7-3 客人のお悩み相談
テナの向かいに座った女性はしばらくもじもじと俯き加減であったが、目の前にいるのが自分とさほど変わらないような若い女性であることに安心したのか、ちらちらと彼女の顔を伺うようにして少しずつ顔を上げた。
「別にプーヴァを待たなくても良いからさ、あたしに何か話があるんなら、話してよ」
テナはキリの良いところで終えた編み物を丁寧に籠の中へ入れ、いまだもじもじとしている女性の顔をじっと見つめた。
女性は、はぁ、と気の抜けたような声を発したが、それでもまだその一歩が踏み出せないようで、自分のスカートをつまんでまるでもみ洗いでもするようにいじっている。
「まぁまぁ、テナ。話しづらいことなんだよ。ここに来る人はみんなそうでしょ」
優しい声をかけながら、三人分の飲み物とお茶請けのクッキーをトレイに乗せて、プーヴァがのそりのそりとやって来る。ついのそりと歩いてしまうのは、白熊の癖が抜けきっていないからだ。
「まずは、お茶をどうぞ。ここまで来るの、大変だったでしょ」
プーヴァがそう言いながら紅茶とクッキーを置くと、女性は視線を逸らして控えめにぺこりと頭を下げた。ほんの少し頬が赤く染まっている。おずおずとカップに手を伸ばし、ゆっくりと口をつけ、ほぅ、と息を吐いた後で、ぽつりぽつりと話し始めた。
***
私、あっ、ええと、まず、名前はレイテといいます。
あの……、私、もうすぐ十九になるんですけど、その……まだ恋人とか出来たことがなくて……。
――じゃ、恋人が欲しいってことでオッケー?
――ちょっと、テナ。話をまとめ過ぎだよ。ごめんね、続けて?
あ、はい……。
私には、幼馴染がいて……、アンジっていうんですけど、たぶん、いえ、絶対、彼は私のことが好きなんです。
――あら、ちょうど良いじゃない。じゃ、その、アンジって人とくっついたら?
――だから、テナ。勝手にまとめちゃダメだよ。もう少し聞こうよ。ごめんね、レイテさん。
いえ、良いんです。
あの、その、彼の好意っていうのが、ちょっと重たすぎるというか、異常なんじゃないかって思うんです。
――たとえば?
たとえば……、毎日、手紙が送られてくるんですけど、内容が私を過剰に褒め称える感じで……。最初はちょっと嬉しかったんですけど、最近では私がどこで何をしていたかなんてことも書かれていて、だんだん気味が悪くなってきて……。
それに、私がどこにいても、偶然を装って必ず現れるんです。おかしくないですか?
それなのに、私の家族は彼をとても気に入っていて、結婚を勧めてくるんです。きっと彼の家が資産家だからなんです。最近では夕食に招こうとまでしていて……。
私は、アンジなんて絶対に嫌です!
――でもさ、そんなに悪い人じゃない気がするけどなぁ……。
――そうよ。その人逃したら、そのまま行き遅れちゃうかもよ?
――こら、テナ。そういうことは言うもんじゃないよ。
――だってさぁ、結論がなかなか出ないんだもん。何? そのアンジって人をあなたに近づけないようにすれば良いわけ?
違うんです。せっかくここまで来たんですから、お願いをそんなことに使うのはもったいないです。
どうせなら……その……。
――その……?
あの……、私の王子様を見つけていただきたい、というか……。運命の人に出会わせてくれるような、そんな魔法があれば……。
――はぁ? そんな都合の良い魔法があるわけないでしょ。
――まぁまぁ、テナ。落ち着いて。
ないんですか……?
――ないよね、プーヴァ? そんな都合の良い薬なんて……。いや、ちょっと待って……。プーヴァ、ちょっと耳。
――え? あ、ああ。それはあるよ。でも、それで良いの?
――それが、良いのよ。ねぇ、あなた、レイテさんだっけ。あなたにぴったりの薬があるわ。ただ、出来るまでに二週間はかかるのよね。待てるんなら、二週間後の午前十時にまた来てちょうだい。
あるんですね? 私が運命の王子様に出会えるような、そんな魔法が。
待ちます! 二週間くらい、何てことないわ。それまで徹底的にアンジを避けなくちゃ。ありがとうございます!
***
来た時とは打って変わって晴れやかな表情を浮かべて、レイテは小屋を出て行った。
プーヴァは半分以上残された紅茶とまったく手が付けられていないクッキーを残念そうに見つめる。
「そのクッキーはあたしが食べる」
そう言ってテナはトレイの上からサッとクッキーを回収する。
「こんなに美味しいクッキーを食べないなんてどうかしてる、あの子」
つんと澄ました顔でさくさくとクッキーを食べるテナに、プーヴァはにこりと笑って頷くと、やっぱりテナはわかってくれてるなぁと嬉しく思いながら、クッキーだけでは喉が詰まるだろうと、お代わりを注ぎにキッチンへ向かった。
「ねぇ、テナ。本当にあの薬でよかったの?」
やかんを火にかけ、奥まったキッチンからひょっこりと顔を出す。テナは首だけを覗かせているプーヴァに一度ギョッとした顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「良いに決まってるじゃない。ねぇ、プーヴァ。あたしやかん見ててあげるからさ、ちょっと家の周り見て来てくれない?」
「え? 良いけど……。どうして?」
テナは皿の上のクッキーを一つ咥えると席を立ち、キッチンの方へ向かう。そして、少しだけ声のトーンを落とした。
「彼女の話が本当なら……」
プーヴァは少し怪訝な顔をしていたが話を聞くうちに得心がいったようで、外套をさっと羽織り、急いで外へ出た。
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