エピローグ 勝利の宴


※今回は二話同時に投稿しておりますので、ご注意ください。











「お、おいシゲキ…………」

 目の前に差し出されたモノを見て、ブレビスさんの口から震えた声が零れ出た。

「…………こ、こいつぁ……ほ、本物、なのか…………?」

 わなわなとした手つきで、ブレビスさんが手を伸ばす。そして、貴重な財宝に触れるかのようにして、俺から受け取ったソレを持ち上げた。

「ほ、本物のワインにブランデーだと……? お、俺、初めて見たぜ……っ!!」

 そう。

 俺がブレビスさんに差し出したのは、俺の世界で買ってきた数本のワインとブランデーだ。

 ブレビスさんたちの近未来世界では、本物のアルコール類は極めて貴重で高価だ。なんせ、環境悪化で天然の植物や動物が激減しているため、本物の野菜や肉は一部の上流階級──いわゆるお金持ちにしか買えないのだ。

 で、中流階級以下は、バクテリアなどから合成される合成疑似野菜や合成疑似肉などを食べる。見た目も味もほぼそっくりに加工できるが、所詮は合成品であり、味も本物には劣ると考えられているそうな。

 で、そんな世界の住人であるブレビスさんは、これまで本物のワインやブランデーを飲んだことはないらしく、俺が持ち込んだ本物のお酒に驚いているというわけだ。

 もちろん、未成年の俺にお酒は買えないし、お酒の種類やメーカー、そして味なども分からないので、購入は全て店長にぶん投げた。

 店長、俺の魔力が更に増えたことでほくほくしていたし、二つ返事で引き受けてくださいましたとも。

 あ、お酒の購入代金は店長持ち……というか、俺から漏れる魔力を売って得たお金で支払うので気にしなくてもいいとのこと。

 なお、あまり大きな声では言えないが、店長から魔力の売り上げの一部を受け取った。その額、実に三桁万円。もちろん無課税。

 魔術師って、相当ボロい商売なんだなと改めて実感した瞬間でしたよ。ええ。

 今後も、店長を通して魔力売り上げの一部が俺へとキックバックされる予定なのだが……就職する前にこんなに稼いじゃっていいのか? と本気で悩んでいる今日この頃。

 しかし、店長が選んだお酒か。きっと世界的に有名でお高いお酒なんだろうな。

 まあ、正真正銘「勝利の美酒」なので、ここでケチるつもりはない。

 そう。

 今、俺たちがいるのはエルフたちの森林世界。そこで邪竜王というか、害虫どもに勝利した祝宴を開いているのだ。



 あの時……邪竜王に勝利した後、俺は気を失った。

 自分で言うのもなんだが、あの場の主役的存在である俺が気を失ったため、集まってくれた仲間たちは自然と解散の流れになったらしい。

 しかし、俺としては力を貸してくれたみんなにお礼ぐらいは言いたい。いや、言わないといけない。なのでカーリオンに相談したところ、改めてみんなで集まろうということになったわけだ。

 各小世界へと飛び、みんなの予定を聞いて何とかスケジュールを整えた結果、今日という日に再びみんなが集まったわけである。

 いやー、全員のスケジュールを合わせるのに、結構苦労しましたとも。

 なんせ、住んでいる所どころか住んでいる世界そのものが違うわけで、そのスケジュール調整に何度も小世界を飛び回ったさ。

 もしもスマホのような手軽に連絡できる手段があれば、ここまで小世界を飛び回ることもなっただろうな。

 でも、さすがに次元を超えた連絡手段は存在しなかった。店長にも聞いてみたが、やっぱりそんなものは知らないとのこと。

「もしもそんなモノがあるとしたら、それは我がご先祖様が作ったものに違いないね」

 と、店長は笑いながら言っていたっけ。

 一体、店長のご先祖様ってどんな人なんだろうか。時間と空間を自由気ままに飛び回る奔放な人、とは聞いているけど、具体的な人物像は全然浮かんでこないんだよね、これが。

 まあ、そのうち会う機会もあるだろう。何となくそんな気がする。

 そんな店長だが、今回もやっぱり居残り。カーリオンの力を借りて異世界転移するわけにはいかないらしい。それもご先祖様の言いつけなんだって。

「お、おい……ここって天然の森……だよな……?」

「ああ……『緑の木々』なんて、俺ぁ初めて見たぜ……」

「こ、これが、限られた上流階級にだけ許される、森林浴ってやつか……」

「清々しい……空気が美味い……」

 〈銀の弾丸〉のみんなは、初めて見る天然の森に感動しているっぽい。

 彼らの世界では勝手に森に足を踏み入れることもできないらしいから、当然と言えば当然なのかも。

 近未来世界では、環境悪化によって森林が激減している。更には、残された森林の八割以上が植物の変異体となっていて危険なため、おいそれと近寄ることもできない。

 変異体と化していても、植物は植物。光合成による酸素の供給源であるため、森林は世界中どこでも保護区域となっており、関係者──森林の状態を監視観察保護する学者や軍人など──以外は立ち入り禁止なのだとか。

