔をしながらやってくる。


「何か用かよ?」

「うん。弥一のことが聞きたい」


 僕の発言に間髪をいれず、菜々美が僕の襟元をつかんだ。


「オマエ、弥一のことを知ってんのか?」

「うん。少し」

「だったら、隠さずに言え! 弥一は何処にいる!?」

「それは知らない」


 菜々美はしばらく僕を睨みつけていたが、やがて舌打ちをしてから僕を突き飛ばすようにして手を放した。

 乱暴な所作の中、菜々美が一瞬だけひどく落胆した表情を見せたのを、僕は見逃さなかった。本当に弥一のことが好きで、弥一に会いたいんだな。


「弥一のどこが好きなんだ?」

「……はぁ? テメーには関係ねぇだろーが」

顳顬こめかみか? のどぼとけか? くるぶしか?」

「なんでそんなにピンポイントなんだよ。……まぁ、嫌いじゃねぇけどさ」


 弥一ののどぼとけを思い出したのか、菜々美がうっすらと頬を赤くする。


「それじゃ、肩甲骨はどうだ? 奥歯は? 肝臓は?」

「……テメーは何が言いたいんだよ?」

「良いから答えろ」

「…………あー! ウザってぇ! 好きだよ、好き! 全部好きだ! 弥一の声も、性格も、見た目も、全部好きだ!」


 力の限り叫ぶ菜々美。まるで、これでどうだ、と言わんばかりにドヤ顔をしている。


「じゃあ、魂はどうだ?」

「……あ? 魂だ?」

「そう、魂だ。好きじゃないのか?」

「魂だって好きに決まってるだろーが」


 チラリとテーブルの上を見ると、千智が呆れた顔をしていた。僕が何をしようとしてるのか理解した上で、無謀だと言いたいのだろう。

 真利の方へ目を向けると、彼は菜々美を真っすぐと見上げていた。

 僕は菜々美の方へ振り返ると、肩をすくめて「やれやれ」と首を振ってみせる。


「全然気持ちが足りてない。本当に弥一のことが好きなのか? 弥一の魂のことを愛せるのか?」

「なにオマエそんなにマジに――」

「本気で悪いか。大事なことだ」


 僕は大きく呼吸してから、ゆっくりと力強く想いを伝える。


「弥一の魂だって本気だ。本気で菜々美のことを心配してる。本気で菜々美のことを愛してる。だから、ずっと菜々美のことを見守ってきた。だから、菜々美もこの想いに本気でこたえてほしい」

「そうです! 私は菜々美さんを愛しています!」


 僕に続くように真利が自分の想いを告げる。


「ずっと好きだった! なのに、この声は菜々美さんには届かない。だから、ずっと我慢してました。でも、今は違う! たとえ菜々美さんにこの声が届かなくても、什悟さんが僕の想いを代弁してくれる! だから、伝えたい! 私は菜々美さんが好きだ!」


 真利は息を切らせながらし立てると、こちらを照れくさそうに見た。僕は親指を立てて褒めてやると、ふたりで菜々美の反応を待つ。


「……なに言ってんだ。キモッ」


 吐き捨てるように言う菜々美だったが、その言葉にいつもの刺々しさはなかった。


「……まぁ、でも、テメーが本気なのは伝わった。アタシも本気で考えてやるよ」


 菜々美は腕を組んで「う~ん」とうなりながら考え始めた。

 ドキドキとしながら僕らは菜々美の結論を待つ。


「……うん、やっぱり好きだよ。弥一の魂のことも」


 その瞬間、テーブルの上で何かが光を発した。僕は急いで振り向くと、真利の全身が静かに優しい光を発していた。

 千智が驚いた声を上げる。


「馬鹿な!? 魂が自分の恋を成就させたというのか!?」

「そう、みたいですね」


 光り輝く自分の両手を見つめていた真利が、僕に向かって微笑む。


「ありがとうございます。什悟さん。自分の想いが菜々美さんへ伝わる日が来るなんて思ってもいませんでした」

「良かったな」

「はい。今なら能力ちからが使えます。これでやっと私も菜々美さんの役にたてます」

「相談なんだが、その能力ちからの使い方、僕に任せてくれないか?」

「ええ、それは構いませんが、いったいどんな願いを叶えるつもりなんですか?」

「もちろん弥一を生き返らせる」



 ☆ ☆ ☆



 僕は喫茶店を出ると、何処にいく当てもなく散歩をすることにした。隣には千智がフワフワと飛んでいる。


「……僅かな時間だけ弥一を生き返らせたところで、奴らは幸せになれるのかの?」

「大丈夫。心配ない」


 真利が生き返らせた弥一という男は見るからに優しそうな男だった。


「あの男なら菜々美を不幸にはしない。何とかするだろう」


 傷心の菜々美を救うのに弥一以上に適任な奴なんていやしない。僕らに出来ることと言えば、せっかくの男女の再開をふたりきりにしてあげることくらいだ。


「そういえば、真利は何処に行ったんだ?」


 能力ちからを発動した瞬間、真利はひときわ強く光り輝いた後、霧散むさんするように消えてしまった。まさか死んでしまったんじゃないよな……?

 僕の不安を察したのか、千智がポンポンと僕の頭を叩く。


「案ずるでない。真利のやつは能力ちからを使い果たして体を実体化できなくなっただけじゃ。もうワシらに姿を見せることはできないじゃろうが、死んではおらんよ」

「そっか。よかった」


 公園にさしかかったところで、千智が僕の目の前に移動した。僕が慌てて足を止めると、千智は僕に指を突きつける。


「して、これからどうするつもりじゃ? 阿婆擦あばずれには見事にフラれてしもうたからの。これでは子孫繁栄できんぞ」

「じゃあ、千智が僕の恋人になってよ」


 千智はまたも豆ミサイルを食らった鳩のような顔をした。


「お、お、お、お主、何を言っておる!? ワシはお主の魂じゃぞ!?」

「解ってる。それでも、好きになったんだからしょうがないだろ」


 千智を過ごした時間は短い時間だけれど、それでも千智がどれだけ僕のことを大切に思っていてくれているか判った。好きになったってしようがないだろ?

 僕が土下座して頼み込むと、千智は渋々とOKしてくれた。


「ワシがお主の恋人でいられる時間は、わずかな時間だけじゃぞ」


 そういう千智の全身が優しい光を発し始めた。


「解ってるよ。それでも、短い時間だけでも、千智と恋人になりたかったんだ」

「判ったわい。……馬鹿な奴じゃの」


 そういうと、千智は能力ちからを使った。僕の望んだ願いは、千智と一緒に恋人としての時間を過ごすこと。


「ほれ、もうカウントダウンは始まっておるぞ」


 時計を見ると15時07分ジャスト。……15時11分30秒には、この恋が終わるのか。

 僕が千智を見つめる。


「恋人って何をすれば良いんだ?」

「さぁのう。ワシにも判らん」

「じゃ、僕が千智の好きなところを言うから、聞いていてくれ」

「なんじゃそれは」


 呆れたように笑う千智だったけれど、その顔はすごく幸せそうに見えた。


 ☆ ☆ ☆


「――怒るとギュッと服の裾をつかむ千智も好き。たこ焼きにかじりついて舌を火傷する千智も好き」

「……お主は本当にワシのことをよく見ておるの」

「おう。まだまだ好きなところが沢山ある」

「じゃが、もう時間切れじゃ」


 千智の体が強く光り輝く。光の中で千智がニッコリと笑った。


「ワシは、ずっと什悟のことを――」


 それが千智の最後の言葉だった。

 強い光と共に霧散むさんする千智を、僕は見送る。

 時計を見ると、15時16分。……あれ、9分? 願いが叶うのは4分30秒じゃないのか?

 ふと千智の言葉が頭をよぎる。


 ――ワシら魂には、誰かの恋を成就させた時に、何でもひとつだけ願いを叶える能力があるのじゃ。


 そこで僕はやっと気づいた。恋はひとりじゃできないんだ。

 僕が千智と恋人になることで、ふたりの恋が成就していた。だから叶った願いは2つ。4分30秒がふたり分で9分。

 この恋は、僕だけの9分間の恋じゃなかった。僕とキミの9分間の恋だったんだ。

 ……いや、それも違うな。思わず苦笑いしてしまう。

 魂は9分間なんて言わないもんな。なんて言えば良いかな? 9分間の恋だから、0.15時間の恋? 150ミリ時間の恋?

 いや、キミだったら、きっとこう言うだろう。これは、僕とキミの15センチの恋、だと。

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15センチの恋 ペーンネームはまだ無い @rice-steamer

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