第5話 いつもの景色
「んで、お前今日も朝から引いてたの?」
「まあ、少しね」
夏休みも後半に差し掛かったある日。夏季補習を終えた俺は、練習前に幼馴染の隼介と弓道場で話していた。
「よくやるねぇ、ほんと。俺なんて絶対起きれる気がしねぇ」
「俺もそんなに朝得意じゃないんだけどね。まあ、電車だから普段あんまり残れないし?」
俺と隼介が話していると、着替えを終えたショートヘアの女子部員、
「でも実際さぁ、直、最近調子良さそうに見えるよ~。昨日も先生に褒められてたじゃん」
茉莉はそう言いながら
「それはそうだけど、少し前がひどかっただけだって」
まだ油断はできないので、無意識にに予防線を張ってしまう。確かに、最近の手ごたえは自分でも感じてはいるけれど。
「そんなに秘密特訓の効果あるの?私も早く来てみようかな」
茉莉が笑顔で俺の顔を覗きながら、どこまで本気か分からないようなことを言ってくる。
「お前起きれねぇだろ」
「遅刻常習犯には言われたくないかなぁ」
すかさずからかってくる隼介を笑顔であしらうのもお手の物だ。秘密特訓、か。
俺は美夏のことを誰にも話さなかった。別に美夏から止められていたわけでは無いし、話すことに後ろめたさを感じていたわけでもない。ただ、一度話してしまうと、掴みかけた何かがふわりとどこかに消えてしまいそうな、そんな予感がどこかにあったのかもしれない。
「まあでも調子戻ったみたいで良かったよ、一時期は死ぬか人殺すかみたいな目してたからな、お前」
隼介はいつもの調子で俺に励ましと煽りが交じった文句をぶつけ、笑いながら肩をぽんぽんと叩いてくる。
「は?そんな目してねーよ」
俺はそう言って一笑に付しながらも考えていた。確かに辞めることを考え始めたときは、隼介達との会話も少なくなっていたように思う。彼らの目に俺はどう映っていたのだろう。流石に人殺す目はしてなかったと思うけれど。
「いやいや、こいつなんてめっちゃ心配して俺と准に相談してきたんだから」
隼介は茉莉を指差しながら続ける。
「ちょっと!!」
茉莉は慌てた様子で隼介を止めに入るが、残念ながらもう手遅れのようだ。
「呼んだー?」
壁越しに准がひょっこりと顔を覗かせる。こいつもまた、俺の幼馴染だ。
「呼んでないーっ!!」
思わず俺は笑ってしまった。俺が弓道部を辞めようとしていたことは3人には言っていない。確かに誰かに相談することは一つの手だと思うし、相談するとしたらこの3人なのだが、きっと後ろ髪を引かれてしまっただろうし、自分で考えることを辞めてしまうのが怖かったのだ。
この分だと、俺が部活を辞めようと思っていたことも、あいつらにはお見通しだったのかもしれない。まあ、それはそれでいいか。何故かはよく分からなかったが、気分は晴れやかだった。
「はじめるよー!」
主将の掛け声が道場に響く。練習開始の合図だ。俺はぐんと伸びをして気持ちを切り替えると、足袋で床をぐっと踏みしめ、射場の敷居を跨いだ。
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