 そんなわけだから、近未来世界で森林浴をするのは上流階級にだけ許された特権だ。しかも、その森林浴をする場所は天然の森ではなく、人工的に環境を整えて空間に植樹された、いわゆる「人工の森」なのである。

「よぉぉぉぉしっ!! 今日は飲みに飲むぜっ!! てめぇら、天然の酒を提供してくれたシゲキに感謝するのを忘れるなよっ!!」

 ブレビスさんが酒瓶を空へ突き上げる。同時に、〈銀の弾丸〉のみんなが歓声を上げた。

 ちなみに、セレナさんはというと、俺たちから少し離れた所で何かやっている。

 いや、「何か」じゃなくて、俺が先ほど渡したものをじっくり調べているのだろう。

「こ、これ、全部本物の宝石や装飾品……? い、一体、これだけでいくらに……こ、これだけあれば、この前の戦闘で失った弾薬や機材、トレーラーを新調しても十分ね……うふふふふふふ」

 そう。邪竜王との戦いで失った弾薬などの補填費用として、邪竜王の財宝の一部……リュックサック一杯分ぐらい──をセレナさんに渡したのだ。

 あの財宝が具体的にどれぐらいの価値になるのかは不明だが、どうやら補填額としては十分みたいだ。いや、安心安心。

「うわー、本当にふわふわ。手触りが気持ちいいわね」

「犬や猫のもふもふもいいけど、鳥のふわふわした羽毛の手触りもいいですねぇ」

「ペンギンさん、可愛い」

「わたくしとしましては、ロクホプ様も可愛いと思いますが、ボン様も可愛いと思います!」

「お、おいこら、ニンゲンのメスども! 勝手に俺様の体に触れるんじゃない! この俺様を誰だと思っているのだ? あ、だ、だめ! いやん! そんなとこ触っちゃらめぇぇぇぇっ!!」

 最強騎士ことペンギーナ族のロクホプは、香住ちゃんとミレーニアさん、そして瑞樹とかすみちゃんたち女性陣に大人気だ。

 性格はちょっとアレだけど、見た目は可愛いペンギンでしかないからな。天然羽毛100%の体はぬいぐるみよりも手触りがいいから、彼女たちが夢中になるのも頷ける。

 ロクホプがいなかったら、もしかすると邪竜王は倒せなかったかもしれない。なわけで、彼もこの宴会に招いたのだ。

「下賎な人間の招待など、本来なら聞くことさえしないのだが……まあ、特別に受けてやろうではないか」

 と、口では偉そうなことを言っていたが、どこか嬉しそうだった。やっぱりこいつ、友達いないに違いない。

「ふむふむ。これがサケとかいう液体か。飲んだ後、何ともふわふわとした気持ちになって実に興味深いな!」

「確かに、これは癖になりそうでござるな!」

 向こうでは、ジョバルガンとボンさんが酒を飲んだ感想を語り合っている。

 ってか、ジョバルガン──グルググって酒で酔うんだな。ボンさんはどうやって飲んでいるのやら……あ、酒を注いだ紙コップに片手を突っ込んでいる。ああやって酒を吸収しているのか。なるほど。

 そして、酒を楽しんでいるのはボンさんたちだけではない。フィーンさんを始めとしたエルフたちも、酒を楽しんでくれている。

 エルフたちもボンさん同様、口からじゃなくて指先から吸収しているようだ。

 この森林世界にはアルコールはないのかな? 果実酒とかならありそうなものだけど、エルフや他の植物種族には飲酒の習慣がないのかもしれないな。

「シゲキ、これ、不思議な味で美味しいわねぇ」

 どこかとろんとした表情のフィーンさんが、俺にしなだれかかってくる。フィーンさん、既に酔っぱらっていますね? なお、顔が赤くなっていないのは、この世界のエルフには血液が流れていないためだろう。

