Bar 『Shiga』

@bekusakazuki

第1話 Martini 前

「でーんでんむーしむしかーたつむりー」


「ヤマダくん、洗い物くらい静かに出来ませんかねぇ?それに二十歳過ぎの男が『でんでん虫』って…。」


「いいじゃあないすか、外は大雨、今は梅雨!ぴったりっすよ。それにお客さんも居ませんし。」


そう言って陽気に歌いながら洗い物を続けるバーテンダー見習いのヤマダ。


「あのねぇ…」


小さくため息を吐き、機転も効くし話も上手い、けれどこの軽薄というか緩い性格が珠に傷なヤマダをどう嗜めようかマスターのシガが思案する。

と、その時来客を告げるドアベルのチリン、と涼しげな音が響く。


「いらっしゃいませ。」


なんとも切り替えの早いことで、ピシリと綺麗なお辞儀をして見せる。


「よう、遅くにワリィな。」


そう言って軽く右手を上げ入ってきたのは、頭部の寂しい若干草臥れたスーツを着た五十過ぎの男。

この店に足しげく通う常連のサクラだ。


「サクラさん!よかった、今日はもう来られないかと。」


ニコニコとシガが相好を崩す。


「いやぁ今週はちょいと忙しかったもんでな。

それはまぁ追々話すとして…今日は連れがいるんだが、構わねぇか?」


「ええもちろん、構いませんよ。」


「オイ、いいってよ。」


サクラが背後に声を掛けると、おずおずとショートカットの可愛らしい女の子が顔を覗かせた。

ヤマダが飛び上がらんばかりの驚喜に目を輝かせるのを横目で見ながら、シガはそっと目をサクラに戻す。


「いらっしゃいませ、そちらはーーー」


「ああ、そうだな、こいつは…『コザクラ』、でいい。」


「コザクラ様。どうぞ此方へ。」


さりげなく引いた椅子にコザクラを誘導し、カウンター内に下がる。

そっと灰皿を差し出すと、サクラがタバコに火を着ける。

キョロキョロと落ち着かない様子のコザクラに目敏くヤマダが話しかける。


「コザクラ様。お飲み物は如何いたしますか?」


「え、えっと、あの…。」


こういったバーに入った事がないのか、半ば泣き出しそうな目でサクラに助けを求める。

サクラはふぅ、と紫煙を吐き出し、仕方ないとばかりに助け船をだす 。


「しゃあねぇなぁ、俺はいつもので、こいつには…何か甘くてさっぱりするやつ出してくれ。」

「そ、それでお願いします!」

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