4-終 夜の雪を眺めて
「テナ、もうそろそろ寝ないと」
プーヴァはじっと窓の外を見つめているテナに声をかけた。
何か面白いものでもあるのだろうかと身を屈めて彼女の視線の先を探ってみるが、見慣れた銀世界が広がるばかりで目新しいものは何もない。
「ねぇ、テナったら」
そう言って今度は彼女の顔を覗き込んでみたが、そこでやっとプーヴァの存在に気付いたかのように「どうしたの?」と言った。
「どうしたの、はこっちの台詞だよ。僕、さっきから声をかけてたのに。何か考え事でもしてたの?」
「別に。雪が綺麗だなぁって見てただけだよ。ずっとここで暮らしてるけど、この景色って飽きないね」
つい一時間ほど前から降り始めた雪は、あっという間にプーヴァの足跡をすっぽりと覆い隠してしまっていた。それでも自分が歩いた跡はわずかにくぼんでいる。月明かりと窓から漏れる光に照らされたその景色は確かに美しいと思った。
「ねぇ、テナはさ。もっといろんな景色を見たいって思ったことはないの?」
プーヴァは弱まってきた暖炉に薪をくべ、テナの椅子を運んで彼女に勧めた。テナは窓を見つめたまますとんと腰を下ろす。それを確認してから自分の椅子をその隣に置き、座った。
「いろんな景色って? プーヴァがいつも行ってるゴラゴラの街?」
「ううん、まぁ、あそこでも良いけど、同じ冬の国だもの。人がいるだけでここと大して変わらないよ。そうじゃなくてさ。海の向こうとか」
「海の向こうって……?」
「僕ね、地下室の世界地図で見たんだ。海の向こうには、一年中雪が降らない国があるんだよ。それから、季節がきちんと順番に変わっていく国もあるんだ」
プーヴァは大きな身振りで興奮気味に話す。
「でも、そんなところに行ったら、プーヴァは溶けちゃうんじゃない?」
そんなプーヴァに水を差すかのように、テナは意地悪く片目をつぶって見せる。
「そりゃ……そうかもしれないけど……。でも、僕は行けないから、大丈夫!」
「行けないなら大丈夫じゃないわよ」
「だって、行くのはテナだもん。僕じゃないもん。だから大丈夫」
プーヴァは腕を組んで、深く頷いた。
「この調子で年を取っていけばさ、きっとマァゴの箒で海の向こうまで飛んで行けるよ」
「だから、何であたしがプーヴァを置いて海の向こうに行かなくちゃいけないのよ」
テナはプーヴァの腕に手を掛けて、それを解こうと力を入れた。当然彼女の力で動くわけもなく、彼はさも彼女に解かれてしまった、という体でしぶしぶ腕組みを解除する。
「あたしはね、この国が好きなの。この景色が好きなの。そして、この小屋が好きなのよ!」
テンポよくそう言うと、今度はテナが腕を組んで深く頷いた。
「それに、ここにいないと、プーヴァの料理が食べられないでしょ。プーヴァが一緒にいないんだったら、あたし、どこへも行く気はないわ」
「じゃ、僕が一緒なら、どこへでも行くってこと?」
プーヴァが、小首を傾げてそう言った。
この言葉でテナは自分の失言に気付いたようで、頬を真っ赤に染めて勢いよく立ち上がると、何か言いたそうに口をパクパクさせていたが、結局何もしゃべらないまますたすたと寝室へ引っ込んでしまった。
突然の行動に呆気にとられ、寝室のドアを凝視していると、急にその扉が開き、ひょっこりとテナが顔を出した。そして一言、
「おやすみ」
とだけ言って、また扉は再び閉じられた。
そのドアはもうそれきり開くことはなく、プーヴァはやれやれ、と少し苦笑して、椅子を片付け、暖炉の火の番をしながらその場にごろりと横になった。
白熊だというのに、まさか暖炉の前で寝るようになるなんてな、と彼は思った。
もしかしていまの自分なら、海の向こうの雪の降らない国に行っても大丈夫なんじゃないだろうかとまで考え、さすがにそれは、と笑った。
外の雪は止みそうにない。
明日は早起きして雪かきをしなくちゃな。そう思いながら目を閉じた。
――客人No 5 再びやって来た男 に続く
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