7-4 白雪姫は眠りにつく
それから二週間後の午前十時、レイテはやって来た。二週間前と同じように頬を真っ赤に染めて。
出迎えもまた前回と同じように人間の姿になったプーヴァである。
彼女は外套と帽子をプーヴァに託すと、彼が誘導する前にずんずんと部屋の奥へ進み、二週間前と同じようにテナの向かいの席に座った。そして、待ち切れないと言わんばかりに、テーブルの上に置かれた桃色の液体の入ったグラスを爛爛とした目で見つめている。
説明する前に飲まれては敵わないと、テナはそのグラスを自分の方へ引き寄せた。案の定、レイテはなんだかがっかりしたような顔をしたが、それでもまだグラスから目を離さない。
「ちょっと落ち着いてよ。こっちにもいろいろ段取りってもんがあるんだからね」
テナは呆れた声でそう言うと、彼女に奪われないようにしっかりとグラスをつかんだまま話し始めた。
「まず、この薬を飲んだら、飲む前の身体には戻れない。それでも良い?」
「もちろんです! だから早く、その薬をください!」
レイテは目を見開いた状態で何度も何度も頷き、早く寄越せとでも言いたげに手を差し出した。
「落ち着いてってば。その覚悟があるんなら、これは必ずあげるって。ただ、まだ注意事項があるの。それを守らないと叶うものも叶わなくなるわよ。それでも良い?」
少しきつめの口調でそう言うと、レイテは出した手をさっと引っ込め、行儀よく膝の上に置いた。
やっとゆっくり話せる状態になったと、テナは安堵の息を吐いた。それでも油断は出来ないので、手はグラスに添えたままだ。
「まず、この薬はね、すっごく苦いの。それも覚悟してね。どれくらい苦いかっていうと、もう死んじゃうくらい」
「――え? 死んじゃうくらいって……。まさか、本当に死んじゃうってことはないですよね?」
レイテは引き攣った笑みを浮かべた。
「ううん、死んじゃうよ」
それにテナは平然と答える。
「そんな……! 死んじゃったら意味がないじゃないですか! やっぱり魔女は魔女ね!」
立ち上がり、真っ赤な顔をして声を荒らげたレイテに、テナは冷ややかな視線を向ける。
「そりゃあたしは魔女だけど……。あのさぁ、話は最後まで聞いてくれない? 何も死にっぱなしとは言ってないんだけど?」
「どっ……どういうこと……?」
レイテはまだ少し興奮が残りながらも、椅子に座り直し、何度か荒い呼吸をした。
「仮死状態になるのよ。それで、王子様のキスで生き返るってわけ」
テーブルの上に頬杖をつき、面倒くさそうにそう話すと、途端にレイテの目が輝きだす。
「な、何よ、それならそうと早く言ってちょうだい! 王子様のキスで生き返るなんて、まるで白雪姫ね。素敵だわ。私、白雪姫って大好きなの!」
急に態度を変えたレイテにテナは若干引きながらも、これが自分の勤めだと懸命に言い聞かせた。
「で、ここで飲んでもらうから。だって、何やらおかしな薬を飲んでいきなり死んじゃったら、ご家族が心配しちゃうでしょ?」
「それもそうね……。ということは、ここに私の王子様が来てくれるってこと?」
「もちろん。あなたにぴったりの相手はその薬が呼んでくれる。安心して、何十年も待つ、なんてことはないから。飲むなら、あたしのベッドを貸してあげる。あちらの部屋へどうぞ」
テナは最後の力を振り絞って笑顔を作ると、左側のドアを指差した。レイテはほとんど走るようにその部屋へ向かった。
テナのベッドに座ったレイテはその状態でぐるりと部屋を見渡すと、がっかりしたようにため息をつく。
「王子様に出会うのがこんな狭い部屋だなんて……」
「狭い部屋で悪かったわね。ご不満なら雪のベッドでも良いのよ。あそこだったら広くて快適なんじゃないかしら。もっとも、王子様が来る前にカチコチに凍っちゃうと思うけどね」
冷たい目で見下ろすと、レイテは必死に愛想笑いを浮かべながら「冗談よ」と言った。
さっさと王子様とやらに引き取ってもらわないと、と思いながらテナはグラスを手渡す。
「一気に全部飲むのよ。苦しいのは少しだけ。倒れる時に服が乱れたらお情けで整えてあげるわ」
そう言ってグラスを手渡すと、レイテはひったくるようにしてそれを奪い、一度深呼吸をして目を瞑ると一気に飲み干した。
ほんの数秒、喉や胸をかきむしるようなしぐさをしたが、その爪が皮膚に傷をつける前に、レイテはぷつりと糸が切れたように後ろに倒れてしまった。
テナは約束通り、少しめくれ上がったスカートを直してから、部屋を出た。
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