第30話「瑞夏」最終回 歌を聞かせて
半焼した理事長宅の焼け跡からは、結局、佑一人の死体しか発見されなかった。
後の二人――ママと五道院玄人の形跡は全く見つからなかった。わたしはどこかほっとするとともに、二人はどこかできっと生きている、そう確信した。
もし、二人が生きていて、いつかわたしの前にまた現れたら――
「パパ、ママって呼んでもいいよね、お父さん」
わたしはベッドの上の父に話しかけた。父は血色がよく、今にも目を開けて起き上がりそうだった。さまざまな思いがわたしの胸をよぎり、知らず涙が頬を伝っていた。
「あら、来てらっしゃったんですね」
なじみの看護師の声が聞こえ、わたしは慌てて指でしずくをぬぐった。
「今日はね、とってもいいニュースがあるんですよ。先生のお話だと、最近、お父さんの反応が以前よりはっきりしてきたって。もしかしたら、近いうちに意識が戻るかもしれないって言ってました」
「そうなんですか。……よかった」
わたしは父の顔を見た。確かに頬にはほんのりと赤みが差し、顔がこころなしかうっすらほほ笑んでいるようにも見えた。
「あんまり期待を持たせてもいけないと思うんだけど、やっぱりあなたには伝えておきたいと思って」
「ありがとうございます。そのお話だけで気持ちが軽くなります」
わたしは感謝の言葉を口にした。看護師は父の様子を確かめると、一礼して出ていった。
「お父さん」
わたしは父の方を向くと、胸に秘めた決意を口にした。
「わたし、しばらくみんなから離れて、旅に出ようと思うの。色んな事を考えて、今までの事を振り返られるようになったら、戻ってくる。もし、お父さんが目を覚ましたら、夢で教えて。すぐに駆けつけるから」
わたしが語り終えると、父の口元にうっすらと笑みが浮かんだ。
――往きなさい。私の事は、気にしなくていいから。
わたしは頷くと、父のベッドに背を向け、病室を後にした。
瑞夏ちゃん、元気ですか。
ここでの名前は違うみたいだけど、私は文章の内容から瑞夏ちゃんだと確信してます。
……だって、音楽の趣味も、食べ物の好みもまるっきり瑞夏ちゃんなんだもの(笑)
他人のふりしてネットに書きこんでるのはきっと、私たちに無事なことを伝えようとしてるんだよね?
あなたが私たちの前から姿を消した時、正直、水臭いなって思った。色々あったことは想像がつくけど、寂しい気持ちにさせられてちょっと恨んだりもしたんだ(怒)
……でもね、もし瑞夏ちゃんが明るくなってまた戻ってくるんだったら、それでもいいって思ってるんだ。
瑞夏ちゃん。旅に出たのは、戻ってくるためなんだよね?私は勝手にそう思っています。
瑞夏ちゃんが帰ってくる日まで、私もイットモさんも、事務所のみんなと一緒に夢を追いかけ続けます。一回り大きくなってまた、同じステージに立つ日を夢見て、ね。
私は最近よく『メアリーシェリー』を初めて見た時の事を思い出します。瑞夏ちゃんも、他の三人もすごくキラキラしてて、全員が音楽を楽しんでるって感じだった。だから、一日も早く戻ってきて、もう一度あの、キラキラした姿を私に見せてね。
私は、その日が来るのをみんなとここで待っています。
『メアリーシェリー』の音楽を聞きながら。
瑞夏ちゃんの笑顔を思い浮かべながら。
――ずっと。
〈FIN〉
雷鳴のメアリーシェリ― 五速 梁 @run_doc
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます