戎橋にて
watercandy
第1話
もう20時を回って日が完全に落ちきっているのに、戎橋の前では、乱立する商業施設の電飾がいやらしいほどにギラギラと光を放っている。その光のせいで、夜だというのに戎橋の前には、昼日中のように不自然な明るさがある。建物から目線を下に遣ると、大通りはカーストの坩堝である。流行りのストリート・ファッションに身を包んだ軽薄そうな若者、刺青が入った目ん玉の真っ暗なヤー公、くたびれたスーツに険しい顔の中年男性、見るからにやる気の無い居酒屋のキャッチ、行き交う人々を威圧するように睨めつける壮年の警官、喧しい中国人観光客ご一行、物乞いをする半死半生のホームレス……。
H&Mの巨大な電子看板から発せられる光が、通りの隅にぐったりと座り込んだホームレスの顔を煌々と照らす。そのホームレスはいかにもホームレス然とした出で立ちをしており、「ごはんを食べることができません」という旨の文言が書かれた段ボール片を力なく頭上に掲げ、手前に置かれた空き缶でもって日銭を乞うている。空き缶の中身にちらと目を遣ると、切り詰めれば2〜3日は凌そうな量の小銭が入っている。カネを少しばかり恵んでやろうかと逡巡したが、やめた。衣食住にこそ不自由は感じていないが、他人にカネをくれてやるほど金銭的余裕は無い……。
ズボンのポケットからiPhone5を取り出し画面を点けると、Twitterからの通知が表示されている。曰く、滋賀の方は大雨に見舞われているらしい。
ところで、雨が降ったら、このホームレスはどうするのだろう。段ボールは濡れて使い物にならなくなるだろうし、通りで物乞いをする事も出来なくなるだろう。路上で寝泊まりすることもできないはずだ……。
ランドマークであるグリコのネオンの斜向かいのビルに取り付けられた巨大なディスプレイから、どこぞのアイドルの溌剌とした歌声が大音量で流れていた。それがいやに耳障りに感じた。
戎橋にて watercandy @ats713
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