「それよりも、今回は場所を提供してくれてありがとうございます」

「いいのよぅ」

 けらけらと上機嫌に笑うフィーンさん。相当できあがっているぞ、これ。

 今回、この集まりを企画した上で最も悩んだのが集まる場所だった。

 様々な小世界、様々な習慣を持つ人々を一堂に集めるのだから、広さも必要だし周囲に迷惑をかけない場所でなければならない。

 あと、ジョバルガンやボンさんといった人間からかけ離れた姿をしている人たちがいても、驚かれないことも重要だろう。

 さらには、服というものを着る習慣のないエルフたちも問題といえば問題だ。少なくとも俺の世界にエルフたちを呼んだりしたら、あっという間にお巡りさんがやってくるだろうから。

 で、最終的にこの森林世界にした。

 ここならただっ広い森の中で、周囲に迷惑をかけることもない。仮に他の植物種族たちが集まってきたとしても、良ければそのまま宴会に参加してもらってもいい。

 近未来世界のみんなには、貴重な体験にもなるしね。天然の森の中で宴会なんて、彼らの世界ではまず無理だから。

「さて、そろそろ肉が焼けましたよ!」

 と、俺が言えば、再びわっと歓声が上がる。

 今まで俺が何をしていたのかと言えば……実はバーベキューを焼いていたのだ。

 もちろん、食材は俺の世界から持ち込んだ。肉もちょっとお高いものを選んだので、きっと美味いだろう。

 俺のような小市民にとって、「高い肉」=「美味い肉」だからね!

 あ、もちろん火事には最大の注意を払っております。はい。



「こ、これは一体……そ、そしてここはどこなのだ……?」

「シゲキ殿とカスミ殿、そしてミレーニアが共にいるので、もしかするとこここそが神の国なのかも……」

 俺たちを呆然と見つめているのは、ミレーニアさんのお父さんとお兄さん。つまりアルファロ王国の国王様と王太子様だ。

 今回、特別にお二人も宴会にご招待したんだよね。

 ビアンテの予定を聞きにアルファロ王国へと飛んだ時、香住ちゃんとミレーニアさんも一緒だったんだ。

 ミレーニアさんはたまの里帰り、そして、香住ちゃんは俺とミレーニアさんを二人だけにしたくなかったらしい。

 大丈夫、俺、ずっと香住ちゃん一筋だから。

 でも、彼女としてはやっぱり心配だったらしい。いや、香住ちゃんが心配していたのは俺じゃなくミレーニアさんの方だったけど。

「私がいない所で、ミレーニアが何をするか分かりませんから!」

 と、やや強引に香住ちゃんはついて来たのだ。

 で、それはともかく、アルファロ王国へ来た以上ビアンテだけに会って帰るわけにもいかなかった。

 アルファロ王国側からすれば、神の国──相変わらず、あちらではそう思われている──より王女が一時的にとはいえ帰国したのだ。そりゃあもう、大騒ぎだったさ。

 当然、国王様と王太子様とも謁見した。二人とも、俺とミレーニアさんが一緒なのを見てすっげぇ嬉しそうだった。

 聞けば、邪竜王との戦いのことはお二人とも既に知っていたようだ。

「ミレーニア姫様も、師匠やそのお仲間の方々と共に、勇敢に邪竜と戦っておられました」

 と、ビアンテが報告していたらしい。

 アルファロ王国においても、やはり竜殺し──ドラゴンスレイヤーは相当な名誉なのだとか。

 で、王国最強騎士であるビアンテと、王女であるミレーニアさんの二人が神界において神々の軍勢と共に竜を打倒したという事実は、王国にとって今後大きな政治的アドバンテージになるそうだから、国王様も王太子様もそのことが嬉しいんだろうな。多分。

 そんなことをあれこれ話した後、勝利の祝宴を開くからお二人もどうですか、と尋ねたところ、二人とももの凄い勢いで首を縦に振っていた。

 きっと、異世界の食べ物やお酒に興味があるのだろう。

「はい、国王様とクゥトスさん。いい感じに肉が焼けましたよ!」

 俺はお二人に焼けたばかりのバーベキューを差し出す。国王様と王太子様に差し出しても恥ずかしくないぐらい、いいお肉だからな! 野菜だって負けないぐらい美味しいぞ!

