最終話 かぐや姫
第一章 竹は割られたばかり
①
人間は通常、胎児の頃の記憶は忘失してしまっている。胎内記憶という現象は確認されているが、それも年齢を重ねるに従って次第に薄れてしまうのだという。
でも、かぐやは未だに覚えている。とても鮮明に、はっきりと。とは言っても、その時見えていた景色は容器と人工羊水越しだったから、何となく緑がかったものではあるのだが。
当時、かぐやが見ていた景色の中には常に複数の人間が居た。老若男女様々ではあるが、皆同じような白衣姿。その中でも特に異質だったのが、白衣を着た一人の少年だった。
誰よりも若い、というよりも幼い研究者。そして、何者よりも優れた存在。天才、という言葉でさえ彼を称するには値しない。
神童。文字通り、当時の成神緋月は幼い神だった。
『まさか、本当に人造人間の製造に成功するなんて』
『まだ十歳だぞ。それなのに、海外の大学を飛び級で卒業した挙句、誰も成し遂げられなかった実験を成功させるとは』
『素晴らしい。成神緋月は正に神だ! 彼が居れば、医療は飛躍的に進化を遂げる。人は死を克服出来る。永遠を手にすることが可能になる!!』
緋月と対面した誰もが、彼という存在を敬った。歓喜した。緋月が居れば、不老不死さえ絵空事ではなくなる。人は死に怯えることがなくなると、誰もが期待した。
『月冴くんは自分の息子の為に、夢宮という遊技場を作ったのだ。緋月はこの遊び場で自分のしたい研究を行い、実験をする。材料となるものはいくらでも外からやって来る。国家レベルで彼を支援しよう。多少の非人道的な実験を行おうが、悲惨な犠牲を出そうが構わない。全てを覆い隠して養護しよう。その恩恵がきっと、医療を大きく発展させることになる』
成神月冴が何を思って、夢宮という都市の設立に尽力したのかはわからない。彼は二十年も前に死んだのだ、もう知りようがない。
何にせよ、彼は皆の期待を裏切った。緋月は夢宮を自分のものにするのではなく、夢宮で生きる方を選んだのだ。大学病院で精神科医となり、気儘な研究を続けながらも多くの患者と向き合うようになった。
それは、周りの人間達が望んだことでは無い。
『皆は一体、俺に何を期待しているのだろうな。俺は神などではない。神になろうとも思わない。俺は他人よりもほんの少しだけ優秀で運が良く、器用なだけ。だから、彼等の期待にこたえることなど出来ない』
誰も居ない実験室で、装置の中に居るかぐやに寄り添うように立ち、緋月がぽつりと呟いたのを思い出す。
『俺はただ……この世で生きるのが本当に退屈で、誰も居ない家に帰るのが死ぬほど寂しいだけなのにな』
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