厄介な客人は春風と共に。

客人No 11(終) 不躾な使いと齢五百歳の男

11-1 不躾な客人来たる

 その日は風もなく、一日中穏やかな日だった。


 雪が大好きとはいえ雪掻きに関しては少々面倒に思っているプーヴァは、この分だと明日の朝はゆっくり出来そうだと夜空にくっきりと映える半月を見つめる。テナはじっと窓から離れないプーヴァをやや呆れた表情で見つめ、手元の編み棒に視線を落とした。


 やがて、気が済んだプーヴァが窓から離れ、何か飲み物でもとキッチンに向かってしまった後で、コツンと窓ガラスに何か固いものがぶつかったような音が聞こえた。


 窓に背を向けていたテナは、暖炉の薪が燃えるパチパチという音との区別がつかなかったようで、一瞬身体をぴくりと震わせたが、燃え盛る炎を一瞥しただけであった。しかしその音はコツンからコツコツへ、コツコツからガツンへ、ガツンからさらなる衝撃を与えようとしたところで、さすがのテナも腰を上げた。


「アンタ何やってんの」


 窓の前に仁王立ちになったテナは、音の主に向かって睨みをきかせる。

 その音の主は少しだけ驚いたような顔を見せたが、すぐに体勢を立て直し、早くここを開けろと言わんばかりに首をしゃくって見せるばかりである。


「どうしたの、テナ?」


 窓の外を凝視したまま木枠に手を掛けているテナに、湯気の上がるカップを乗せたトレイを持ったプーヴァが声を掛けると、「見てよ、外」とテナは視線を逸らさずに答えた。

 何だ何だとプーヴァはテーブルの上にトレイを置いてテナの方へ向かった。身を屈め、ひょいと窓を除き込んでみるとそこにいたのは真っ白い梟である。雪と同化してしまいそうなその真っ白い客は、いかにも不満げな表情で窓が開かれるのをじっと待っている。


「珍しいお客さんだね。お茶、飲むかな」


 プーヴァがのんきにそう言うと、テナはふん、と鼻を鳴らし「知らない。動物同士うまくやってちょうだい」と言い放つとくるりと踵を返し、席に着いた。


「窓、開けても良いけど、すぐに閉めてよね」

「わかってるよ」


 プーヴァは梟から視線を逸らさずにそう言うと、鍵を手早く解除し、窓をゆっくりと開ける。その梟は随分せっかちなのか、はたまた外の寒さに耐えきれなかったのか、わずかな隙間に顔を突っ込み、ぐいぐいとそこを広げていく。身体が通れるほどに開くと、勢いよく室内へと飛んできた。


「おっと」


 寒がりのテナのため、プーヴァはサッと窓を閉めて梟の姿を探すと、それは行儀よく彼女の向かいの椅子の背もたれにとまっている。


「まったく、とっとと開けろよな。気の利かない娘だぜ」


 梟は目を細めテナに向かって忌々しげに言い放つと、窓の鍵を閉めているプーヴァに視線を向けた。


 梟が喋った! 


 などと驚くものはこの小屋にはいない。何せプーヴァは白熊だし、テナに至ってはれっきとした魔女なのである。


「なぁ、肉はないか。生きたネズミがありゃ最高なんだがな」

「生きたネズミかぁ……。二日前に言ってくれれば用意出来たんだけど。ウサギの肉ならあるよ。生が良い? それとも何か作ろうか」


 プーヴァは梟の前に立ってそう言った。


「やっぱりネズミはねぇか。仕方ない、ウサギで良いや。生でな」

「いま持ってくるから待ってて。飲み物は何が良いかな」

「水で良い」


 テナは真っ白い動物達のやり取りを膨れっ面で見ていた。動物同士でうまくやれと言ったのはテナだったが、それはそれで面白くない。



 何なのよ、あの梟。

 急にやって来て食べ物を要求するだなんて。礼儀知らずね。


 

 そう思い、わざとらしく大きなため息をついて見せた。



「はぁ~、旨かった。何だよ良い肉食ってんじゃねぇか」


 ウサギ肉をペロリと平らげた梟は満足げにそう言って目を細め、胸を反らせた。


「たまたまだよ。いつもは街で買ったのを冷凍保存するんだけど、それはお昼に僕が仕留めたやつなんだ。捌いたのは初めてなんだけど、新鮮だったでしょ」

「道理で処理が甘いわけだ。まぁ、俺には関係ないけどな」


 そう言って白い梟は、ふぅ、と一息つくと、先ほどから鋭い視線を送っているテナの方をちらりと見つめてニヤリと笑った。


「なぁ、そんなおっかない顔で見るなよ。これでも俺は客人なんだぜ?」

「招かれざる客人も良いとこだわ。何の用よ。アンタ、喋れるってことは魔女の使いでしょ」


 テナは頬杖をつき、いかにも面倒くさそうに吐き捨てた。プーヴァはそっかぁ、と素頓狂な声を上げている。


「その通り。俺はさ、マァゴの使いで来てやったんだよ」

「おばあちゃんの?」

「マァゴの?」


 少々嫌そうに顔をしかめたテナとは対称的に、プーヴァの目は輝いている。テナの祖母であるマァゴは母親とはぐれた彼を保護し、人語や二足歩行を授けた恩人なのである。


 梟はそれぞれの反応にやや不満気な様子を見せたものの、まぁ良いか、と呟いて右足に括りつけられている小さな筒の中から白い錠剤を二粒取り出し、ひょいと空中に放ると大きな口を開けてそれらを飲み込んだ。テナとプーヴァは訝しげな様子でそれを見守る。


 やがて梟は背もたれからひらりと飛び降り、落下しながらくるりと回転すると、人の姿になって着地した。そこに現れたのは十七、八歳ほどの白髪の少年である。何をどうしたものか、ご丁寧に衣服まで身に着けていた。


「何よ、ガキじゃない」


 テナがそう呟くと、彼は梟の面影が残る琥珀色の瞳を嫌味たらしく細めて片頬を上げて笑った。


「じゃあ、この白熊くんは一体何歳なわけ? 人間の姿になれるんだろ?」

「何歳って……、正確にはわかんないけど。でも、アンタよりはずっとずっと大人よ!」


 テナはそう言うと少年に顔を近づけべぇっと舌を出した。



 これじゃ一体どっちが子どもなんだか……。



 プーヴァはやれやれと頭を掻いた。

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