カーリオンとの絆
しっかりと服も着て──傷の治療のために服を脱がせてあったらしい──、ベッドから出て、場所を居間のテーブルへと移動する。
まあ、俺の部屋は一人暮らし用の小さな部屋なので、居間にベッドもテーブルも置いてあるんだけどね。
そして、改めて香住ちゃんとミレーニアさんの話を聞き終えた俺は、テーブルの上に置かれたそれをじっと見つめた。
刀身が砕け、柄だけが残された聖剣を。
邪竜王を倒した直後、俺は意識を失った。
どうやらぎりぎりのぎりぎりまで体力やら気力やらを消耗したこと、少なくない怪我を負っていたこと、そして、極限の緊張状態から解放されたことなど、いろいろな条件が合わさってのことだったらしい。
気を失った俺を診断してくれたのは、セレナさん。
携帯用の医療キットというか、小型の人体スキャナのようなもので俺の全身を診断してくれたそうだ。
さすがは近未来世界、そんな便利な医療キットがあるんだね。
で、診断の結果、全身各所の骨に細かなひびが入っていたり、僅かながらも筋肉があちこち断裂していたり、裂傷や火傷が数えきれないほどあったりと、結構な重症だったらしい。
至近距離で見えない爆撃を浴びたり、邪竜王の尻尾をまともに食らったりしたから、それぐらいの怪我があっても不思議じゃない。
で、それらの怪我は、フィーンさんたちエルフが最後に分けてくれたエリクサーで完治させてくれた。
先ほど飲み干したのは、その残りだったそうな。
もちろん、俺以外にも負傷者はたくさんいたが、幸い命を落とした者はいなかった。あれだけの激戦だったのに死者が一人もいないのは奇跡だ、とはプロの傭兵であるブレビスさんとセレナさんのお言葉
そんな負傷者たちも、可能な限りエリクサーで治療を施した。ホント、エルフたちには足を向けて寝られないね。もっとも、エルフたちがいるのは異世界だから、どっちに足を向けちゃだめなのか分からないけど。
そして自分で言うのも何だが、俺たちの中心的存在である俺が意識を失ったままということで、仲間たちは一旦それぞれの世界に戻ることになり、俺たちもこうして元の世界に戻ってきた。
で、俺はというと、三日ほど眠り続けていたらしい。道理で先ほどは声が上手く出なかったわけである。
うわぁ、大学やバイト、大丈夫だろうか? まあ、その辺りは店長が何とかしてくれたと思う。最近の店長、いろいろと裏の顔を隠さなくなってきたし。
その店長だが、店長は店長でとても忙しかったらしい。
香住ちゃんとミレーニアさんが聞いたところによると、世界の「基点」の一つである俺が一気に力を失ったことで、この世界がとても不安定になっていたとか。
で、その不安定になった世界を何とか安定させるため、知り合いの魔術師を総動員して俺たちとは別の意味で激戦だったようだ。
「知り合いの魔術師さんたちに支払う報酬は、相当な額になったそうです。具体的な金額はとても怖くて聞けませんでしたけど……」
「それでも、シゲキ様の魔力を売って儲けた金額がまだまだ残っていると笑っていらっしゃいました」
え、えっと……店長、あなた、どれだけ俺の魔力で儲けていたんですか?
って、魔力…………? あ!
俺の魔力は結局どうなったんだ? カーリオンがほとんど使っちゃったと思うが……いや、そもそもカーリオンは大丈夫なのか? 黒い「俺」が俺とカーリオンのリンクを切ったとか言っていたけど……?
あ、あれ?
そういやビアンテやブレビスさんたちは、それぞれの世界へ帰ったんだよな? ってことは、その転移は誰がやったんだ? もしかして、勇人くんとか?
次から次へと湧きあがる疑問に、俺は思わず腕を組んで首を傾げる。
そして、そんな俺を心配そうに見つめる香住ちゃんとミレーニアさん、そしてカーリオン。
ん?
んん?
んんん?
今、何かおかしなことが────って、カーリオンっ!?
