客人No 2 見返りのために与える娘
2-1 プーヴァの留守中に
その日は、プーヴァがゴラゴラの街へテナの作った『暇つぶしのがらくた』――もとい、渾身の品々を売りに行く日だった。
すっかり味にも慣れた『へんしん薬』を飲み干し、前回余った金で買った人間用の衣服を身に着ける。
二百二十センチメートルの巨大な白熊は、人間になっても百九十八センチメートルとなかなかに長身で、物静かな立ち居振る舞いと端正なその顔立ちとが相まって、ゴラゴラの街ではちょっとした有名人らしい。
テナはもちろん、信じられない! と一蹴したが。
しかし、おまけしてもらったと言って、手土産に大量の果物や手作りのお菓子を持ち帰って来たり、果てはそれらしいことが書かれた手紙までもらっているところを見ると、どうやら認めざるをえないようである。
プーヴァがいない間、テナは、今日のおやつだよ、と言って彼が置いていったミートパイを食べながら、ちくちくと自分のスカートに刺繍をしていた。
しきたりでは、魔女は真っ黒い衣服を身に付けなくてはならないらしい。
色の問題さえクリアしていれば、デザインの方はどのようなものでも良いらしいのだが、面倒くさがりの彼女は、頭からすとんと被るタイプのワンピースを着用している。それでも、彼女なりの反抗心で、その裾に小さな白熊の刺繍を入れ始めたのは、自分の祖母であり、師匠でもあるマァゴがふらりと旅に出掛けてしまった二ヶ月ほど前のことであった。
これで二頭めか……。
ぽつりと呟き、二足歩行のプーヴァとは違って、四つん這いになっている白熊の刺繍を眺めた。プーヴァのように直立した状態にしなかったのは、「だからこれはプーヴァじゃないんだから!」と逃げるためである。
分厚いガラスの窓を見ると、雪がはらはらと舞っている。
風は吹いていないらしい。この国は一年中冬なのだ。
ただ、その中にも、『暖かな冬』と『厳しい冬』という二種類の冬がある。
四月から九月が『暖かな冬』で、十月から三月が『厳しい冬』と呼ばれている。現在は十一月。厳しい冬の真っ只中である。それでもこうして過ごしやすい日は月に何日かは存在し、こういう日には、人々は活発に行動したりするものらしい。
「まぁ、あたしには関係ないけど」
テナは『暖かな冬』だろうが『厳しい冬』だろうが、生活のペースを変えようとしない。どんな日でも日がな一日、小屋にこもって趣味である創作活動に専念するのだ。いまはプーヴァが小まめに街へ売りに行ってくれるが、ほんの数ヵ月前までは、その作品達を収納する場所に困るほどであった。
しかも、彼女は自分が編んだ帽子や手袋を身に着けるということは一切しない。何せ、一歩も外へは出ないのだから、そんなものは必要ないのだ。特に愛着があるわけでもなく、出来上がったそばから売り飛ばされてもまったく胸も痛まなかった。
さて、次はどんなモチーフの手袋を編もうかとミートパイをかじりながら考えていると、扉をコンコンと叩く音が聞こえた。
お客さんかなぁ。
テナは椅子から立ち上がり、扉の方へ向かう。客人を迎えるのはプーヴァの役目なのに、とぶつぶつ文句を言いながら。
ゴラゴラの街から北へ十キロ程進んだところにあるこの森は、街の人々からは『魔女の森』と呼ばれている。それはもちろん魔女のテナが住んでいるからである。
かつては数百人もの魔女が住んでいたと言われるこの北の森だったが、大昔の魔女狩りによってその数は激減し、その悪習が廃れた後も、この森を去る者は後を絶たなかった。現在、この森に住んでいる魔女は十四歳になったばかりのテナ一人である。
「はい、どなたぁ?」
外へ出歩くことは大嫌いだが、人と話すのは別に嫌いというわけではない。というよりも、割と好きな方だった。何せ話し相手は白熊のプーヴァしかいないのだ。最近のテナの楽しみはプーヴァから街であった出来事を聞くことである。
扉を開けると、そこにいたのは見るからに裕福そうな年配の女性であった。
つんと澄ました顔でずかずかと中へ入ると、勧めてもいないのに椅子に腰掛けた。
随分不躾な人だなぁ、と呆れていると、手をテーブルの上に乗せ、何かを催促するかのように指をトントンと打ち付けている。テナはそれをお茶の催促だなんて気付かず、不思議そうな顔をして、自分の席に着いた。
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