8 龍の洞窟

 腹ごなしもできたので、元気を取り戻した俺たちは、いよいよ戸隠神社の心臓部である、九頭龍社くずりゅうしゃ、奥社へと向かった。

 杉の巨木並木が2キロも続く参道を用心深く歩いていく。幸いにもクイーンデキムの気配は無い。しかし油断は禁物である。いつどこから襲ってくるかわからない。


「九頭龍の伝説はご存じですか」

 味之助が訊く。

「ああ。戸隠開山の縁起に登場する、九つの頭を持った龍のことだな」

「はい、一説には九つの頭を持った鬼とも言われています。どちらにせよ恐ろしい守り神です」

「まさか、九頭龍社の宝賽には、その龍が封じ込められているのか」

「ええ、そのまさかです。そして奥社の宝賽には巨人が封じられています」


 これはえらいことだ。

 龍と巨人を召喚できる宝賽とは。

 ひとつ間違えば、世界を滅ぼしかねない。

 だが、こんな凄い奴が日本にいたからこそ、これまで西洋からの敵も手出しができなかったに違いない。まさに日本の守り神である。

 同時に、クイーンデキムの狙いもわかった気がした。

 彼女は、この頼りない俺に、龍の宝賽がバトンタッチする瞬間を待ちに待っていたのだ。その好機を掴んで、この国の守り神を滅ぼそうとしているのだ。


 そんなことはさせない。

 なんとしても宝賽を死守しなければならない。



 九頭龍社と奥社は、洞窟の入口に建っている。

 戸隠三十三窟といわれる複雑に絡み合った洞窟群がこの一帯に広がっていて、その第1窟のところに奥社があり、第24窟が九頭龍社である。

 どうやら宝賽は洞窟の中に隠されているらしい。


 俺たちは九頭龍社の洞窟に入っていった。

 味之助はいつのまにかライトを用意している。

 ドラえもんも真っ青な便利猫である。


 洞窟の中は冷たく、アンモニアのような臭いが充満している。

 たぶんコウモリの巣があるのだろう。

 堆積したコウモリの糞がアンモニア臭を発生させているのだ。


 手にしたライトを頼りにしばらく進むと、大広間のような場所に出た。

「おい、幾つかに穴が分かれているぞ。どっちに進めばよいのだ」

「私が犬だったら嗅覚でぴたりと当てられるんでしょうが、猫なんで、よくわかりません」

「警察犬はいても警察猫がいない理由がよくわかったよ」

 途方に暮れて、壁を所在なく照らしていると、ひとつの穴の壁に、白ペンキででかい矢印が描かれている。

「こっちみたいですね」と言って、味之助は矢印に従って進み出した。

「おいおい待てよ。こんなわかりやすい罠は無いだろ。そのまま進めば、飛んで火に入る夏の虫過ぎる」

「いいんですよ、どうせ最後は戦わなくちゃいけないんですから。虎穴に入らずんば虎児を得ずです」

 と味之助は達観した顔で言った。


 俺は意を決して、矢印の方向へ進んだ。

 すると、前方にキラキラ光るものがある。

 光の正体は祭壇に飾られた鏡であった。

 ライトの光が鏡に反射して光っていたようだ。

 目をこらして見ると、祭壇がある空間は意外と広かった。

 祭壇の上には龍の頭を模した石像が鎮座している。


「あの龍の中に宝賽があるのだな」

 味之助に問うと、彼はゆっくりとうなずいた。

「注意してください」

「わかっている。スマホを貸せ」

 俺は味之助からスマホを受取ると、ゆっくりと祭壇に近づいた。

 龍に貼られた封印紙にスマホをかざすと、いきなり龍の両眼が光った。

 そして龍の口が大きく開き、口の中の宝賽を露わにした。

「おい、二つあるぞ」

「ええ、奥社と九頭龍社の宝賽はセットです」


 これは一石二鳥だ。

 俺は二つの宝賽を龍の口から取り出し、祭壇を降りた。

 その時である。

 突如、龍の石像が祭壇の中へと沈みこんで行く。

「ぼっちゃん!早くこちらへ!」

 味之助が何かに勘づいて、叫んだ。


 俺が祭壇から離れた途端、両側の壁から無数の矢が射出された。

「危ない!」

 味之助が叫ぶ方向へ、俺は一心不乱に走った。

 いくつかの矢が身体をかすったが、幸い、射貫かれることはなかった。

「なんだここは!」

「たぶん宝賽を盗むと、龍の石像の重量変化を感知してスイッチが入り、罠が発動する仕掛けなんでしょう」

「なんかそういう映画なかったか?」

「そうですね、『レイダース 失われた聖櫃アーク』ですね!」

 と、そこまで言って、お互い顔を見合わせた。


「ということは・・・」

 急にごろごろという音が聞こえてきたかと思うと、洞窟の天井が割れて、巨大な丸い岩がすべてを踏みつぶしながら転がってきた。

「レイダース過ぎる!」

 俺たちは爆走しながら叫んだ。


 なんとか岩よりも早く、洞窟の出口に辿り着いた時、そこに待っていたのは、黒衣に身を包んだクイーンデキムだった。

「おつかれさま四鬼知一郎。さあ、宝賽をいただけるかしら」

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