第3話 あの日の魔法の代償
俺は中学生の時も弓道部に所属していた。といっても人数ギリギリで、弓道部が存続しているだけでも奇跡といったような無名の弱小校だった。俺個人の実力の方はというと、まあ悪くもないが特別良くもなく、同学年でも高々中の上くらいまでに収まる程度の実力だったと記憶している。
しかし、そんな俺の平凡な弓道部生活を大きく変える出来事が訪れる。
弓道というのは良くも悪くも他者の干渉が無く、自分の状態のみに左右される競技である。それ故に結果が読めないもので、その日、きっと俺は魔法にかかっていたのだ。
当時中学2年生だった俺は県大会の団体戦に出場していた。
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「やっぱり、いざここに座ると緊張するね」
前に座る
俺たちは射場の裏手の待ち椅子に座っていた。野球で言うところのネクストバッターズサークルだ。壁の向こうからは、的中音と矢声が響いてくる。
「へーきへーき、
俺は束ねた4本の矢を聖剣エクスカリバーのように床に突き立て、その両手の上に顎を乗せながら、一番前に座るエースの名前を出して答えた。
「
うちのエースである
少しして、前の組の選手達が弓を引き終えて射場から出てきた。いよいよだ。俺は深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
「
俺は弓を握り、それをくるりと回転させると、勢い良く立ち上がった。
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緊張がピークだったのは、実は待ち椅子に座っていた時だったのかもしれない。射場に入ると視界がクリアになり、弓を引いている自分を別の自分が見ているような不思議な感覚を覚え、何度弓を引いても外す気がしなかった。気付けば俺は、団体予選で的中率10割をたたき出していたのだ。残念ながらチームとしての予選突破はならなかったが、団体予選は個人戦も兼ねており、俺は同じ的中数の選手との
この魔法にかかってしまったのが県大会の日だったのは幸か不幸か。この優勝で気を良くしてしまった俺は、全国大会の日まで自分の射の研鑽に励むわけでもなく、あの日感じた何となくいい感覚、という正体の掴めないものの再現に終始してしまっていた。全国を舐めていたわけでは決してない。むしろ逆で、折角掴んだ全国の舞台で良い結果を残すためには、いつもの射の延長ではダメだと考え、躍起になっていたのだ。
迎えた全国大会の日、俺はその予選の舞台で県大会よりも更に増した荘厳な雰囲気と観客の視線に気圧され、頭が真っ白になっていた。自分の前で弓を引く見知らぬ選手が、堂々とした射で小気味良い的中音を響かせていたのもそれに拍車を掛けた。
自分の射そのものと向き合おうとしなかった俺が、そんな精神状態で良い結果を残せるはずもなかった。予選で8本引き、なんと1本も的に中らないという醜態を晒してしまったのだ。一次予選の通過ラインなど、覚えていないどころか、そもそも見る気にすらならなかった。俺が掴んだ栄光は春の夜の夢のように瞬く間に散っていった。
同行してくれた顧問の先生や両親は俺にやさしい言葉をかけてくれたが、その気遣いが逆に辛かった。大舞台で萎縮してしまい、1本も中らなかったショックは中学2年の俺の心を砕くには十分すぎたのである。
それ以来、普通の練習は何事もなくこなせるものの、試合形式の練習(これを
その結果、気付けば俺は弓道から遠ざかるようになってしまい、遂には休部してしまったのだった。俺はそのまま、卒業まで的前に立つことは無かった。
この
しかし、そんな俺の考えを知ってか知らずか、入学早々それを打ち砕こうとする人物が現れた。顧問の八坂先生だった。八坂先生は件の県大会を丁度見に来ていたらしく、個人戦で優勝した俺を知っていたらしい。俺は一度弓道を辞めた身ではあったが、入部を薦められ、高校へ入りたてで浮ついていた気持ちの落ち着け先として弓道部へうっかり入部してしまったのだ。一時の気の迷いだったかもしれない。
筋トレから始まった俺の高校弓道は、思ったほど悪くなかった。練習自体は厳しかったのだが、人間関係は良好だったし、新入部員に初心者が多い中、経験者という自分の立場に優越感を感じなくもなかった。しかし、忘れかけていた頃にそれはやってきた。
高校で初めて的前に立った日だった。入部して初めての的前ということで、先輩や同級生が見つめる中での射となり、緊張状態に追い込まれた俺は再び情けない姿を晒してしまったのだった。惜しかったね、とか、筋がいいよ、なんて聞こえてきたことを覚えている。だが、そういう問題ではないことは俺が一番知っていた。あの日の魔法の代償は大きかったのだ。
その後、俺は惰性で部活を続けていたが、季節の節目は人に何かを始める理由と辞める理由を与えてくれる。時間による解決という一縷の望みも絶たれてしまった俺は、退部届を握りしめて職員室のドアを叩くに至ったのだった。
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