魔女と白熊は、人間のことはわからない。
客人No 10 お揃いの女
10-1 穏やかな夕食
パチパチと薪が燃える音がする。
奥にあるキッチンからはトントン、ざくざくと野菜を切る音が聞こえる。
今日の夕飯は何だろう、などと考えながら編み棒をリズムよく動かす。
窓に視線を向けると、足跡がつけられていないまっさらの雪原が広がっており、こんもりと雪の帽子を被った木々が揺れていないところを見ると、どうやら風も無いらしい。カーテンは付けていない。どうせこの辺りをうろつく人間など滅多にいないのだし、そんなことをいちいち気にするよりも、外の景色の方が大事なのだ。
「テナ、今日は煮込みハンバーグだよ」
そう言いながら、居候のプーヴァがキッチンからひょっこりと顔を出す。
「やった」
テナはニィっと笑って、編み掛けでクロスの状態になっている編み棒を顔の位置まで上げた。
「今回は白熊のモチーフにしたんだね。相変わらず、よく出来てる」
プーヴァがそう言うと、テナは満足気に笑う。
「こういう感じなら男の人にも売れるんじゃない?」
「確かに。いままでは女の人がメイン・ターゲットだったけど、次は男の人にも声をかけてみようかな」
プーヴァは赤いエプロンで両手を拭きながらリビングへやって来る。ハンバーグは煮込みの段階に入ったのだろうか。テナは大好きなハンバーグが焦げやしないかと冷や冷やしていたが、料理上手のプーヴァに限ってそんなミスをすることもないだろう、とも思った。
プーヴァは席には着かず、立ったままの状態で壁に掛けられているカレンダーをじっと見つめている。
「ねぇ、テナ。最近はお客さん来ないね」
ぽつりと呟くプーヴァに、テナは面倒臭そうに答えた。
「来なくても良いよ。あたし、いい加減年取るの嫌」
そう言うとテナは椅子に座ったまま膝を抱え、ふん、と鼻を鳴らした。そして、顎よりも少し長いハチミツ色の髪を一束つまみ、よじる。
「そんなこと言って、お客さんが来たら結局作ってあげる癖に」
プーヴァはテナの心などお見通しだと言わんばかりに目を細めて笑う。
テナは魔女である。
魔女は十歳までは二十四ヶ月毎に年を取っていくが、そこからさらに年齢を重ねるためには魔法の力や知識を身につけなくてはならない。
十一歳になるために、箒を使って空を飛ぶことを覚え、
十二歳になるために、魔法書の読み方を学ぶ。
魔女としての最低ラインである十二歳を迎えた頃、一緒に住んでいた祖母兼師匠のマァゴは「ちょいと旅に出て来るよ」と言って、この小屋を出て行ってしまった。
そうして、半人前の魔女テナと、成獣になったばかりの白熊プーヴァだけで暮らし始めて、もう何年経っただろう。
プーヴァは生後間もなく母親とはぐれてしまったところをマァゴが拾ってきた。テナはマァゴに抱きかかえられたプーヴァを見て、彼女がてっきり雪の塊を持って来たのかと思った。しかし、それがどうやら動物らしいことがわかると、自分の子分が出来たと喜んだものである。
プーヴァと名付けられた白熊の子は、マァゴの作った魔法薬により、人語を話せるようになり、立って歩くことを覚え、さらには魔法書すらも読めるようになった。
身体はあっという間に大きくなり、テナは彼を見上げなければならなくなった。
これではどっちが子分かわからない、とぼやくテナにマァゴは「プーヴァは子分じゃない。アンタの相棒だよ。大事におし」とよく諭したものである。
マァゴから家事の手ほどきを受けたプーヴァは、何もしないテナに代わってまめに働いた。料理はもちろん、掃除洗濯や雪掻きまですべてが彼の仕事である。
そして、マァゴが出て行ってからは、テナの唯一の趣味である手芸品を街へ売りに行って金を稼いでいる。さすがに白熊が街へ出入りするわけにはいかないので、彼はテナの作った『へんしん薬』を飲み、人間の姿になるのだった。
新しい魔法薬を作る度、魔女は一歳ずつ年を取る。
魔女は年を取ると、ほんの少し髪の毛が伸びる。伸びる長さはその魔法薬の難易度や自身の力によってさまざまで、それが肩に到達した時が『成人=一人前』である。ただ髪が伸びるだけでは本当に年を取ったか本人にも判別しにくいのだが、右手の小指の付け根にちくりとした痛みが走るため、この痛みによって、それを知らされるのである。
なので多くの魔女は、右手の小指に痛みを緩和する為のお守りの指輪をはめている。とはいえ、それは完全に気休めであり、効果などないのだが、ご多分に漏れず、テナの小指にも金の指輪がはめられている。相棒であるプーヴァからの贈り物だ。
プーヴァの言う、「お客さんが来たら結局作ってあげる癖に」というのが
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