第04話:僕とキミの4分33秒

「誰かの恋を成就させた時に、何でもひとつだけ願いを叶える……?」


 僕は耳を疑った。それって、もしかして――。


「恋が成就するまで千智の能力ちからが使えないなら、僕の恋を成就させるのは自力ってことか」

「まぁ、そうじゃの」

能力ちからがあれば告白なんて取るに足らないっていうのは嘘だったのか」

「嘘じゃないわい。何でも願いが叶うと思えば、絶対に告白を成功させてやろうとモチベーションが上がるじゃろうが」

能力ちからの説明を忘れられてたから、モチベーション上がらなかったけどな」

「それはご愛敬あいきょうじゃの」


 悪びれもせずに言ってのける千智。まぁ、良いか。実際のところは能力ちからなんて当てにしていなかったのだから。

 僕はうつむいたままの真利を見ると、できるだけ優しく問いかける。


「それで真利は、僕の恋を成就させた後、その能力ちからを使ってどんな願いを叶えようとしたんだ?」


 顔を上げないまま真利がおずおずと答える。


「具体的に決まってはいません。でも、菜々美さんのために使おうと考えていました。願いが叶うのが僅かな時間とはいえ菜々美さんには幸せになって欲しいですから」

「僅かな時間?」


 僕が訊き返すと、真利が顔を上げて肯いた。


「なるほど。何でも願いが叶うけれど効果には時間制限があるのか」

「その通りじゃ」

「どのくらいの時間なんだ?」

「人間の時刻換算で言うと……何時間じゃ?」


 そう言って千智は真利へと話を振った。

 真利は少しだけ考え込むと自信なさそうに答える。


「ええと……大体0.08時間くらいでしょうか」

「判りづらいな」

「判りづらいのは人間の方ですよ。なぜ時間を60進法なんていう馴染みづらい考えを持ち込んだんですか」


 真利の話によると、人間と魂では、時間の数え方が異なるらしい。1時間という時間は人間にとっても魂にとっても同じ時間だけれども、分や秒についての考え方は全く違うようだ。人間にとっての1分は1/6060分の1時間だけれど、魂にとっては1分は1/100100分の1時間らしい。同様に人間にとっての1秒は1/6060分の1分だけれど、魂にとっては1秒は1/100100分の1分らしい。


「なるほど。僕にも解るように約0.08時間と言ってくれたのか。それでも解りづらいけど」

「ジョン・ミルトン・ケージ・ジュニアの『4分33秒』と呼ばれる曲を知っていますか? あの曲の演奏時間くらいです」


 『4分33秒』。4分33秒間、まったく楽器を演奏しないことで有名な楽曲だ。

 なるほど。千智たちの能力ちからは4分33秒くらいの時間制限なのか。


「短い時間とはいえ、何でも叶うのなら使い方次第では色々とできそうだな」


 僕が能力ちからについてアレコレ考えていると、真利が意を決したように口を開いた。


「……もし什悟さんが菜々美さんを幸せにしてくれるのであれば、私の能力ちからで叶える願いは什悟さんに譲っても構いません。どうか菜々美さんの恋人となって、彼女を救い出してください」

「嫌だ」


 僕が答えると、真利だけでなく千智までもポカンとした顔で僕を見上げた。あれ、何かおかしいことを言ったか?

