2-2 無礼な客はお断り

「あのぉ、あたしに何か御用でぇーすかぁー?」


 そっちがその態度なら、とテーブルにわざと肘をついてだらしなく問う。女性は催促してもお茶が出てこないことに苛立っている様子だったが、テナのその態度でさらに気分を害したらしい。


「あなたに用はございませんよ! わたくしはね、ここに住んでいらっしゃる『魔女様』にお願いがあって来たの! わかる? ここから二十キロも離れたリコリコの村から! わざわざ! この、わたくしが!」


 女は話せば話すほど怒りが増幅していくのか、どんどん語気を荒げていった。



 やれやれ、またか。



 テナはそう思って小さくため息をついた。



 どうしてあたしみたいなうら若き乙女が魔女じゃダメなのよ。

 今度から『私が魔女です』と書いたプレートでも首からぶら下げようかしら。

 ていうか、「このわたくし」ってどこの私よ。アンタ誰?



「あなた、聞いてらっしゃるの? 早く『魔女様』を連れて来て頂戴!」


 あーもううるさいなぁこのおばさん、と心の中で言ったつもりだったが、それはどうやら口から洩れてしまっていたようだった。目の前の女性は顔を真っ赤にしてわなわなと震え、いまにも憤死しそうである。


「あーら、ごめんあそばせ。ついつい本音が出ちゃいましたわオホホホホ」


 慌てて自分の考え付く『上品な言葉』で謝罪したつもりだったが、それも火に油のようである。


「ひっ……人を馬鹿にしてっ……! 薄汚い小娘が! わたくしを誰だと思っているんです!」

「えーと、どなた様でしょうか。あたしは確かにあなたみたいな小綺麗な恰好はしてませんけど、これは魔女のしきたりだから仕方がないんでございますことよぉ?」

「はぁ? 魔女ぉ?」

「そうです。残念ですけど、あたしがあなたがさっきから連れて来いって言ってる『魔女様』ですの。ごめんなさいね、しわくちゃの婆さんじゃない薄汚い小娘でオッホッホ」


 テナは頬杖をついてわざとらしく顎を突き出し、嫌味たっぷりにそう言ってやった。あれだけの啖呵を切った手前、引くに引けないのだろう、女性は気を落ち着けるためか二度ほど大きく呼吸をした後で、「どうにも信用出来ないわね。何か証拠見せなさいよ」と言った。


 別にこの人に信用されなくても良いし、とテナはため息をついて立ち上がり、すたすたと扉の前まで行くと、無言でそれをガチャリと開けた。天気が良いといっても、外の気温はマイナスなのだ。温かい部屋へ容赦なく冷気が入り込んでくる。


「あたしは別にあなたに信用されなくたって良いの。メリットなんて一つもないんだし。感じの悪い人のお願いを聞く義理はございませんから、お帰り下さい」


 小屋の外には立派な二頭立ての馬車があり、御者が寒さに身を震わせていた。


「んまぁっ!」


 女性はまさか自分の申し出が断られるなど露ほども想定していなかったようで、真っ赤な顔でそう言うと、どかどかとわざと大きな音を立てて移動し、キッとテナを睨みつけると、ふん、と鼻を鳴らして馬車に乗り込んだ。御者はテナに何度も頭を下げると、女性に命じられるまま馬車を走らせた。おそらく、ここから二十キロ先にあるというリコリコの村へ帰るのだろう。


「もう来るな!」


 テナは白い息を吐きながら、小さくなっていく馬車に向かって叫んだ。





 プーヴァが大量の荷物を抱えて帰って来たのは、それから二時間ほど後のことである。


「お客さん来たんだ」


 プーヴァは玄関の前の足跡を見て、言った。極度の出不精であるテナが外へ出るわけがない。だから、この足跡は客人の物だと推察された。


「来たけど、追い返した」


 テナはぶすっとふくれっ面で、膝を立てて座り、黙々と編み物をしている。


「追い返しちゃったの? どうしてさ」


 買ってきたものを保冷庫や貯蔵庫へしまいながら、驚きの声を上げた。



 テナは確かにお茶も淹れられないけど、おしゃべりでもして僕が帰って来るのを待っててくれたら良かったのに。



 などとはまさか言えなかったが。


「ねぇ、あたしみたいな若い魔女って変なのかなぁ」


 あれ、質問してるの僕の方だったと思ったんだけどなぁ、とプーヴァは思ったが、テナがこちらの話を聞かないことなどいつものことなので、それはぐっと飲み込んだ。


「変かどうかは僕にはわからないけど、でも確かに街の人もこの森に住んでる『テナ』っていう魔女はしわくちゃのお婆さんだと思ってるみたいだよ」


 それがきっと『一般的なイメージ』ってやつなんじゃないかな、と付け加えて、いまだ納得しきれていないテナのご機嫌を取るためにプーヴァはミルクパンを取り出した。保冷庫にしまったばかりの牛乳をその中へ注ぎ、火にかける。ハチミツ入りのホットミルクでも飲ませれば、きっと少しは落ち着くに違いない。そう思いながら。


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