10 エピローグ

 戸隠山頂に至る道程みちのりは難所の連続である。

 特に山頂直前にある「蟻の徒渡とわたり」と呼ばれる縦走路は幅数十センチしかなく、まるで平均台を渡っているような感覚になる。一歩踏み外せば、千尋せんじんの谷へと落ちてしまう。

 それでもなんとか進み、渡りきることができた。山頂はもう目の前である。

 振り返ると、味之助がよろよろとした足取りで「蟻の徒渡り」を進んでいる。

「あわわ」心細い声を出す味之助だ。

「猫のくせにのろのろしているな、どうしたいつもの威勢の良さは」

「私、何を隠そう、高所恐怖症でして」

 猫のくせに呆れた奴だ。そんなことではキャットタワーにも登れないではないか。

 と、思った瞬間。

 味之助の姿が消えた。


「味之助!」

 見ると、頭上高く、味之助が浮いている。

 その背後からクイーンデキムが姿を現した。

 味之助の首根っこを片手でつまみ上げている。

「お前、生きていたのか!」

「私が死ぬわけがないわ。ちょっと脱出するのに手間がかかったけど。さあ、猫を返してほしければ宝賽を渡しなさい!」

 勝ち誇ったように、クイーンデキムが叫んだ。

「おのれ!卑怯なり!」

「卑怯?悪魔にとって卑怯という言葉はむしろ褒め言葉だわ」

「くそ、どうすればいい」


「渡すしかないわ」

 幽子がゆっくりと言った。

「味之助の命には替えられない」

 俺は悩んだが、幽子に従うことにした。


「わかった、宝賽を投げるから、味之助をこちらに渡せ!変なマネをすると、妹がまたとんでもないものを投げつけるぞ」

「ふふ、物わかりがいいわね」

 俺が宝賽の袋を投げた瞬間、クイーンデキムは味之助を掴んでいた手を離した。

 落下していく味之助に向かって、幽子はあたりの枝木を投げ、いかだのように組み立てて、味之助を救った。


 宝賽を手に入れたクイーンデキムは、高らかな笑いとともに西の空の彼方へと消えて行った。

「うまくいったわね」

「ええ、そのようです」

 幽子と味之助が言った。

「え、どういうことだ」


「クイーンデキムが奪っていった宝賽は偽物よ」

「なんだと!」

「本物の宝賽はここにある」

 と言って、幽子はポケットから小さなサイコロを5つ取り出した。

「いったいどうなってる」俺は困惑した。


「誠に言いにくいことですが、ぼっちゃんはおとりだったのです」

「囮だと!?」

「はい、宝賽が狙われていることは事前にわかっていました。そこで、わざと偽の情報を敵に流し、偽物を奪っていくように仕向けたのです」

「偽の情報というのは……」

「知一郎様がお爺様の後を継ぐという、偽の情報です」

「えええ!しかし遺言にははっきりと俺が跡継ぎだと書いてあるぞ」

「はい、それも含めてお爺様が仕組んだ、敵への罠なのです」

「では誰が後を継ぐのだ」


「それは私なの」

 と幽子が言った。

「お爺様は死ぬ前に私をこっそり呼んで、敵を罠にかける策について話してくれた。その時、跡継ぎは私であると命じたの。ここに本当の遺言書もあるわ」

 幽子は分厚い封筒の包みを見せた。

「それが本物の証拠は?」

「遺言書は動画なの。これはそれを収めたハードディスクよ」

「なるほど。爺さんが遺言を語っているわけか。まあ考えてみると、呪術は遙かにお前のほうが優れているからな、跡継ぎにふさわしいと思うよ」

「ごめんなさい、がっかりさせて」

「しかし本物の宝賽はいったいどこに隠してあったんだ?」


「戸隠ではなくて飯縄いいづなよ。あえて戸隠ではなく、その手前の飯縄山に隠すことで、敵の目から逃れることができたわけ」

「ご協力感謝いたします」

 味之助がぺこりと頭を下げた。

「おまえもグルだったわけか」

「グルとは人聞きの悪い。私はお爺様の遺言に従ったまでのこと」

「わかったわかった、しかし封印紙がQRコードだったりして、ちょっとおかしいとは思っていたんだ」

「あら、QRコードは本物でも使っているわよ」

「マジかよ!」


 俺たちは、戸隠の峰にこだまするほど大きく笑った。

 しばらくはこの国の平和も続きそうだ。

 俺の修行もまだまだ続くけどな。

 

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四鬼知一郎の修行時代 石川つぶ @tontofu

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