 慌てた真利が僕へ訴えかけてくる。


「でも、先ほどお願いした時には、什悟さんは了承してくれたではないですか」

「あぁ、菜々美をって時か。そいつは承知している。けど、菜々美のってのは嫌だ」


 僕が席を立とうとすると、真利が小さい体で僕の体を精一杯に押し止めようとする。


「どいてくれ。今は時間が惜しい」

「お願いです、什悟さん。菜々美さんを見捨てないでください」

「? 何を言ってる? 見捨てるつもりなんてない」

「だったら、何処へ行こうというのですか?」

「もちろん、弥一を探しに」


 それを聞いて、千智と真利が驚いた顔をする。

 菜々美が救われる方法なんて、僕にはそれくらいしか考えつかない。でも、それで菜々美が救われるのなら、僕はやってやる。


「弥一とやらの場所に心当たりがあるのか?」

「ない。だから世界中を探す」

「世界中って……いったい何年かかると思っておるんじゃ」

「運が良ければ10年くらいで見つかる」


 僕の言葉を聞いた真利は言葉を失ったようだった。

 千智は諦めた様子で笑うと、フワリと宙に浮いて僕と肩を並べた。


「ワシも旅に付き合おう。什悟のそういうバカ優しいところがワシは好きじゃぞ」

「そうか」


 千智がついてきてくれるのなら心強い。

 僕は真利の目を真っすぐ見ると「どいてくれ」と彼を押しのけた。


「弥一を探すなんて……見つかるはずがありません」

「やってみなければ判らんじゃろう」

「判ります。……だって、彼はもうこの世にはいないのですから」


 真利の言葉に、僕と千智は動きを止めた。弥一が死んでいる……?


「何でそんなことを知っている?」

「……それは、私が本当は弥一の魂だからです」

「なっ!?」


 千智が驚きで息を飲んだけれど、僕の方は意外と冷静だった。


「真利が弥一を呼ぶときだけ敬称をつけないのは、そういうことか」

「ええ。生まれてからずっと一緒だった弥一を、今さら『弥一さん』だなんて呼びたくありませんから」


 少し照れながら笑う真利。やっと真利の本当の笑顔を見れた気がした。

 対する千智は不機嫌そうにしながらテーブルの上に飛び乗った。


「なぜ嘘をついておったんじゃ?」

「菜々美さんには弥一が死んでしまったことを知られたくなかったからです。私が弥一の魂だということをあなた方に話せば、芋づる式に弥一が死んだことを話すことになったでしょう。その結果、什悟さんが菜々美さんに弥一の死を伝えてしまう可能性だってあります。もし今の菜々美さんが弥一の死を知れば、最悪の場合、彼を追って自ら命をちかねませんから、できる限り私と弥一の関係については伏せておきたかったのです」


 真利が「本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 理由が理由だし、真利を責めるつもりはない。真利に頭を上げさせると、弥一の話を続けてもらう。


「1年前、弥一に悪性腫瘍が見つかりました。手術すれば何も問題ないと医師に言われた弥一は、心配をかけない様に菜々美さんには何も告げないまま入院したのですが、それが間違いでした。入院後、急激に悪化した病状は、簡単に弥一の命を奪ったのです」

「それは大変じゃったの」


 真利は微かにうなづいた後、弥一の遺言にしたがって菜々美には彼の死が伝えられていない事を付け加えた。


「弥一が亡くなってから、弥一の代わりに菜々美さんの力になりたいと思った私は、菜々美さんを近くで見守ることにしました」

「なるほど。真利も菜々美のことが好きなんだな」

「……はい、愛しています」


 顔を真っ赤にして照れる真利を見て、僕は微笑ましい気持ちになる。けれど、千智は思うところがあるらしく複雑な表情をしている。


「お主の恋心は不毛じゃの。宿主である弥一とやらのそばを離れて阿婆擦あばずれの元へやってきたところで、お主に何ができるというのじゃ?」


 いつもよりも静かにキツい口調で千智が言い放つ。


「考えてみよ。魂が人間を愛してどうなる? 気持ちを伝えることもできねば、子を成すこともできん。ましてや、幸せにすることなどできるはずがないのじゃ。だというのにお主は阿婆擦あばずれに想いを寄せて、何がしたいというのじゃ?」

「私が菜々美さんのために出来ることがあれば何でも――」

「だから、お主には何もできんと言うておるのじゃ」

「あるぞ」


 割って入った僕に、ふたりの視線が集まる。


「真利がやれること、やろう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る