2-3 今度は娘が来た
その不躾な女性の娘だと名乗る女性が、テナとプーヴァの小屋を訪ねてきたのは、それから二日後のことであった。
この日は風こそ弱かったが、朝からずっと雪が降り続けていた。
プーヴァは憂鬱な気持ちで窓の外を見た。
彼は白熊なので、寒さや雪には人間よりもずっと耐性がある。むしろ、大好きだ。しかし、雪かきという作業だけは別だ。あのテナが手伝ってくれるわけもないので、雪かきもすべて彼の仕事なのである。
そして、雪かきの厄介なところは、一度きれいにしたらそれで終い、というわけではないという点である。雪が降り続く限り、小まめにかいていかないと、この小屋から出られなくなってしまうのだった。
雪遊びは楽しい、だけど、雪かきはちょっと面倒くさい。そう思うプーヴァであった。
そろそろ三回目の雪かきをしようかな、とプーヴァが腰を浮かせた時、扉をコンコンと叩く音が聞こえた。黙々と編み物をしているテナをちらりと見ると、早く出なさい、とでも言わんばかりに顎をしゃくってくる。
はいはい、と余計な返事をしながら、扉に手を掛け、いつものように『自分は人の言葉を話せる特別な白熊です。怖くないです』というメッセージを込めて、ハキハキとした声で「いらっしゃいませ」と言った。
扉を開けると、若い女性が立っていた。彼女はプーヴァの姿を一目見るなり、目を回し、その場に倒れてしまった。それを慌てて受け止めると、彼は、大きなため息をつきながら部屋の中へ彼女を運んだ。
運ぶ前に雪を払えば良かったと思ったが、自分の力でそれをやろうと思えば、手加減したとしてもきっと怪我を負わせてしまうだろう。仕方なく、テナに乾いたタオルで丁寧に拭いてもらうことにした。
「ねぇ、さすがに若い女性にはその姿は少々刺激が強いんじゃない?」
「そうかなぁ」
「現に倒れちゃってるじゃん」
「まぁ、確かに」
「『へんしん薬』飲んできたら?」
「そうだね、そうする」
という流れで、いつもは街へ行くときにしか使わない貴重な『へんしん薬』を飲むことにした。この薬もだいぶ少なくなってきたので、また作ってもらわなくちゃなぁ、などと思いながら一気に飲み干す。
彼女は程なくして目を覚ました。先ほどの白熊はどこへ行ったのだろう、と用心しながら辺りをきょろきょろと見回している。そこへ、人間の姿になったプーヴァがハチミツ入りのホットミルクを運んできた。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
突如現れた美青年に、彼女は頬を赤く染めながら、小さな声でありがとうございますと言って、それを受け取った。
「あなたは何の御用? あたし、しわくちゃの婆さん魔女じゃないけど、良いかしら」
先日の一見ですっかりへそを曲げてしまったテナの前にもホットミルクを置くと、立ち上る甘い香りの湯気に少しは態度を緩めたようだった。
「あのっ……、先日は母が大変失礼なことをしたそうで……」
彼女はそう言うと、その場に座ったまま、床に手をついて頭を深く下げた。
突然のことにテナもプーヴァも虚を衝かれた。テナは思わず立ち上がり、彼女のもとへ駆け寄ると、目の前にしゃがみ込む。
「ちょっと、止めてよ。あのおばさんは正直許せないけど、あなたが頭を下げることはないでしょ」
「そうだよ。お母さんだからって、関係ないと思うよ、僕」
そう言いながらテナが彼女の背中を優しくさする。プーヴァは心配そうな表情でその様子を眺めていた。
「ていうかさ、君はそれを言うためだけにテナに会いに来たの?」
「いえ……あの……」
やっと顔を上げた彼女は気まずそうに俯くと、もじもじと自分の手を弄び始めた。
「もしかして、何かテナにお願いがあるんじゃない?」
プーヴァが優しく問いかけると、彼女はこくりと頷いた。
「あの……、こんなお願い、失礼だとは思うんですが……」
言葉を選んで慎重に話し始めた彼女を二人(厳密には一人と一頭なのだが、いまのプーヴァは間違いなく人である)は黙って見守った。
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