俺たちは小さなテーブルを囲んでいる。一人暮らし用の狭い部屋なので、あまり大きなテーブルは置けないし必要もない。
で、俺は小さな四角いテーブルを使っているわけだが、その小さなテーブルを三人で囲めば当然テーブルの一辺が余るわけで。
先ほどまで誰もいなかったその一辺に、見覚えのある小学生低学年ぐらいの少年──カーリオンが笑顔でちょこんと正座していた。
「か、カーリオン……?」
「ようやく意識が戻ったんだね、シゲキ」
思わず、俺は笑顔で座っているカーリオンと、テーブルの上に置かれた聖剣の残骸を何度も見比べる。
いやいや、分っていたよ? 分かってはいましたよ?
聖剣はあくまでも端末であり、カーリオン本体ではないってことは。
だけど……だけどだよ?
聖剣が砕け、黒い「俺」がはっきりとリンクを断ったと宣言したことで、俺はもうカーリオンとは二度と会えないと思っていたんだ。
いや、普通そう思わない? あの状況なら、誰だってそう思うよね?
ほら、香住ちゃんとミレーニアさんだって、突然現れたカーリオンに驚いているし。
「僕も相当消耗しちゃっていたから、ここに来るのが遅くなっちゃったけど……シゲキの意識が戻って安心したよ」
と、にっこりと微笑むカーリオン。
ぱっと見たところ、以前と何ら変わったところはない。カーリオンも「害虫」どもに相当力を奪われたみたいだけど、致命的なほどではなかったということか。
それでも、俺の前に現われる──この少年の姿も本体でなく幻影のようなものらしい──まで時間を要したとか。まあ、俺よりは回復が早かったみたいで、こっそりと俺が気づくのを待っていたそうだ。
「それで…………あの戦いでシゲキの魔力をほとんど全て消費しちゃったんだけど……」
カーリオンがこくんと首を傾げながら俺を見る。
カーリオンが俺の力を使うと、俺の最大魔力値とやらが低下するんだっけか? で、本来その低下は誤差ぐらいだけど、邪竜王との戦いは本当に激戦だったため、俺の魔力のほとんどを使ってしまったらしい。
つまり、俺にはもう魔力は残されていないってことだ。
まあ、それは正直どうでもいいんだ。もともと、魔力なんて自分では全然感じられないし、自由に使いこなすこともできなかったからね。
おそらく、俺の魔力がなくなったことで一番ダメージを受けるのは店長じゃなかろうか。
あの人、先ほども言ったけど俺の魔力で相当稼いでいたっぽいからなぁ。
そんなことを考えていると、カーリオンがきゅっと眉を寄せながら訊ねてきた。
「ねえ…………シゲキって本当に人間?」
「は、はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
か、カーリオンが……相棒が突然俺をディスりましたよっ!? これは一体何ごとっ!?
「いや、だって…………シゲキの魔力、以前より多くなっているよ?」
普通人間の魔力は、最大値が下がったら二度と元には戻らないものなのに、とカーリオンは続けた。
だけど…………だけど、なぜか俺の魔力は以前よりも相当増えているらしい。もちろん、俺にその理由は分からないし、俺自身相変わらず魔力なんて全く感じられません。ええ。
「だからもしかして、シゲキは人間じゃないのかな? って」
いやいや。
いやいやいや。
いやいやいやいや。
俺、普通の人間ですから! そりゃあ「世界の基点」とかいうヘンテコな存在らしいけど、俺自身はごく普通の人間ですとも!
「はぁ…………僕の相棒はとことん規格外なんだと改めて実感したよ」
と、カーリオンは呆れたような嬉しいような、そんな表情を浮かべた。
ってか、規格外だと改めて実感したって、どういう意味よ?
その後、カーリオンも交えて話を聞いた。
やはり、仲間たちをそれぞれの世界に帰してくれたのはカーリオンだったらしい。
彼も相当消耗していたけど、仲間たちを転移させるぐらいはそれほど負担じゃなかったって。
あれ? じゃあ、どうして聖剣を使った俺の転移は一日一回だけだったんだ?
「ああ、それは聖剣という『端末』を通していたからだよ。あとは……そういうことにしておいた方がいいってマリカが言ったんだ。もしも無制限に転移できると知れば、シゲキはこの世界と異世界をしきりに往復して、こっちでの生活が疎かになりかねないからって」
おおぅ、さすがは店長、俺のことをよく理解している。
確かに、異世界への転移に制限がなければ、俺は大学やバイトをほっぽって間違いなく異世界ばかりに行っていただろう。
だとしたら、香住ちゃんが俺のハニーにならなかった可能性もあるからね。
で、その場合はミレーニアさんがハニーになっていたりして……うん、ありそうでちょっと怖い。
店長、ナイスです! ホント、助かりました!