「お……おお、か、感謝しますぞ、シゲキ殿」

「見たこともない調理法だが……これはこれで美味そうだ」

 俺が差し出したバーベキューを、お二人は興味深そうに受け取った。

「お父様、お兄様、こちらのソースをかけてお召し上がりください」

 いつの間にか傍に来ていたミレーニアさんが、バーベキューソースを差し出した。もちろん、スーパーで買った市販のソースです。

「ほうほう、このソースを……おお、これは美味いな!」

「粗野な料理でありながら……いや、粗野だからこそ美味いと言えるのだな」

 どうやら、お二人ともバーベキューがお気に召したようである。

 聞けば、普段はお二人とも、温かい料理とは縁がないそうだ。

 そりゃそうだよね。国王と王太子ともなれば、食事の前に毒見は必須だろうし。そうなると当然、折角の料理も冷めてしまう。

 だけど、今日だけはその心配はないからね! ここでは焼き立てあつあつのバーベキューを腹一杯食べられますよ!

「よろしければ、こちらもどうぞ」

 と、香住ちゃんがクーラーボックスからよく冷えた缶ビールを取り出した。

 俺たち未成年組は飲めないが、今回は飲める大人が多いからビールも買い込んでおいたんだ。当然店長が。

「これは……飲んだことのない味わいの酒だな」

「ああ、何という爽やかな喉越し! カスミ殿、この酒はまだあるかな?」

「はい、まだまだたくさんありますよ。〈銀の弾丸〉のみなさんも、ビールはいかがですかー?」

 先を争うようにバーベキューを貪っていた団員たちから、またもや歓声が上がったのは言うまでもない。



「え? オスカルくん、転校しちゃったの?」

「そうなんですよ。何でも、ご両親の急な都合だとかで」

 ロクホプで遊んでいた女性陣も、食欲には勝てなかったらしい。バーベキューの匂いに食欲を刺激され、ロクホプを解放してこちらへとやってきていた。

 で、前々から気になっていた謎の少年オスカルくんのことをかすみちゃんに尋ねてみたのだが、どうも彼は突然転校してしまったらしい。

「そりゃあもう、彼のファンの女の子たちが大騒ぎでした……」

 どこか疲れたように言うかすみちゃん。どうやら、相当な騒ぎだったようだ。

「でも彼、何者だったのかしらね? 私にはどうにも普通の人とは思えなかったんだけど……」

 豪快にバーベキューを齧りながら、瑞樹が呟く。

 うん、その意見には賛成だが、もう少し女の子らしく食べたらどうかな? 今どき、こんなことを言うとあちこちから苦情が来そうだから声に出しては言わないけどさ。

「まあ、あいつのことは気にしなくてもいいんじゃね?」

 と、俺たちの傍で美味そうにバーベキューを食べていた勇人くんが言った。

「そういや勇人くん、オスカルくんと知り合いっぽかったよね?」

「まあ……あいつとはいろいろとあってね。いわゆる、腐れ縁ってやつ? それよりも茂樹さん、あんなやつのことなんていいから、じゃんじゃん肉を焼いてよ! フロウにももっと食べさせたいからさ!」

「もう、ハヤトったら……あまりシゲキ様を急がせたら駄目よ?」

 今日も今日とて、勇人くんとフロウちゃんは仲良しだな。うんうん、善きかな、善きかな。

 ……何となくだけど勇人くん、オスカルくんのことは聞いて欲しくないっぽいな。あまり聞かない方がいいんだろうな。

 ところで、俺はいつまで肉を焼いていればいいんだろう? 誰か代わってください。マジで。俺も腹減ったんだよ。



 バーベキュー係を香住ちゃんとミレーニアさんに任せ、俺も肉を味わう。

 肉の味わいとよく冷えたウーロン茶が、何とも言えない。あともう数年もしたら、俺もビールの味が分かるようになるのだろうか?

「師匠」

 腹一杯バーベキューを食べ、腰を下ろして食休みをしている俺のところへビアンテがやって来た。

「よろしければ、食後の運動に手合わせをお願いしたいのですが、いかがでしょうか?」

 地面に座っていた俺の前で片膝をつき、にこやかに微笑みながらそう告げるビアンテ。

「悪いな。俺、今は剣がないんだよ」

「そういえば、そうでしたな」

 残念そうな顔をするビアンテ。

 そう。俺の聖剣は壊れたままだ。店長が新たな剣を用意してくれるそうなのだが、店長も忙しくてなかなかそちらまで手が回らないらしい。

 何でも、俺が「世界の基点」としての力を一時的とはいえほぼ失ったことで、俺たちの世界はいろいろと不安定になった。

 で、そうかと思ったら今度は俺の力が以前よりも増してしまったため、それはそれであちこちに影響を与えたとか。で、店長はいまだに知り合いの魔術師たちと悪戦苦闘の毎日らしい。

