もう一振りの聖剣
手の震えが止まらない。
震える俺の手にあるのは、刀身が粉々に砕けて柄だけになった聖剣。
「う……嘘だろ……?」
聖剣が……俺の相棒が砕けた……?
思わずその場に両膝をつき、愕然としたまま手元を凝視することしかできない。
「今回はオレたちの負けだ! それは認めてやろう!」
黒い「俺」が叫ぶ。
その声に、俺は視線を上げた。
俺を見下ろす黒い「俺」の体は、端から徐々に塵へと返っていく真っ最中。
「さすがにオレも長くは持たねぇ。だが、せめて貴様だけは道連れにさせてもらうぜ、『セカイノキテン』!」
体のあちこちが崩れ行く中、「俺」がにたりと嗤う。
「もう知っているんだぜ? 貴様が実はそんなに強くはないことはな!」
そんなこと、言われるまでもない。俺が実は大したことのない人間だなんて、俺自身が一番よく知っている。
ここまで来られたのは、全てカーリオンの助力があったからだ。
そのカーリオンとの繋がりが、今は全く感じられない。
砕けた聖剣は、カーリオンの本体ではなく単なる端末でしかないはずだ。つまり、聖剣が砕けても、カーリオンには何の影響もない……ということはないかもしれないが、それでも命に関わるほどではないはずだ。
だけど、心の奥底に確かにあったはずのカーリオンとの繋がりが、今は全く感じられない。
「貴様の仲間たちがオレたちとまともに戦えたのは、『セカイノキテン』という要を通して『セカイノタマゴ』の影響を受けていたからだ! その『セカイノキテン』と『セカイノタマゴ』の接続さえ切断すれば、貴様たちの得物は単なる剣や鉛弾に過ぎねえ! もう、オレたちにダメージを与えることはできないぜ!」
体が崩れ行く中、呵々と笑う「俺」。その「俺」が、手にした黒剣を高々と構え──跪く俺の脳天目がけて全力で振り下ろした。
ぎぃぃぃん、という耳障りな金属音が響き渡る。
「師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
というビアンテの叫び声は、金属音の後から聞こえてきた。いや、実際は違うのだろうけど、その時の俺にはそう感じられたんだ。
俺は黒い「俺」が振り下ろした黒剣を、手にした剣でしっかりと受け止めていた。
今、俺の手の中には一振りの剣がある。その剣を両手で握りしめ、「俺」の黒剣を受け止めたのだ。
そう。
この剣は、先ほどビアンテが叫び声と共に俺へと投げ寄こした彼の剣だ。初めてビアンテと出会った時、邪竜王の財宝の中から選び出し、彼に与えた剣である。
そのビアンテが投げた剣を俺は反射的に受け止め、そのまま流れるように黒剣を防ぎ止めたというわけだ。
「ば……馬鹿なっ!! た、ただの剣でオレの攻撃を受け止められるわけがねえっ!!」
黒い「俺」が目を見開き、俺が手にしたビアンテの剣を見つめている。
受け止められるわけがないとやつは言うが、実際に受け止められたし。
それに……何となく、俺が手にした時からビアンテの剣が僅かに光っているような……?
「そ、そんな馬鹿なぁっ!!」
黒い「俺」が叫びながら黒剣を再び振り上げる。
「俺」は相当混乱しているようだ。それとも、滅びが迫っていることで焦っているのかもしれない。
上段に構えられた黒剣。その結果、やつの胴体が隙だらけになる。
そう意識するより速く、俺の体は動いていた。まるでカーリオンに操られているかのごとく、流れるように俺は立ち上がり、そのまま隙だらけな「俺」の胴を真横に薙ぐ。
ビアンテの剣は、まるで聖剣かと思うほどの切れ味で、黒い「俺」の胴を横一文字に斬り裂いた。
「ば……ば……か……な……そ、その剣は……い、一体……っ!?」
塵へと返る速度が一層速くなる「俺」。その「俺」の視線が、ビアンテの剣に向けられていた。
「き、貴様は……強くはない……はずだ……そ、それなのに今の動きは……っ!?」
それに関しては、俺もびっくりしている。特に意識することなく動いたんだよね、今。
なんていうかこう、体が勝手に動いたというか、慣れ親しんだ動きをトレースしたというか。
おそらく、これまで何度も何度もカーリオンに操られたことで、俺の体がカーリオンの動きを覚えていたのだろう。
俺だって、伊達に何度も修羅場を潜り抜けてきたわけじゃない。少しは強くなっていたんだ。
その結果が、先ほどの動きだったのではないかな。
意識して動いたわけじゃない。それでも、先ほどの動きはカーリオンとは関係のない、俺自身による動きだった。
「最後の最後で油断したのは……そっちだったようだな」
俺はもう一度剣を振るい、黒い「俺」の首を断ち落とす。
本来、「害虫」は首を斬られたぐらいじゃ死なない。だが今回ばかりは今の一撃が止めになったようだ。それぐらい「俺」も限界だったのだろう。
黒い「俺」の体が、見る間に塵へと返っていく。断たれた首が、地面に落ちる前に塵へと返り、空気に溶け込むように消えていった。
ああ。
今度こそ。
今度こそ、本当に終わったようだ。
そう思った瞬間。
俺の意識は突然そこで途絶えた。
□ □ □ □ □
「なあ、あの剣ってもしかして魔剣じゃねえの?」
「ああ、君の考えている通り、あの剣は正真正銘の魔剣であり……この
勇人の問いかけに、彼の隣に立つ人物はあっさりと頷いた。
「後で調べてみるといい。あの剣には間違いなく僕の魔術刻印があるだろうから」
「で、そもそもあんたはどうして
「ははは、そこに特別な理由はないさ。ただ単に、この方がおもしろそうだと思ったからかな?」
