終章

終章

病院、りまの病室。看護師が乱暴に戸を開ける。

看護師「ほら、入って!」

杉三「なんで!」

看護師「はっきり言ったら邪魔なのよ、あなたは!あんな風に怒りをぶつけられても、困るだけなの!」

杉三「りまさんも邪魔なのか!」

看護師「いいえ、りまさんは、まだ傷を治していないから。杉様は、りまさんについていて!」

杉三「いやだ!」

看護師「もう、杉様はこうなるから困る!少しみんなが困ってることを気が付いてよ!」

と、六人の看護師たちは、彼をそこに放置していってしまう。

りまは、ベッドの上に座っていた。彼女の額にも包帯がはめられていた。その上には優の黒い鉢巻がまかれていた。

りま「杉ちゃん、入りなよ。」

杉三「僕、捨てられちゃった。」

りま「全く、肝心なことは見せたがらないものね。あたしが話聞くから、一緒にいよう、杉ちゃん。」

杉三「僕は捨てられたんだ。」

りま「私だって、そうなったようなものよ。だって彼に皮膚をあげたのに、持ってかれちゃったから。あーあ、意味のないことをしたなあ。ほんと、何をしてあげたのだろって感じ。」

杉三「本当だね。」

りま「そう。ああいう人ってさ、プライドだけが、やたらに強いから、そういういい方になっちゃうの。あたしだって、おんなじよ。やりきれないわよ!」

とベッドの上のテーブルを、この上ない強さで思いっきりたたく。

杉三「りまさん。ありがとう。そうやっておんなじだと言ってくれたから、僕は安心した。」

りま「まあ、私は、一回だけにしておくけどね。」

杉三「りまさん大丈夫ですか?」

りま「杉ちゃんこそ。そのしわだらけの顔。」

杉三「優さんの鉢巻、、、。」

りま「なんか落ち着かないのよ。つけてないとさ。」

杉三「そうだよね。」

りま「なんだろ、まだ信じられないな、、、ねえ杉ちゃん、優さん、最期のころどうだった?一部始終見てたんでしょ?聞こえたわよ。看護師さんとけんかしてたの。」

杉三「うん、一時間ごとにガーゼの交換していたけど、意識のないのをいいことに、すごい乱暴に包帯取ったり、点滴取ったりしてた。ガーゼ取るとか、言い方つっけんどんだった。優さんが、高い熱を出したのにも、なかなか気が付かなかったんじゃないかな。」

りま「そうか、それで怒ったのか。」

杉三「結局、意識のないまま逝っちゃったなあ。せめて、その瞬間に立ち会いたかった。」

りま「ああ、それも叫んでたわね。」

杉三「ねえ、りまさん、優さんってなんのために生きてきたのかなあ。」

りま「そうね、」

杉三「馬鹿にされるためだったのかな。歴史的なことって言ったら、それは変えられないかもしれないけどさ、でも、なぜ、いつまでも汚い人と、最期の最期まで汚い人と言われなければならなかったのか。僕はわからないよ。。革を使うのに、においがするんだったら、何か対策をとるという方法に、なぜ当時の人は向かわなかったのか。」

りま「私、前にも言ったかもしれないけど、あの人よりましと思うことが、必要なこともあるから。」

杉三「もちろんそういうこともあったかもしれないけど、、それだけじゃないような気がするんだ。みんな、生活が苦しかったら、なんで分かち合うということはしなかったのか。僕はそれが不思議でならない。」

りま「分かち合う?」

杉三「確かに普通の人でも生活が大変だった時代はあったと思う。でも、それを分かち合うことはなぜないんでしょうね。よく、りまさんも言っていたけど、生きているのがつらいのは、同じ経験をした人に会わないとよくならないんでしょ。それなら、なぜ、江戸の人はそうしなかったのだろう。それってのは、どんな身分でもできると思うんだよね。別に身分を超えなくたっていいんだよ。同じ階層の中にしか入れないんだったら、その中同士でさ、分け合うってことはしなかったんだね。みんなだれだれと比べて、誰よりも優れていて、誰よりも劣ってる。でも誰よりはまし。じゃあ、その誰っていう人は誰?それが、優さんのような人だったんだ。」

りま「そうね。今の時代も変わらないわよ。学校でそうやって教えるんだから。常に誰かと比べて誰より優れていて、誰より劣ってる。その比べられるための作業は本当につらいことなのに、それを口にしてはいけない。定期試験を見ればわかるでしょ。そんな教育だから、思いやりをもってなんて教えても、定着するはずがない。私、教師になってそれを知ったの。

