1-3 猛吹雪の中の来客
その日は猛吹雪だった。
テナとプーヴァは、こんなこともあろうかと、などと言いながらのん気に蒸かしたサツマイモを食べていた。ねっとりほくほくのサツマイモに、ほんのちょっぴりバターを乗せて、ほわほわと湯気の上がるそれに豪快にかぶりつく。
「ね、テナ。スイートポテトも美味しいけど、こうやって食べるのもまた絶品なんだよ」
「そうだね。ああ、幸せ」
テナは目を細めて窓を見た。分厚いガラス窓の向こう側は一寸先も見えないような状態で、その事実がさらに彼女を恍惚とさせる。
テナ曰く、この落差が良いのだという。つまり――、
外は地獄のような猛吹雪、部屋の中はこの世の極楽、という。
さぁ、もう一口、とまたちょっぴりバターを乗せて、大口を開けたところで、テナは扉をどんどんと叩く音に気が付いた。風の音ではない。プーヴァも気付いたようで、ドアとテナを交互に見つめる。その目は「どうする?」と問いかけている。
この小屋に人が訪れることは決して珍しいことではない。
この森にテナという名の魔女が住んでいることはとっくの昔に知れ渡っていて、物好きな旅人がふらりと立ち寄ることがままあるのだ。しかし、この森から一番近いゴラゴラの街の人々は決して訪ねてこようとはしない。何せ、自分達の先祖がこの森の魔女たちを無実の罪で捕えては形ばかりの裁判をし、火あぶりにしてしまったのだ。どうやらテナとかいう魔女はいまのところ、こちらに危害を加える気はないらしいが、気が変わらないとも限らない。おお、さわらぬ神に何とやら、というやつである。
「どうせまた物好きの旅人が来たのよ。プーヴァの姿見たら腰抜かして逃げるに決まってるわ」
テナはドアに向かってせせら笑うと、プーヴァに向かって「いってらっしゃい」と言った。
やれやれ、と呟きながらプーヴァは席を立つ。
確かに彼が出迎えると、魔女を目当てに来たはずなのに、その肝心のテナを見ることもなく、客人達は皆、血相を変えてUターンするのだった。
まぁ、無理もないよね。魔女がいると思って扉を開けたら
彼は人間を襲うつもりなど毛頭ないのだが、彼と対峙した人間の方ではそうは思わないらしい。
よく見て。
僕、人間の服も着てるしさ。それに扉を開ける時に「いらっしゃいませ」って言ったのも僕だよ? どうにかこの辺りで、僕がただの白熊じゃないんだってことに気付いてくれないかなぁ。
実際のところ、彼は話し相手に飢えていた。
いくらテナがいるといっても、二人(厳密には一人と一頭なのだが、二足歩行で人語もしゃべるとなれば、もう人扱いでも良いと思う)では限界がある。たまにはいろんなところを旅している人の話でも聞いてみたいものだと、彼は常々思っていたのだ。テナがどう思っているかはわからないが。
だから彼は、扉を開ける時には、テナと話す時よりハキハキとしゃべることを意識し、『僕はしゃべれる白熊ですよ、特別ですよ』というメッセージを込めて「いらっしゃいませ」と言うのだった。
しかし、そんな彼の気遣いは今回も空振りだった。
ただし、いつもとは違うパターンではあったが。
扉を開けるなり、その客人はプーヴァに向かって倒れ込んできたのだ。
反射的に避けそうになり、慌てて彼の身体を受け止める。彼の衣服はカチコチに凍りついていて、帽子からはみ出た髪の毛も同様に凍ってしまっている。これは大変だと、担ぎあげ、暖炉の前に寝転がせた。いつもとは違う様子にテナも心配そうな顔をしている。
「どうしたの? その人」
「わかんない。でも、すっかり身体が冷えてしまっているよ。意識もないみたいだけど……」
とりあえず、意識が回復した時のために、と朝の残りのスープを温めに、プーヴァはキッチンへ向かった。テナは薪をさらに追加する。
じわりじわりと衣服や髪の氷が溶けると、辺りは水浸しである。
このままだと風邪をひいちゃうかも、とテナはタオルをたくさん持って来て、濡れた衣服と髪を丁寧に拭いた。着替えさせてやりたいところだが、プーヴァの服は絶対に大きすぎるし、自分の服では小さすぎるだろう。仕方がないので、なるべく彼の身体を見ないようにして衣服を剥ぎ取り、ベッドに掛けていたカバーで彼をぐるぐると包んだ。濡れたままでいるよりは、絶対この方がましだし、第一、この部屋で凍えるはずがないのだ。
テナは濡れた衣服を壁に取り付けた物干し用のポールに掛けた。
寝転がっている男の顔を覗き込んでみると、だいぶ温まってきたのか、彼の頬にはうっすらと赤みが差してきている。念のためにと額に手を当ててみたが、発熱している様子もない。
これなら直に目を覚ますだろうと、テーブルに戻り、すっかり冷めてしまった蒸かしイモの続きにとりかかった。
冷めちゃうと最初の感動はだいぶ薄れてしまうな、と思いながらも自然の甘さに舌鼓を打っていると、暖炉の前で寝転んでいる男がもぞもぞと動き始めた。気が付いたかな、とそぅっと近づいてみる。男は「うう……」と小さく呻いており、何とか身体を起こそうとしているようだ。
「ねぇ、大丈夫?」
なるべく驚かさないようにと控えめな声で話しかけたのだが、突如背後から聞こえてきた声に彼はびくんと身体を大きく震わせた。彼はベッドカバーを巻きつけられた状態の不自由な身体で何とか振り向くと、目の前にいる少女の顔を見て安心したのか、全身の力を抜いた。
「何だ、女の子じゃないか……」
「何だとは失礼ね」
「てっきり魔女の小屋だと思ったから」
「そうね、ここは確かに魔女の小屋よ?」
「いや、だって、魔女って、しわくちゃの婆さんだとばかり……」
「ご所望のしわくちゃ婆さんはあいにく留守なのよね。伝言があるなら聞いとくけど? 伝わる頃、あなたまだ生きてるかしら?」
わざと嫌味たらしくそう言ってやる。彼女は世間一般の『魔女』のイメージというものをいまここで初めて知ったのだった。
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