 俺にはよく分からない分野の話だけど、俺の魔力で儲けている分、しっかりとがんばってもらいたいところである。

「そういや、もう気づいているんだろ? 俺はおまえが思っているような剣の達人じゃないってことに」

「はい。ですが……私にとって師匠は、単に剣の師というだけではありません。私は師匠から剣以外のこともいろいろと学ばせていただきました。よって、今後もあなた様のことは師と仰ぎたく存じます」

 と、深々と頭を下げるビアンテ。

 俺、彼に教えとなるようなことをしただろうか? 全く覚えがないのだが。

 だけど、ビアンテがそう思ってくれるのであれば、今後も彼に恥じることのないように努力していこう。

「しかし、師匠は自分が大したことはないとおっしゃりますが、あの時……最後に師匠の姿をした『ガイチュウ』を仕留めた一撃は本当に見事でした。あの光景は今もはっきりと思い出すことができます」

 ああ、あの時のことか。あの時のことは俺もはっきりと覚えているよ。

 あの時、無意識に俺の体は動いていた。あの時の俺はカーリオンに操られてはいなかった。

 俺自身による俺だけの剣。

 それがあの時の一撃だ。

「師匠の剣が直った時、再び手合わせをお願いいたします」

「ああ。俺の剣が直ったら、真っ先におまえの所に行くよ」

「は! その時を楽しみにしております!」

「どちらかと言うと、俺の方が稽古をつけられる立場かな?」

「いえいえ、そのようなことはありませんとも」

 俺とビアンテは、にこやかに握手を交わした。



「まったく、ニンゲンのメスどもときたら……この俺様の輝くばかりの高貴な羽毛に憧れるのは分かるが、ニンゲン風情が勝手に触れていいものではないのだぞ!」

 ビアンテと話していると、もう一人の騎士がぶつぶつと呟きながらやって来た。

「よ、ロクホプ。楽しんでいるか?」

「これが楽しんでいるように見えるか! 見ろ! メスどもが好き勝手に弄り回すから、俺様の美しい毛並みがぼさぼさになってしまったではないか!」

 どうやら、ぬいぐるみ扱いされたことが気に入らないらしい。

「ほら、これでも食べないか? おまえ用に買っておいたんだ」

 俺はクーラーボックスから、パックの刺身を取り出す。パックと言っても、スーパーで一番高いやつだからな。

 ペンギーナ族は魚を主に食べているようだし、肉や野菜は食べられないのではないかと思って刺身も買っておいたんだ。

 もしロクホプが食べないようなら、俺たちで食べればいいしね。

「む? これは魚の身を切り分けたものか? これはなかなか美味そ……い、いやいや、今回は特別だ。本来ならニンゲンが差し出す食べ物など決して食べたりはしないのだが、今回だけは特別に俺様が食ってやろうではないか」

 ははは。相変わらず素直じゃないな。でも、やっぱり憎めないんだよな。こいつ。

「ペンギーナル帝国最強の騎士であるロクホプ様は、ニンゲンが触れた食い物など決して口にはしないのだが……うん、特別だからな、特別」

 口ではそんなことを言うが、実に美味そうに刺身を食べている。どうやら、気に入ってもらえたようだ。

 その後、同じ騎士として何か感じ合うものがあったのか、ビアンテとロクホプが手合わせをすることに。

 もちろん、結果はビアンテの圧勝。

「ふ、なかなかの腕前のようだが、僅かに俺様には及ばなかったようだな」

 と、いつもの台詞もいただきました。

 なお、二人の手合わせは、みんなにとっていい余興になりましたとさ。



 みんな楽しそうだ。

 わいわいと盛り上がる仲間たちを見つめながら、俺はそう思う。

「疲れましたか、茂樹さん?」

「これをどうぞ。ジュースですけど冷えていて美味しいですよ?」

 俺の両隣にいるのは、もちろん香住ちゃんとミレーニアさん。二人に向けて、俺はにこやかに笑う。

「改めて思えば、とても凄いことなんだよな、これ」

 様々な小世界の人々が、一堂に会して笑い合う。それってなかなか実現しないことじゃないかと俺は思うんだ。

 しかも、中には王族もいれば人間とは全く違った種族もいるのだ。そんな彼ら彼女らが皆同じように楽しんでいる。

 これって、実はとても凄くて、とても素晴らしいことなんじゃね?