すごいショックだっだ。」

杉三「優さんは、単にそういう汚い人たちが、自分はこの人よりましだって思わせるための、道具だったんだね。そういう人生しか歩けなかった。僕はここにいるなんて、絶対言えなかっただろうな。そういう人生って誰がつくるんだろ。なんか、人生とか運命とかって、だれも作ってないように見えるけど、人が作ったもののほうが、本当に多いような気がする。そして、それって、誰も潜り抜けられない気がする。」

りま「そうね。そういう人っていっぱいいるのかもしれない。大事なことは、そういう人がいるって知ってることじゃないかな。誰かのおかげで誰かが作られたってことをね。そして、そういう風になった人たちのおかげで、今があるって知ってることなのかもね。」

杉三「そうすると、どうなるかな。」

りま「少なくとも、今よりもましな社会になるんじゃない。」

杉三「なかなか、できる人はいないけどね、それは。」

りま「知ってる人だって、きっと一握りしかいないんじゃないの。」

杉三「ほんとうだね。特に偉くなればなるほど、この事実を知らない。馬鹿と呼ばれる人のほうが知ってる。でも、本来はみんなが知ってなきゃいけない。でも、学校は百害あって一利なしで、そういうことを知っている人を、作ることはできない施設だよね。」

りま「杉ちゃんも、すごいこと平気で言うのね。あたし、なんか、正直に言うとさ、なんか生きようと思えなくなったの。だって、これからやろうとしてたことがね、あの人が亡くなったおかげでみんなできなくなっちゃったもの。まあ、教師ってのは、隠すのが得意だったからこういう強気な姿をしてるんだけどさ、本当は、私だって泣きたいわ。だって、私があの人に皮膚をあげたのに、それが、化膿して壊死するなんて、なんていうずさんな管理だったのかしら。」

杉三「きっと、あの汚い人に、みたいな意識があったんだと思う。体を触るのも汚いと思っていたんじゃないの。」

りま「そうそう。単に勤務時間がきついから、看護師ってのはきついんだと思っていたけど、そうじゃなくて、あの人は汚い人と勝手に定義しちゃって、いやだいやだって言いあっていたのかもね。私、実際に盗み聞きをしたわけじゃないからわからないけど、もしかしたらそういっていたのかなあ。」

杉三「僕は、亡くなるまで見ていたが、みんないやそうだったもの。看護師さんたち。どっかの病院で人間は平等だとスローガン立ててたけど、嘘ばっかり。どうして、こういう分野の人ってのはそうなりやすいんだろう。優さんもああいう風に扱われて、さぞ、痛かっただろうな。」

りま「いたかったと思うわよ。」

杉三「だから、そうやってずさんだったから、逝ったんだよ。きっと。」

りま「何が大事なのか全くわかってないわ。」

杉三「そう。人を相手にする人ってそうなるよね。なんか知らないけどそうなる。天狗になるのかなあ。なんでかなあ。」

りま「本当、そうならない人を探しに行くのが大変。」

杉三「そうならないようにすることはできないかな。」

りま「そうならないようにする?」

杉三「うん、ひとより優れている、ひとより劣っている、人よりましだ、そういう気もちを持たないようにするために、、、。伝えていけないかな。その考えがあるから、こうして犠牲になる人が後を絶たないじゃないか。劣等感のせいで、若い人がどんどん亡くなっていく時代だから。僕は、彼が生きていたら、劣等感に負けない方法を伝授してもらいたかった。」

りま「そうね、ま、学校では無理ね。学校はそういうところを教えるどころか、作っていく場所だもん。」

杉三「百害あって一利なしだもんね、学校は。とりあえず、そういうところでは無理だから、それ以外の形でさ。何かないかな。言葉でいくら言ったって駄目さ。言葉なんて口から出たらもうなくなるからさ。今言った言葉だって、機械を使わなきゃ記録できないし。だから機械に頼らないで、すぐに手にとって、必要な時に取り出せて、大事に保管しておける。そんなやり方ってないもんだろうか。それに、機械は壊れたら全部なくなっちゃうし。」

りま「杉ちゃんの言いたいことはわかった。」

杉三「わかったの?」

りま「本を一冊書く。それしかないと思う。だって、本だったら、杉ちゃんが言ってくれた条件を全部飲むわ。機械は確かに記録はしてくれるかもしれないけど、壊れたら一貫の終わりだしね。本は、ページを破られることもないし。それに、本箱があれば、保管しておけるし、機械よりも安い値段で入手できるし。それに、本から読んだデータのほうが、機械よりもすんなり頭にはいるらしい。」