その人物の答えに、勇人は大きな溜息を吐く。
「…………そんなこったろうと思ったよ。相変わらず、刹那的というか自由奔放というか……」
呆れ果てた様子の勇人に、その人物はクールに微笑む。
「それであの剣ってどんな能力があるんだ?」
「確か、あの剣には……鋭利化、不朽化、軽量化……そして破邪の効果を持たせたはずだ」
「破邪ぁ? ってことはあの剣は……」
「いわゆる、『聖剣』ってやつだね」
あの剣がどういう経路を経てビアンテという騎士の手元に渡ったのかは、その人物にも分からない。だが、今日この時にビアンテがあの剣を所有していたのは、何らかの運命じみたものを感じさせなくもない。
「でも、あのビアンテって兄ちゃんが使っている時は、特に魔剣らしい反応はなかったよな?」
「あの剣を本当の意味で『使う』には、使い手に僅かとはいえ魔力が必要だからね。見たところ、ビアンテという騎士には魔力が全くないようだ。あちらの同郷のお姫様も同様なので、彼らの世界の人間は魔力を持っていないのかもしれないね」
「なるほど……それで、茂樹さんが手にしたことであの剣は『魔剣』……いや、『聖剣』として覚醒したってわけか」
茂樹さん、内包魔力だけは反則級だからなぁ、と勇人は続けた。
だが。
「茂樹さんの魔力……随分と少なくなっちまったなぁ」
勇人がどこか悲しそうに呟く。
以前は圧倒的なまでに感じられた彼の魔力が、今はあるかないかというほどまで減少していた。
「それだけ、今回の戦いが激しかったということさ。カーリオン──彼に倣ってそう呼ぶことにするが、まだまだ『未熟』なカーリオンが空間に力を及ぼすには代償が必要であり、その代償こそが彼の魔力を永久消費することだからね」
その言葉に、勇人は大きく頷いた。
今回の戦いは、まさに総力戦だった。彼自身も相当消耗しているし、彼の従姉弟を始めとした仲間たちも、全員が限界ぎりぎりの様子だ。
そして、今回消費された「世界の基点」の魔力は、おそらく元の数値に回復することはないだろう。
「さて……では、僕はそろそろお
心の中でそう付け加えたその人物の姿が、一瞬で消え去った。それを見て、勇人はいつものことだと再び溜め息を吐く。
「……ったく、相変わらず自由だよな、〈大魔導士〉様は」
〈大魔導士〉。
それは時間と空間を自在に飛び越える自由気ままな旅人であり、とある小世界においては伝説とまで謳われる人物である。
そして同時に、勇人とは彼の前世から因縁の続く人物でもあった。
「でもまあ……今回だけは礼を言っておいてやるよ」
□ □ □ □ □
目が覚めた。
どうやら俺は寝ていたらしい。
ゆっくりと周囲を見回せば、ここは俺の部屋のようで俺はベッドに寝ていた。
なぜか全裸で。いや、訂正。パンツだけはちゃんと履いているから全裸じゃない。うん。
そんな俺の隣には、これまた全裸の香住ちゃんが……なんてことは当然なくて。
どうして自分がここにいるのか全く理解できず、俺はベッドから上半身を起こしてゆっくりと周囲を見回す。
「カスミ! カスミ! このコンロ、マリカ様の家のコンロとは全然構造が違いますよ! どうやって使うのですか?」
「茉莉花さんの家はオール電化だけど、ここはガスコンロだから……ここのツマミを押しながら回して……」
「ひゃあっ!! ひ、火が……っ!! 突然火がぼって……っ!!」
「最近はこっちの世界に順応していたから、ミレーニアが異世界人だってことすっかり忘れていたわ……」
何やらキッチンが賑やかだった。
どうやら、香住ちゃんとミレーニアさんがキッチンで何かやっているらしい。しかも制服姿で。
制服姿ってことは、二人とも学校帰りだろうか? そして、二人はどうやって俺の部屋の中に……って、ああ、そうか。
この部屋の合い鍵、少し前に香住ちゃんに渡してあったんだよね。あと、店長にも。
一人暮らしなんてしていると、一人でいる時に何かあったらいろいろと問題だ。なので、念のために信頼できる大人である店長に合い鍵を預けておいたのだ。
え? 香住ちゃんも鍵を持っている理由? 聞くなよ、そんなこと。
それはともかく、まずは二人に声をかけよう。
「あ、あ………か……」
って、あれ? なぜか上手く声が出せないぞ?
でも、俺の漏らした小さな声に、香住ちゃんとミレーニアさんは気づいてくれた。
「し、茂樹さんっ!!」
「気がつかれたのですねっ!!」
ばたばたとキッチンから俺の傍へと駆け寄ってくる二人。
「かす……ちゃ……ミ……ニア…………ん……」
「ちょっと待っていてください!」
俺の喉の様子が変だと気づいた香住ちゃんが、再びキッチンに戻っていった。そして、冷蔵庫からペットボトルを持ち出してくる。
「エルフさんたちから分けてもらったエリクサーの最後の残りです。これを飲めば喉の調子も良くなると思います」
香住ちゃんが差し出してくれたペットボトルには、僅かだけど液体が入っていた。彼女が言う通り、これが最後に残されたエリクサーなのだろう。
俺は受け取ったエリクサーを一気に飲み干した。どうやら喉もかなり渇いていたようで、冷たいエリクサーが喉に気持ちいい。
エリクサーを飲んでしばらくすると、何とか声も出せるようになった。
そして改めて、俺は俺が意識を失ってからのことを、香住ちゃんとミレーニアさんから聞くのだった。
~~~ 作者より ~~~
次週完結!
そして、次週は二話同時に投稿します。
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