いやいや、この場合は俺の思考パターンが店長に筒抜けだったことを悲しむべきなのか?
あ、そうだ。カーリオンには一つ聞いておきたいことがあったんだ。
「なあ、カーリオン。あの時……邪竜王に最後の一撃を入れた時、俺の上に降ってきたロクホプだけど……あいつ、いつの間におまえの内面世界に来ていたんだ?」
「あのペンギン騎士さんは……結構早い時期に僕の中に招き入れたんだけど……ほら、彼ってあんな調子だから……巻き込まれて大怪我しないように、シゲキの力を借りて上空に隔離しておいたんだ」
ちょっと言いづらそうにそう告げるカーリオン。
確かに、あいつがあの戦場でうろちょろしていたら、間違いなく巻き込まれて大怪我をしていただろう。いや、下手をしたら命さえ落としていたかもしれない。
だから、ロクホプを上空に隔離しておいたというカーリオンの判断は間違っていないと思う。
そういえば、邪竜王との戦闘中に俺の力を使ったとか何とか言っていたけど、あれ、ロクホプを上空に留めておくためだったんだな。
ってか、そもそも、どうしてあいつを招いたんだ?
「それはシゲキと縁のある人物をある程度纏めて召喚したから、だね。中には僕の召喚に頼らなくともあの場に来ていた人もいたけど」
ふむふむ。それってやっぱりオスカルくんのことかな? 彼、最後まで謎の人物だったよなぁ。
次に瑞樹たちの世界へ行くことがあれば、彼のことを詳しく聞いてみよう。
ん? 何気なく「次」とか考えたけど、そもそも「次」はあるのか?
聖剣、もう壊れちゃったぞ?
思わず、テーブルの上に載っている聖剣の残骸と、俺の正面に正座するカーリオンを何度も見比べる。
黒い「俺」は、聖剣を破壊したことで俺とカーリオンのリンクが切れたと言った。なら、これから俺たちは……
聞くのが怖い。でも、聞かないわけにはいかない。だから、俺は意を決して聞くべきことを聞く。
「聖剣…………壊れちゃったけど、俺とカーリオンの関係ってこれからどうなるんだ?」
思わず、重くなってしまう口調。その一方でカーリオンはきょとんとした顔をしていた。
「え? これからって……これまで通りだけど? もちろん、シゲキがそう望まないのであれば、その限りじゃないけど……」
は? そうなの?
俺はてっきり、聖剣が壊れたことで俺とカーリオンの関係も解消されたとばかり……いやいや、俺がカーリオンとの関係を維持しないわけがないだろ。
「シゲキも知っての通り、聖剣は単なる端末。それが壊れたからと言って、僕たちが相棒同士なのは変わらないよ」
にっこりと微笑むカーリオン。
つまり、パソコンが壊れてインターネットに接続できなくなっても、そのパソコンを修理したり買い替えたりすれば、再びインターネットに接続できるようになるのと同じような感じなのだろう。
「だけど、黒い『俺』は俺たちのリンクが切れたって言っていたぞ?」
「リンクも何も……僕とシゲキの間に、契約とかリンクとかそういった特別な接続点って最初っからないよ?」
あ!
言われてみれば確かに!
俺が聖剣を手に入れた経緯ってネットオークションで見かけたから──そこに店長の思惑があったとしても──だし、手に入れた後も特に契約とか儀式とかした覚えはない。
「確かに、聖剣が壊されたことで僕も少なくない衝撃を受けて、その反動で一時的にシゲキたちの支援ができなくなってはいたけど……それだって、しばらくして僕の調子が戻れば、元に戻ったんだよ?」
じゃ、じゃあ、あの時感じた喪失感は……?
も、もしかして、黒い「俺」の言葉を真に受けて、そんな気になっていただけだったり?
う、うわぁ……それってちょっと恥ずかしすぎね?
思わず真っ赤になって悶絶する俺を、香住ちゃんとミレーニアさん、そしてカーリオンが不思議そうな顔で眺めていたが、すぐに楽しそうな笑い声を上げたのだった。
もちろん、俺もね。
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