「確かに改めて考えてみると……これって信じられない光景ですよね」

「ですが、この信じられない光景を作り上げたのは、他ならぬシゲキ様なのですよ?」

「茂樹さんが、様々な異世界へ行って、そこでいろいろな人たちと絆を築き上げたからこそ、今この時があるんですから」

 二人の少女が俺にとびっきりの笑顔を向けてくれる。

 それが何ともくすぐったくて、同時に心地いい。

「そうだよ。これは間違いなく、シゲキが作り上げたものなんだよ」

 突然、空中から滲み出るようにしてカーリオンが現れた。今日も少年の姿で。

 ちなみに、このカーリオンはいわば幻影みたいなもので、物に触れたり何かを食べたりはできない。今まで姿は見えなかったけど、それでも俺たちのことを見ていたらしい。

「シゲキがいてくれたからこそ、僕は今もこうして存在していられる。そして、みんなが楽しそうにしているのを見ることができるんだ」

 まだまだ「子供」でしかないカーリオン。人間の子供が様々なことに触れて、学んで大人になっていくように、彼もまたいろいろなことを経験して成長していくのだろう。

 そのカーリオンが、にぱっと笑う。

「マリカが新しい剣を作ってくれたら、またいろいろな世界へ行こうね」

「そうだな。俺も今から楽しみだよ」

「その時は、私も一緒ですからね?」

「もちろん、わたくしもお供いたします」

 自分の存在をアピールするかのように、香住ちゃんとミレーニアさんが左右から身を寄せてくる。

 彼女たちの温かな体温が伝わり、俺の心の中も温かくなっていく。

「今回のことで僕も少しは成長したし、何よりシゲキの魔力が大幅に増えたからね。今まで行けなかった『遠く』の小世界にも行けるようになると思うよ」

 おお、それは楽しみだ!

 だけど、俺の魔力を使ったら、例の最大内包値とかが下がるんじゃね?

「本来ならそうなんだけど……シゲキだけはそれが当てはまらないからね……」

 と、カーリオンが呆れたように肩を竦めた。

 もしかして俺、相棒から貶されてたりする?

「いいじゃないですか。私はそんな茂樹さんが大好きですよ?」

「あら、わたくしもお慕いしていますわ」

「うん、そこは遠慮するべきじゃないかな、友達として」

「たとえ友達だとしても、譲れないものはありましてよ?」

 俺を挟んで、美少女二人が火花を散らす。ごめん、それだけは勘弁してください。俺、本当に小市民なので。女の子二人の板挟みとか耐えられそうもないから。

 救いを求める気持ちを込めて、カーリオンへと視線を送る。が、彼は楽しそうに微笑むばかり。

「僕もそんな茂樹あいぼうが大好きだよ」

 カーリオンがその小さな拳を俺の方へと伸ばしてくる。いまだに左右でがみがみと言い合っている二人に苦笑しながら、俺もその拳へと自分の拳を伸ばした。

 今のカーリオンは、何かに触れることはできない。だけど、俺たちの拳は確かに触れ合ったと確信できた。

「楽しみだね、シゲキ」

「俺も楽しみだよ、カーリオン」

 果たして、俺は……いや、俺たちはこれからどのような小世界へ行くのだろうか。

 きっと、今までのように様々な出会いと、いろいろな冒険が待っているのだろう。

 時にはピンチに陥ることもあると思う。

 「害虫」だって絶滅したわけではない。あいつら本物の害虫と同じで、完全に根絶やしにすることはまず不可能らしい。

 だが、今回のことであいつらも相当ダメージを負ったらしく、それが回復して活動できるようになるまで百年単位の時間が必要だとか。

 これ、店長とカーリオンからの情報です。

 とりあえず、「害虫」の脅威は無視してもいいだろう。だが、異世界の危険は「害虫」だけじゃないから、油断は禁物だ。

 だけど。

 だけど、俺たちならどんな窮地も乗り越えることができると確信している。

 俺と。

 香住ちゃんと。

 ミレーニアさんと。

 そして、カーリオンと。

 新たな世界と人々との出会いに期待して。



 俺たちはまた、見知らぬ異世界へと旅立つのだ。



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ネットで買った聖剣が本物のケン ムク文鳥 @Muku-Buncho

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