杉三「僕は文字を読めない、、、。」

りま「大丈夫!朗読してもらえば杉ちゃんでもわかる。朗読サービスという商売だってあるのよ。図書館に行ってみなさいよ。代理で読んでくれる人が必ずいるから。」

杉三「なるほど、僕はそれができないから、思いつかなかったんだ。彼が、バラックに住んでいたこと、机もなくてリンゴ箱を代用していたこと、スマートフォンも持てないこと、えったぼしと呼ばれて、いろんな人から馬鹿にされていたこと、でも、そのかわりカバンつくりは誰にも負けない。そういうところをありのままに書いてもらいたいよ!」

りま「そうそう、杉ちゃんも読めないって決めつけないでね。読めなかったら読んでもらえばいい。決めた!本を書く!書いて見せる!」


一方。

看護師が、優の遺体を運ぼうと、近づいてくるが、

看護師「この人か、、、。」

看護師「なんか、、、。」

と、触るのに躊躇していて作業は進まない。

院長は苛立っているらしい。

池本院長「こうなったら、手伝いますよ。もたもたしてないで、早く作業を。」

蘭「いや、それをしたって同じですよ。看護師さんの態度を見ればすぐわかる。仕方ないことかもしれないけど、歴史的な事情ですからね。」

懍「それよりも、彼をどこへ葬るかも決まっていない。今、自由霊園に問い合わせてみましたが、すべて断られてしまいました。彼の職業を口にしただけでもうだめになりますね。

ここに遺体をおいておくわけにもいかないでしょう。ご迷惑にもなりますし。」

蘭「そうですね。最期の手段として、杉ちゃんの家の近くに住んでいる、庵主様に電話してみたらどうでしょうか。僕は、なかなか接したことはありませんが、杉ちゃんはとても仲良しだったようです。」

懍「番号は何でしょう?」

蘭「えーと、これですが。」

とスマートフォンを出す。

懍「わかりました。かけてみます。」

蘭「教授、でも宗派など合致しないと難しいのでは?」

懍「いえ、そういっている暇はありません。」

番号をメモ書きし、自身のスマートフォンで電話をかける。

そこへ、外に出ていた水穂が戻ってくる。

蘭「お前、どこへ行ってたんだよ。」

水穂「公園だ。これを作らせてもらった。優さんの勝利のしるしだ。院長、彼にこれをつけさせてください。」

院長「許可しましょう。」

水穂は、黙って遺体にかかっていた布を取る。額は、清めることもままならなかったらしく、茶色の液体がにじみ出ていて、なんとも悲惨な状態である。

水穂「手拭いを貸してください。」

看護師が恐る恐る持ってくると、水穂はそれを丁寧に水で濡らし、彼の体を拭き始めた。

額は、まるで人面層のようにおぞましく、時にはガーゼの一部が残っており、本当に乱雑に扱われていたことをはっきりと示していた。着用していた経帷子もきちんと着つけられていなかった。

蘭「ひどいもんだ。これが人間か。これが原因で逝ってもおかしくないほどひどい。」

水穂「これが、人種差別のなれの果てか。」

水穂は、乱れた経帷子もきれいに着せなおし、最期にもう一度額を拭いてやり、そこへ制作したシロツメクサの冠を付けてやった。

水穂「もう、黒い鉢巻は必要ないからな。」

懍が蘭たちのほうを向く。

懍「すぐに来てくれるそうです。葬儀屋さんも連れてきてくるようですよ。せめて、最期だけは、僕らできちんと送ってあげましょう。」

蘭「杉ちゃんは、もう泣き止んでますかね。」

水穂「りまさんが一緒だから、何とかなると思うけど。」

蘭「そうだといいんだけどね。きっと、この額の傷を見たら杉ちゃんは、泣くどころか発狂してしまうような気がしたから、とりあえずりまさんの部屋に行ってもらったのだけど。」

