9 最終決戦

「おとなしく渡せば、命だけは助けてあげるわ」

 クイーンデキムは、ドラマのテンプレのようなセリフを言った。

「やなこった!行くぞ、味之助」

「合点承知」

 俺は爆速で垂直急上昇し、戸隠山の頂きを目指した。

 と思ったのは、気持ちだけで、実際は身体が金縛りにあったようにまるで動かない。なぜだ。


「なぜ身体が動かないかわからないみたいね。お馬鹿さんはこれだから困るわ」

 そう言いながら、クイーンデキムが近寄ってくる。

「身体が動かないのはね、15のせいなのよ。ここまで来る間に、あなた、15という数字に幾つ出会ってきたの?」


「新幹線座席番号、降水量、蕎麦の値段……」

 俺の代わりに味之助が答えてくれている。

「あら、それだけ? 車のナンバーを15-15にしたり、倒した杉が150本とか、蕎麦店員の名前を十五子とごこにしたりとか、店内のBGMをショスタコーヴィチの交響曲第15番にしたんだけど、気がつかなかったかしら?」

 ちょっと残念そうにクイーンデキムが言う。


「そんな細かいこと気がつくかよ!」

「あらそう。それは残念。とにかく15という数字に出会う度に、あなたの身体は呪いに蝕まれていったの。だからもう動けない。死になさい、ここで」

 クイーンデキムは、懐からナイフを取り出した。

「これは私とあなたを結ぶ最後の15。刃渡り15センチのナイフであなたの心臓を深く突き刺してあげるわ。15センチの痛みをたっぷりと味わいなさい」

 彼女はゆっくりと、ナイフの先端を俺に向けた。

 もはやこれまで。俺は思わず目をつぶった。


 その時である。

 いきなり横殴りの突風が吹き、クイーンデキムの身体が吹っ飛んだ。

 その風圧は凄まじく、山の岩壁にめり込むほど叩きつけられている。


 風が起こった彼方から人影が現れた。

「おにい、大丈夫!?」

幽子ゆうこ!」

 現れたのは、俺の妹の幽子だった。

 

 幽子は俺より遙かに強い呪術を生まれながらに持っていた。

 最大の技は、つむじ風のような突風を巻き起こし、物体をばらばらにしたり、瞬時に組み立てて元通りにすることだ。爺さんはそれをポルターガイストの一種だと言っていた。妹は怒るとしばしば家中のモノを突如空中に浮かばせ、爆発したかのように、ばらばらにしていた。

 クイーンデキムが吹っ飛ばされただけで済んだのは幸いと言えよう。


「おのれ!」

 岩壁にめりこみ気絶したかと思ったクイーンデキムがいきなり襲いかかってきた。

「魔女さん、しぶとい」

 幽子は目を閉じ、念を送った。

 次の瞬間、近くの使われていない古い社の廃材が一斉に浮かび上がり、電光石火の速さでクイーンデキムを取り囲んだ。


「何これ!?」

 クイーンデキムが叫んだ瞬間、材木は彼女を封じ込めながら、社殿の形に組み直された。

 見ると、恐ろしい場所に建っている。遙か頭上の岩壁のわずかな窪みに社殿は埋め込められるように建っているのだ。


「おお!これは投入れ堂の術!」

 味之助が思わず叫んだ。

 これぞ、我らが先祖、役小角えんのおづぬが得意とした、切り立った岩肌に社殿を一瞬で建てる「投入れ堂の術」である。

 

「おにい、今のうちに逃げるのよ!」

「しかし身体が動かない。15の呪いで金縛り状態だ」

「15という数字・・・」

 幽子は少し考えた後、両手で印を結んで唱えた。

「6-1-8、7-5-3、2-9-4」

 数字がすべて唱えられた瞬間、俺の身体は自由を取り戻した。


「なんだ、その数字は!」

魔方陣まほうじんよ。古来から伝わるサトゥルヌス魔方陣。3×3の9つの数字は、縦横斜め、どのラインを合計しても15になるの。つまりそれは15という数字をばらばらに分解することでもある」

 幽子は静かにそう言った。

「なるほど、魔方陣の数字を唱えることで15の呪いを分解し、効力を無くしたわけか。お前、なんでも分解できるんだな」

「そういうこと。さあ、急いで戸隠山の頂きを目指しましょう」

 幽子は俺の手を引いて歩き出した。

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