第7話 スプリングハズカム
季節は巡り、桜の咲く季節となった。通称「
高校2年生となった俺は、変わらずその籍を弓道部に置いていた。そう、あの夏の終わりに俺は八坂先生のもとを訪れ、退部を撤回したのだ。
夏休みの百射会では最終的には100射で58中と、同学年では2位の隼介と2本差のトップで、全体で見ても5位と大健闘の結果に終わった。
百射会の2日目の朝にも弓道場を訪れたのだが、そこに美夏の姿は無く、結局彼女の正体は分からずじまいに終わった。それ以来、しばらくは美夏のことを考え、彼女が言っていたことを反芻するような日々が続いた。その中で俺はとあることに気が付いた。
美夏は15センチ理論を初めとして色々なことを俺に教えてくれた。しかし、彼女にとってそういう汎用化された方法論自体は重要ではなかったのだ。なぜならそれもまた、彼女の言う最大公約数なのだから。彼女の真意はきっとその先にあったのだ。
つまり、彼女が一番価値のあると考える、俺だけにぶつけられた情報。
―辞めないでくださいね。
もっとも、その言葉を言われた時の俺は既に弓道を続けるつもりではあったのだが、その真意に気付いたときは柄にもなく無性に走り出したくなった。
考えるほど聞きたいことが増えてきていたが、再会の方法も分からなかったので、俺は考えることをやめた。俺が弓道を辞めようとしていたことを知っていた彼女だ。どこの誰かは知らないが、彼女の言う通り、俺が弓道を辞めないことが再び彼女に会うための最短の道だと考えたのだ。
そんなことを思い返していると、帰りのホームルームが終わったようだ。前方の席に座っていた茉莉が立ち上がり振り返ると、俺に話しかけてきた。
「直、部活いこっ」
「おう」
俺はカバンを肩に担ぎ、教室を出た。昇降口を抜けると、校舎からグラウンドへ続く階段を駆け下りながら、茉莉が俺に話しかけてくる。
「ねね、今日から新入生が見学に来るらしいよ。
「お、そうなんだ。だいぶ久しぶりだな」
咲、
グラウンドから弓道場を覗くと、制服に身を包んだ新入生らしき姿が散見された。弓道場へ着いて、靴を脱いでいると、背中から聞き覚えのある声がした。
「直先輩、茉莉先輩、お久しぶりです」
そこにはにっこりと微笑んだ神野の姿があった。
「おう、神野じゃん。久しぶり」
「咲ちゃん!!」
茉莉と神野が再会のハグをして何やら話し始めた。長くなりそうだったので、俺は通り過ぎて神拝でも済ませようと射場に足を踏み入れる。
するとそこには見覚えのあるポニーテールが立っていた。
「あ、やっと来ましたね。お久しぶりです、直センパイ」
「美夏!?」
俺は思わずその名前を叫んでしまう。
「え、直、その子誰?知り合いなの?」
いつの間にか後ろにいた茉莉がどことなく冷たい声で俺に聞いてくる。
「いや、ちょっと前にね……」
言った瞬間に気付いたが、ちょっと前にね、はダメだろう。怪しすぎる。
「ちょっと前に何?」
「てか、何で先輩はその子だけ名前で呼んでるんですか?そろそろ私のことも咲って呼んでくださいよ」
神野まで追撃に加わる。この2人を相手にすると勝てたためしがない。
「いや、だって苗字知らないから……」
「ああ、そういえばそうでしたね」
美夏はわざとらしく微笑むと、続けた。
「八坂美夏です、よろしくお願いしますね、先輩方」
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