水穂「看護師さん六人ががりで運んでったね。まるで、罪人でも運んでいくみたいにね。」

懍「僕が見に行ってきます。」

と、部屋を出ていく。


りまの病室。ドアが開いて、懍がやってくる。

懍「杉三さん、優さんの遺体を葬儀場まで運ぶけど一緒に行きます?」

杉三「いく!」

りま「私も一緒に行きます!」

懍「いや、よしたほうがいいでしょう。りまさんも、傷があるんですから。」

池本院長「特別に許可しますよ。連れて行ってあげてください。ただ、頭をあんまり激しく動かすのはだめですよ。」

りま「わかりました!」

懍「こちらにいらしてください。」

と、静かに二人を誘導して、先ほどの部屋に入る。

蘭「りまさん、大丈夫なんですか?」

りま「大丈夫!お見送り位ちゃんとやる!」

尼僧「じゃあ、納棺の儀をしましょうか。」

納棺士が優の遺体を持ち上げようと近づくが、一瞬躊躇した。

尼僧「仏教では、穢れた人間でも救われなければいけないのです。ですから、彼の出身階級がどうのこうので、もめる必要はありません。きちんと納棺してくださいね。」

尼僧の顔は厳しかった。それを見て、全員は、救われた気がした。

杉三「庵主様、本当にありがとう!そうやって言ってくれたひとは、庵主様だけですよ。この人、ろくでなしとか、えったぼしとか、そういう風に呼ばれて、さんざん馬鹿にされて、亡くなるときまで、ちゃんと扱ってもらえなかったんだからね!」

蘭「ああ、またなく。」

水穂「かえって止めないほうがいいよ、蘭。こういう人は止めると逆効果になるぞ。」

納棺士が遺体を静かに棺に納めた。

杉三「優さん、もう人種差別なんてされないだろうな。いくらなんでも、イスラム教じゃないんだからな。よく、イスラムの人は、第七天国とか言って、あの世には階級があるっていうけどさ、少なくともここでは、、、。」

尼僧「大丈夫、杉ちゃん。仏教では、みんなが救われるのが最終目的なんだから。親鸞聖人は、悪人も救われることが、仏教の願いだと説いたのよ。だから、大丈夫。」

杉三「よかった!そうなればもう、人種差別なんてされないんだ!」

尼僧「そうよ、仏教ではみんな平等でみんな同じなの、ただ、持っていくところ、目の付け所が違う、それだけのことよ。だから、階級なんて関係ないの。大丈夫よ。」

杉三「そうか!やっと優さんも、安定した生活をもらえるだろうか?」

尼僧「ええ。もちろん。誰でもそうなるように、願うのが、生き残った人たちの仕事ね。」

杉三「はい!」

と、涙を腕で拭く。

蘭「よかった、やっと泣き止んでくれた。」

懍「こうしなきゃそうなれないっていうところが、悲しいところですね。」

棺がストレッチャーに乗って、病院を移動し、正面玄関を通り越して、葬儀社の車にのり、

静かに病院を後にする。

懍「遺体の引き取り手もなく、菩提寺もないので、急遽、庵主様に頼み、近隣の納骨堂へお願いしました。幸い、それが近くにあったからよかったようなものです。もしこれが江戸時代だったら、菩提寺がないわけですから、遺体のまま放置されて、カラスのエサになるしかできなかったでしょうね。自由霊園でも、全部だめでした。こういう人と、一緒にいるだけでも嫌なんでしょうね。」

蘭「そうですか、、、。そんなに、深刻だったなんて、知りませんでしたよ。」

水穂「そうなるしかないっていう人もいるんですよね。きっと、どこの国でもいるんじゃないですかね。ただ、知らないだけで。」



数日後、りまも退院することになった。

りま「本当にありがとうございます。」

と、院長に一礼する。額には多少傷跡があるが、無事に皮膚は再生したらしい。

院長「ご協力ありがとうございました。」

りま「ええ、この顔になったわけですから、少なくとも結婚する確率はぐっと減ったでしょうね。」

院長「すみません。」

りま「ま、いいか。じゃあ、長い間お世話様でした!」

と、荷物をもって、そそくさと病院を出ていく。

そのまま彼女は文房具店へ歩いて行った。文房具店のドアを乱暴に開け、

りま「おじさん、原稿用紙ある?とりあえず百枚ほしい。あ、もっと必要になったらまた買いに来るから。」

店主「そんなにたくさん何に使うの?」

りま「書くからに決まってるでしょ。そのための原稿用紙じゃないの。」

店主「はいよ。」

と、原稿用紙をひと箱、彼女に渡す。


りまの自宅マンション。

部屋には、優が使っていた、リンゴ箱が置いてある。そのリンゴ箱の上にりまは原稿用紙をドスン!と置き、正座で座る。

カバンの中からスマートフォンを取り出す。アルバムのアプリを立ち上げると、革でカバンを制作している優の写真。こっそり撮影していたものであった。

さらに、優の黒い鉢巻を取り出して、額に巻き、

りま「新しい出発!」

と、鉛筆を取って、書き始める。


終わり





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杉三長編 Fragile 増田朋美 @masubuchi4996

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