7 中社にて

 孔雀の術を使った飛行で、なんとかクイーンデキムの攻撃から逃れた俺たちは、第三の社、中社ちゅうしゃに到着した。

 中社の界隈は旅館や商店が並び、活気がある。

 しかしあいにくの豪雨で、人影は無く閑散としている。

 別に観光に来たわけではないが、少しさびしい気もする。


「もしかして、戸隠蕎麦でも食べたいですか?」

 味之助がにやにやしながら言う。

「蕎麦など食べている暇などないだろ」

「おっしゃる通り。しかしですね、実は蕎麦屋に行ったほうがいいんです」

「なにゆえ蕎麦屋に出向かねばならぬ。すぐにクイーンデキムが追ってくるぞ」

「実は、蕎麦屋に宝賽があるんですよ、やれやれ」

 味之助はもふもふした手で頭を掻いた。

「なに!宝賽がどうして蕎麦屋にあるのだ」


「昔ですね、中社には立派な仁王門があったんです。その中に宝賽を入れた祠を仕込んでおいたんですが、地震で仁王門が倒壊しちまったんです。祠はそのままにしておいたんですが、いつの間にかその場所に蕎麦屋が建っちまったんですよ」

「なんとも間抜けな話だが仕方ない。で、その蕎麦屋はどこだ」

「あそこです」と味之助は、商店街の中の一軒を指さした。

 仁王門屋と看板が出ている。

「ちなみにこの店、食べログでは3.06の評価です」

 味之助がスマホを見ながら言う。いらない情報だ。


 俺たちは仁王門屋の前に立った。入口の両脇には、阿吽あうんの仁王像が二体立っている。まさに仁王門である。

 のれんをくぐり、店内に入る。時間は夕方にかかる頃だったが、先客はいない。

「誰もいないぞ」

「ですねえ。まあせっかくですから、蕎麦でも啜りましょう」

 

 俺はざる蕎麦を注文した。1500円である。またしても15だ。

 味之助はというと、スマホとメニューを見比べながら、おもむろに「蕎麦ソフト」なるものを注文した。蕎麦の実を混ぜ込んだアイスクリームである。口コミで評判が良いからだという。なんともミーハーな畜生だ。

 

 俺は蕎麦を食べながら、注意深く店内を見回した。

 特に変わったところはない真っ当な蕎麦屋である。

 味之助は蕎麦ソフトを一心不乱に舐めている。

「おい、味之助。宝賽はどこにあるのだ」

「宝賽はですねえ、外です」

「外?」

「はい、さっき入口にあった仁王様の中に宝賽を隠してあります」

「なに!」

 俺は思わず蕎麦を噴き出しそうになった。


「外の仁王像にあるのなら早く言え。わざわざ中に入って蕎麦を食う必要などないではないか!」

 俺は思わず叫んだ。

「だって店に入らなければ、蕎麦ソフト食べられないじゃないですか」

 しゃあしゃあと味之助は、口ひげについたアイスを舐めながら言った。

 危機意識より食い意地が優先しているようだ。

 ある意味、肝の据わった猫である。


 勘定を払うと俺たちは外に出て、仁王像を確かめた。

 よく見ると、片方の仁王の背に封印紙が貼ってある。

 味之助は器用に像の後ろに入り込み、スマホで血脈印の画像を封印紙にかざした。

 途端に仁王像の腹が組み木細工が解かれるように割れていき、内部が丸見えになった。からくり人形のようによく出来たギミックだ。

 腹の中には、黄金色をした宝賽があった。

 表面には「中社」の文字が刻まれている。


「こちらの宝賽の効力は、ちょっと変わっています。基本は知恵の力ですが、先読みの能力も備わります。ちょっとした予知能力ですね。相手の考えていることなども読めるようになります」

「つまり、相手の攻撃も事前に予想できるということか。なかなか便利だな」

「訓練すれば、世の中で起きることも予知できますよ。株や仮想通貨で儲けたりすることも可能ですね」

「おいおい、そんな悪用はしないぞ。修験者としてのプライドが許さぬわ」

「はあ。でもお爺様は、この力を使って、ふつうに株売買してましたよ」

「なんだと!」

「まあ使える能力は使う主義だったのでは」


 俺はそれを聞いて、爺さんがろくに働かないまま、なぜ生きてこれたのか、わかった気がした。まあ会社勤めなどしていたら、数多の敵から日本を守れないだろう。

 したたかさという名の強さも、爺さんは身につけていたのだ。

 爺さん、あんた、さすがだぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る